↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Code Ω  作者: ニコル
PR
47/65

第47話 父の名前を使う者



研究棟へ戻る途中、ダニエルの通信機にリナの声が飛び込んできた。


『ダニエル、急いで。接続が少しずつ強くなっている』


「少年に変化は?」


『今のところ、生命維持は安定している。でも、外部から神経反応を読み取ろうとしている。まだ直接操作されてはいないみたい』


「まだ、か……」


ダニエルは階段を駆け上がった。


Ω-000。


認証名はジェームズ・クロス。


だが、父親の認証情報を使える人間が、父親本人とは限らない。


むしろ、誰かが意図的にその名前を使っている可能性を考えるべきだった。


「リナ、接続の経路は?」


『旧サーバーを経由している。外部から直接入ってきたわけじゃない。施設内部の古い端末を踏み台にしているみたい』


「内部に誰かいるのか?」


『それとも、以前から残っている自動処理かもしれない。まだ断定できないわ』


ダニエルは通路の角で立ち止まり、先を確認した。


人影はない。


それでも、銃を下げることはしなかった。


「接続を止める方法は?」


『認証元を特定できれば、古い管理権限を無効化できる可能性がある。でも、下手に操作すると、相手にこちらの権限を奪われるかもしれない』


「わかった。俺が現場を確認する」


*


カプセルのある部屋に戻ると、ヴィクターが入口を塞ぐように立っていた。


「遅かったな」


「状況は?」


「少年に目立った変化はない。ただ、カプセルの制御画面に外部接続の警告が出ている」


ヴィクターは、手元の端末をダニエルに見せた。


画面には、神経活動の数値とともに、ひとつの項目が表示されていた。


《外部照会:進行中》


《対象:第一被験者》


《応答:拒否》


「拒否されているのに、まだ照会を続けているのか」


「そういうことだ。向こうは、本人の意思を確認したいのか、それとも別の何かを調べたいのか……」


ヴィクターは言葉を切った。


「どちらにしても、勝手に接続されるわけにはいかない」


ダニエルはカプセルに近づいた。


少年は目を閉じたままだ。


先ほどの会話で、彼は自分の恐怖を伝えてくれた。


今度は、その言葉を守る番だった。


「リナ、こちらから少年の意思を確認できるか?」


『できる。ただし、無理に応答を求めないで。今は外部照会を拒否している状態だから、本人の意思を優先する』


「わかってる」


ダニエルは端末の音声入力を開いた。


「聞こえるか? ダニエルだ」


返事はない。


「今、誰かがお前の状態を調べようとしている。嫌なら、応答する必要はない。俺たちが止める」


数秒後、画面に文字が浮かんだ。


《応答:不要》


ダニエルは小さくうなずいた。


「わかった。お前はそのままでいい」


その直後、外部照会の進行が止まった。


ヴィクターが画面を見た。


「本人の拒否で止まったのか?」


『その可能性が高いわ。少なくとも、今の照会は中断された』


リナの声に、わずかな安堵が混じった。


だが、ダニエルはまだ警戒を解かなかった。


「照会を止めたのは少年自身だ。システムが相手の権限を無効化したわけじゃない」


「つまり、また試してくるかもしれない」


「ああ」


ダニエルは画面に残る接続記録を確認した。


照会が始まった時刻。


停止した時刻。


そして、停止直前に記録された短いデータ。


そこには、通常の管理命令とは異なる情報が含まれていた。


《照会結果:本人による拒否を確認》


《強制処理:実行せず》


「……おかしいな」


ヴィクターが顔を向けた。


「何がだ?」


「向こうは、少年を無理に操作しなかった。接続を試みたのに、拒否されたら引き下がった」


「単に、失敗しただけじゃないのか?」


「その可能性もある。だが、強制処理を実行しないよう、最初から設定されていたようにも見える」


ダニエルは、記録をリナへ送った。


『確認する。少し待って』


*


数分後、リナから返事があった。


『ダニエル、ひとつ気になることがある』


「何だ?」


