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Code Ω  作者: ニコル
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第50話 つながりを断つということ


《最終制御系解除条件:残り一項目》


《未確認条件:第一被験者と第一候補の相互意思確認》


カプセルのモニターに表示された文字を、ダニエルは何度も読み返していた。


「相互意思確認……。俺の意思だけじゃ、駄目なのか」


「おそらくね」


リナは端末を操作しながら答えた。


「あなたが少年の意思を尊重すると宣言するだけでは、二人の神経接続をどう扱うか決めたことにはならない。少年自身も、そのつながりをどうしたいのか、意思を示す必要があるんだと思う」


ヴィクターが腕を組んだ。


「だが、つながりをどうしたいかなんて、本人が正確に理解しているのか?」


「だから、無理に答えを出させるわけにはいかない」


ダニエルは、カプセルの中の少年を見た。


「俺たちが何を選べるのか。それを説明したうえで、本人に決めてもらう」


リナがうなずいた。


「ひとつ問題があるわ。今のシステムでは、神経接続を維持するか、解除するかという二択に近い形で処理されている。でも、ジェームズの記録には、接続を切ることが必ずしも救済とは限らないと書かれていた」


「つまり、解除する以外にも方法があるかもしれない」


「そう。接続を残したまま、互いの記憶や意思が勝手に上書きされないようにできれば、選択肢は増える」


ダニエルは考え込んだ。


完全に切るか、つながったままでいるか。


その二つだけが答えではない。


だが、どんな方法が安全なのか、まだわからなかった。


「まずは、あの子に聞こう。何を望んでいるのか」


*


リナは、カプセルの音声入力を調整した。


今回は、システムが少年の反応を自動的に覚醒処理へ結びつけないよう、記録と制御を分離している。


「声をかけても、返事をする必要はない。文字で答えることもできるし、何も答えなくてもいい。本人が負担を感じたら、すぐに止めるわ」


ダニエルはカプセルの前に座った。


「聞こえるか?」


数秒後、モニターに文字が表示された。


《聞こえるよ》


ダニエルは、ほっと息を吐いた。


「今日は、お前と俺のつながりについて話したい」


《つながり?》


「ああ。俺たちが、どうしてつながっているのか。その理由は、まだわかっていない。でも、この接続を今後どう扱うかは、俺たちで考えられるかもしれない」


少年の反応を示す波形は安定していた。


ダニエルは続けた。


「今のまま接続を残す方法もある。安全に切り離せる方法が見つかれば、それを選ぶこともできる。ほかの方法があるかもしれない」


《切り離したら、どうなるの?》


「正確にはわからない。記憶に影響が出る可能性もある。だから、今すぐ切るつもりはない」


少年からの返事はなかった。


ダニエルは焦らずに待った。


やがて、画面に文字が浮かんだ。


《おにいちゃんは、切りたい?》


その質問に、ダニエルはすぐには答えられなかった。


自分にとって、このつながりは何なのか。


少年を守るための手段なのか。


失った記憶を取り戻すためのものなのか。


それとも、三年前に果たせなかった約束に縛られているだけなのか。


考えたことはあった。


だが、どれも完全な答えではなかった。


「……俺は、お前が苦しむなら、接続を切る方法を探したい」


彼は正直に答えた。


「でも、お前とつながっていること自体が悪いとは思っていない。俺は、お前のことをもっと知りたい。昔のことも、これからのことも」


少し間を置く。


「だから、俺ひとりでは決めたくないんだ」


モニターの波形が、ゆっくりと変化した。


《僕も、知りたい》


ダニエルは画面を見つめた。


《おにいちゃんが、どんな人になったのか》


その言葉に、胸の奥が締めつけられた。


少年は、三年前の自分しか知らない。


その後、自分がどんな人生を送ったのか。


どんなことを忘れ、どんな選択をしてきたのか。


少年にとっては、すべてが空白なのだ。


「……俺も、お前がどんなふうに生きてきたのか知りたい」


《僕は、ずっと眠っていたんだよね》


「ああ」


《それなら、何も選べなかった》


ダニエルは言葉を失った。


少年が眠り続けていた間、彼の意思が完全に失われていたわけではない。


実際、少年は目覚めないことを選んでいた。


だが、選べる状況を与えられなければ、選択そのものが成立しないこともある。


「そうだな。これまでは、お前が選べることが少なすぎた」


《今は?》


「今は、少しずつ増やせる。目覚めるかどうかも、接続をどうするかも。俺たちが安全に選べるように、方法を探す」


しばらくして、少年から返事が届いた。


《じゃあ、今は切らないでほしい》


ダニエルは画面を見つめた。


《でも、ずっとこのままじゃなくてもいい》


少年は、さらに文字を続けた。


《僕がちゃんと起きて、自分で考えられるようになったら、もう一度話したい》


ダニエルは、静かにうなずいた。


「わかった。そのときに、もう一度話そう」


《約束?》


「ああ。約束だ」


その瞬間、モニターに新しい表示が現れた。


《第一被験者:意思確認完了》


《希望:現時点での接続維持》


《将来的な再協議:希望する》


リナが画面を確認した。


「意思が記録されたわ。強制的な選択ではなく、本人が条件をつけて希望を示した形になっている」


「それで、解除条件は?」


リナが別の画面を開く。


