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Code Ω  作者: ニコル
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第43話 選ばされる者



「《最終制御系:解除手順の選択待ち》……?」


ダニエルは、カプセルの前に立ったまま、表示された文字を見つめていた。


少年は眠っている。


神経活動は安定しており、生命維持にも問題はない。


それなのに、システムは少年に何かを選ばせようとしていた。


「リナ、これはどういう意味だ?」


「まだ断定できない。でも、旧記録サーバーにあった解除手順と関係している可能性は高いわ」


彼女は端末を接続し、表示された情報を読み取った。


「解除手順そのものは、カプセルに送信されていない。システムは手順の存在を認識しているけど、実行条件が満たされていないみたい」


「実行条件は?」


「第一被験者の意思確認。それと……第一候補の認証」


ダニエルは眉をひそめた。


「俺の認証が必要なのか」


「そう見える。でも、ジェームズの記録では、あなたの認証を最終制御系に使うことを拒否していた」


「なら、使わなければいい」


「簡単にはいかないわ。認証情報がシステムに残っている以上、勝手に要求される可能性がある」


ヴィクターが腕を組んだ。


「なら、端末を壊せばいいだろう」


「壊して解決するなら、もうやっている」


ダニエルはカプセルの表示を指さした。


「ここには解除手順の選択待ちとある。まだ実行されていない。つまり、何かを選ばなければ先へ進まない状態なんだ」


「選ばなければ、どうなる?」


「それを確かめる必要がある」


リナが端末を操作した。


「少なくとも、今すぐ危険な処理が動く様子はない。システムは回答を待っている」


ダニエルは少年の顔を見た。


以前、少年は自分の意思で目覚めないことを選んだ。


その選択は受け入れられた。


なら、今回も同じはずだ。


本人が望まない限り、解除手順を進める必要はない。


「いったん保留にする。外部との接続も遮断して、変化がないか監視する」


リナはうなずいた。


しかし、その瞬間、カプセルの画面が切り替わった。


《解除手順:候補を表示》


《A:第一被験者の神経接続を解除》


《B:第一候補の認証情報を復旧》


《選択期限:残り10分》


ヴィクターが舌打ちした。


「おい。誰が期限を設定した?」


リナは急いで解析した。


「外部からの命令じゃない。施設内の制御プログラムが自動で表示している」


「選ばなければ?」


「まだわからない。でも、期限がゼロになったときに何らかの処理が始まる可能性はある」


ダニエルは表示を見つめた。


Aを選べば、少年の神経接続が解除される。


安全に切り離せるのなら、それは少年をシステムから守る方法になるかもしれない。


だが、接続が生命維持や記憶の安定に関係しているなら、危険がある。


Bを選べば、ダニエル自身の認証が復旧する。


それによって解除手順を制御できる可能性はある。


しかし、ジェームズがわざわざ拒否した権限を、再び有効にすることになる。


どちらも、簡単には選べない。


「また二択か……」


ダニエルの声に、苛立ちが混じった。


三年前もそうだった。


AかBか。


誰かが用意した選択肢の中から、正解を選べと迫られた。


そして、彼は第三の選択をした。


「リナ。AとB、それぞれの処理内容を詳しく調べてくれ」


「やっているわ。でも、古いシステムの記述が欠けている。完全な安全性は保証できない」


「なら、保証できる範囲まで調べる」


ダニエルは端末を見つめた。


「それから、期限の仕組みもだ。なぜ十分钟なのか。誰が設定したのか。期限が過ぎたら、本当に処理が始まるのか」


「わかった」


リナの指が動き始めた。


残り時間は九分。


ヴィクターは通路の警戒に戻り、アランは古い制御盤を調べていた。


ダニエルはカプセルから目を離さなかった。


少年の意思を守る。


それは決めている。