『今回の照会には、第一被験者の状態を確認する処理と、拒否された場合に停止する処理がセットで入っていたの。強制接続の命令は見当たらない』


「つまり、誰かが少年の意思を確かめようとした?」


『そう考えることもできる。ただし、照会で取得できる情報は限られている。本人の意思を尊重する人間がやったとまでは言えないわ』


ダニエルは、先ほどマーティンから聞いた言葉を思い出した。


ジェームズは、誰かひとりの判断に最終制御を委ねることを避けようとしていた。


少年が拒否すれば、システムもそれを受け入れる。


その仕組みは、父親の考えに近い。


だが、父親の名前を使っている以上、意図的にそう見せかけている可能性もある。


「Ω-000の接続記録を、過去のものと比較できるか?」


『やってみる。前に見つけた記録と照合すれば、少しはわかるかもしれない』


ダニエルは通信を切り、ヴィクターを見た。


「侵入者のふたりは?」


「別室で拘束中だ。もう一度話を聞くか?」


「いや。まずは記録を確認する。相手が何を知っているのか、先に整理したい」


ヴィクターはうなずいた。


「以前より慎重になったな」


「同じ失敗を繰り返したくないだけだ」


ダニエルはカプセルの少年を振り返った。


「誰かを守るために、そいつの意思を無視したら意味がない」


ヴィクターは、何も言わなかった。


その言葉が、彼自身の父親との関係にも重なることを、ふたりとも理解していた。


*


やがて、リナから照合結果が届いた。


『ダニエル。過去の記録と一致したわ』


「何が?」


『Ω-000の接続方式よ。今回の照会には、ジェームズ・クロスの旧管理権限が使われている。でも、接続元の機器は三年前の記録に登録されているものとは違う』


「父さんの権限を、別の端末で使っている?」


『そう。正確には、権限情報を複製したものかもしれない。ただ、どこから取得されたのかはまだわからない』


ダニエルは目を閉じた。


これで少なくとも、ひとつの可能性が強まった。


ジェームズ本人が操作していると断定することはできない。


誰かが、父親の権限を利用している。


しかし、その人物は少年を強制的に目覚めさせようとはしなかった。


「リナ、今回の接続にメッセージは残っていないか?」


『通常のメッセージはない。でも、照会が停止した直後、旧サーバーに短い記録が追加されていた』


「見せてくれ」


端末に、一行の文字が表示された。


《本人の意思を確認。現段階での介入は不要》


ダニエルは、その文章を見つめた。


介入は不要。


それは、誰かが少年の意思を確認し、今は手を出さないと判断したということなのか。


それとも、別の段階に進むための準備なのか。


「……誰が書いた?」


『記録上は、Ω-000。でも、文章が追加された時点で認証が行われた形跡はない』


「自動処理か?」


『その可能性があるわ。誰かが以前に設定した条件に従って、システムが動いているのかもしれない』


ダニエルは端末を握りしめた。


父親が生きている証拠は、まだない。


だが、父親が残した仕組みが、今も動いている可能性はある。


それならば、確かめる方法はひとつだった。


ジェームズが残した最後の研究記録。


あの記録の中に、Ω-000の仕組みを解き明かす手がかりがあるかもしれない。


「リナ、さっきの記録媒体を調べる準備をしてくれ」


『マーティンが持っていたものね?』


「ああ。父さんが個人的に残した記録らしい。開く前に、危険がないか確認したい」


『わかった。隔離した環境を用意するわ』


ダニエルは通信を切った。


カプセルの中で、少年は静かに眠っている。


彼は、自分の意思で目覚めないことを選んだ。


そして、その選択はシステムに受け入れられた。


それが誰かの計画の一部だったとしても、少年自身の意思まで偽物になるわけではない。


ダニエルは、もう一度だけカプセルに目を向けた。


「……今度は、ちゃんと守る」


その言葉は、少年に向けたものだった。


同時に、三年前の自分自身への約束でもあった。


父親の名前を使う者が誰なのか。


その答えに近づくため、ダニエルはジェームズの最後の記録を開く決意を固めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。