数秒後、表示が更新された。


《相互意思確認:完了》


《最終制御系解除条件:全項目確認済み》


ダニエルは息を止めた。


条件が、すべて揃った。


しかし、画面の下には、まだ別の表示が残っていた。


《解除実行:未承認》


《実行者の意思確認が必要です》


「……まだ、終わりじゃないのね」


リナがつぶやいた。


ダニエルは首を振った。


「いや。これは、たぶん最後の確認だ」


ジェームズは、ひとりの管理者が勝手に最終制御系を解除できないようにしていた。


解除条件を満たすだけでは足りない。


実際に解除を実行する人間も、その結果を理解し、自分の意思で選ばなければならない。


そして、その判断によって、また誰かの意思が奪われてはならない。


ダニエルは、画面に表示された選択肢を見た。


《最終制御系を解除する》


《解除を保留する》


以前のような、どちらを選んでも同じ結果になる罠ではない。


今度は、本当に選べる二つの選択肢だった。


それでも、すぐには指を動かさなかった。


「リナ。解除した場合、何が起きる?」


「最終制御系による強制的な神経認証と、人格データの上書き処理を止められる可能性が高い。ただし、並列ネットワークに残っている処理まで、すべて停止する保証はないわ」


「カイと第六の接続は?」


「それも、解除と同時に切れるとは限らない。むしろ、急に切断する方が危険かもしれない」


ヴィクターが口を開いた。


「つまり、解除すれば全部解決するわけじゃない。だが、今の仕組みを放置すれば、また誰かが利用する可能性がある」


「そうだ」


ダニエルは画面を見つめた。


解除すれば、すべてが終わるわけではない。


解除しなければ、危険が残る。


どちらにも不確実な部分がある。


だが、今度は他人が決めた正解を選ぶ必要はなかった。


「……俺は、解除する」


ダニエルは、ゆっくりと指を伸ばした。


「ただし、実行前に記録を残す。何が止まり、何が残るのか、あとから検証できるようにする。カイと第六の接続も、勝手に切らない」


リナがうなずいた。


「それなら、解除処理を段階的に進められるかもしれない」


「やってくれ」


リナが操作を始めた。


画面に、最終確認の表示が現れる。


《実行者:ダニエル・クロス》


《本人意思:確認》


《第一被験者の意思:確認》


《人格データの強制上書き:停止対象》


《最終制御系解除を実行しますか?》


ダニエルは、少年のカプセルを振り返った。


少年は、まだ眠っている。


目覚めることを急がず、今は接続を維持することを選んだ。


その意思は、システムに記録されている。


ダニエルは、画面に向き直った。


「……これ以上、誰かの意思を勝手に決めさせない」


彼は、実行ボタンを押した。


*


最初に、低い作動音が響いた。


続いて、施設の照明が一斉に点滅した。


「解除処理、開始!」


リナが画面を見ながら叫んだ。


「認証復旧系、停止! 人格上書き処理も停止している!」


ヴィクターが周囲を見回した。


「施設全体に影響が出ているぞ!」


「想定内よ。まだ、電源系統は生きている!」


画面上の進行表示が、ゆっくりと進んでいく。


二十パーセント。


四十パーセント。


六十パーセント。


そのとき、別の警告が割り込んだ。


《並列ネットワークからの応答》


《解除要求を拒否》


リナの顔色が変わった。


「待って……並列側が、解除を拒否している!」


「どういうことだ?」


「最終制御系の本体は止まり始めている。でも、並列ネットワークの一部が独立して動いているの。こちらの解除処理に従っていない!」


画面の進行表示が停止した。


《解除処理:保留》


ダニエルは歯を食いしばった。


「まだ、残っていたのか……!」


その瞬間、通信機からカイの声が響いた。


『ダニエル! こっちで異常が起きている!』


「何があった?」


『第六の接続先が、勝手に切り替わろうとしている! 俺たちが操作したわけじゃない!』


別の声が重なった。


『ダニエル。これは、私たちの意思ではない』


第六だった。


『誰かが、私たちの神経接続を別の経路へ移そうとしている』


ダニエルは画面を見た。


最終制御系の解除は、まだ完了していない。


そして、何者かが並列ネットワークを使って、カイと第六に介入しようとしている。


「リナ、解除処理を維持できるか?」


「できる。でも、並列側の動きを止めないと、こちらの解除も完了しない!」


ダニエルは拳銃を握り直した。


「なら、並列ネットワークの接続元を探す。今度こそ、根元から止める」


そのとき、モニターに見慣れない文字が表示された。


《並列ネットワーク管理者》


《認証名:NO.0》


ダニエルの動きが止まった。


ノー・ゼロ。


三年前、自分と同じ顔をした男。


自分が撃ったはずの認証装置。


そして、最後に「誰かが決めた正解を選ぶな」と告げた存在。


画面の下に、短い文章が表示された。


《解除を続けろ》


その直後、もう一行が追加された。


《ただし、第六を切り離すな》


ダニエルは、画面を凝視した。


誰が、この命令を送っているのか。


本物のノー・ゼロなのか。


それとも、残された記録が自動的に動いているだけなのか。


答えは、まだわからない。


だが、ひとつだけ確かなことがあった。


最終制御系の解除は、まだ終わっていない。


そして、最後の障害は、ダニエルが想像していたものとは違っていた。

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