だが、ただ何もしないことが、少年を守ることになるとは限らない。


*


「見つけたわ!」


リナの声が響いた。


「この選択画面、通常の解除手順とは別の処理が混ざっている」


「どういうことだ?」


「AとBは、どちらも本来の解除手順の一部。でも、期限の設定は後から追加されている。しかも、解除手順を選ばせるためじゃない」


彼女は画面の一部を拡大した。


《選択応答:第一候補の認証確認に使用》


ダニエルは目を細めた。


「俺の認証を確認するために、選択させているのか?」


「そう。AでもBでも、選択した瞬間に第一候補の認証が照合される仕組みになっている」


「つまり、どちらを選んでも……」


「あなたの認証を復旧させるための処理が進む可能性がある。ジェームズが止めようとした仕組みは、解除手順そのものじゃない。選択を利用して認証を有効化する部分よ」


ダニエルは静かに息を吐いた。


やはり、選択肢そのものが罠だった。


「期限が切れた場合は?」


「まだ調べている。でも、画面の表示だけで判断するのは危険ね。選択しない場合にも、何かの処理が始まるように見せかけている可能性がある」


アランが制御盤から顔を上げた。


「ジェームズは、こうした仕組みを嫌っていた」


「知っているのか?」


「人間に選択を迫りながら、選択した結果をあらかじめ利用する。彼はそれを、意思の確認とは呼ばなかった」


アランは一度言葉を切った。


「選択したという事実だけを利用して、本人の意思まで得たことにする。それが、CODE Ωの危険な部分だった」


ダニエルは画面を見つめた。


システムは、本人の意思を確認するふりをしている。


だが、本当に必要なのは、選択したという記録ではない。


何を望み、何を拒否したのか。


その意思を、勝手に別の目的へ利用させないことだ。


「リナ。選択画面を停止できるか?」


「完全には無理。でも、認証照合の経路を切り離せば、選択肢を表示したまま処理を止められる可能性がある」


「やってくれ」


「少し時間がかかるわ」


「残りは?」


「七分」


「十分だ」


ダニエルは銃を確認し、制御盤の前へ移動した。


「アラン、ここにある古い配線図を見せてくれ。リナがシステム側を止める。俺は物理的な接続経路を探す」


アランはすぐに図面を広げた。


「この区画の制御線は、二系統に分かれている。通常制御と、緊急時の認証経路だ」


「認証経路はどこにつながっている?」


「カプセルの制御端末と、地下四階の旧記録サーバーだ」


ダニエルは図面を追った。


「……ここか」


彼が指さしたのは、制御盤の裏側にある小さな接続部だった。


「ここを切れば、認証照合だけを止められるか?」


アランは図面を確認した。


「理論上は。ただし、通常制御まで落とす可能性がある」


「確率は?」


「わからない」


「なら、切る前に確認する」


ダニエルは制御盤のカバーを外した。


内部には複数の配線が走っていた。


色も規格も統一されていない。


古い設備に、後から別の装置が接続されている。


その中に、一本だけ新しいケーブルがあった。


ダニエルはそれを引き抜かなかった。


代わりに、ケーブルの接続先を目で追った。


「リナ、認証照合の信号を送ってくれ。弱い信号でいい」


「何をするつもり?」


「配線の反応を見る」


リナが操作すると、制御盤の小さなランプが点灯した。


一本のケーブルだけが、わずかに発熱している。


「これだ」


ダニエルはケーブルを指さした。


「この線が認証照合に使われている」


アランが驚いたように顔を上げた。


「どうしてわかった?」


「他の線は反応していない。しかも、このケーブルだけ新しい。後から追加された可能性が高い」


ダニエルは絶縁工具を手に取った。


「リナ、今から切り離す。カプセル側の数値を監視してくれ。変化があれば、すぐに知らせろ」


「わかった」


ダニエルはケーブルを切り離した。


ランプが消える。


画面の表示が一瞬乱れた。


《認証照合:中断》


《第一候補:認証保留》


《選択応答:未取得》


カウントダウンは、残り四分のところで停止した。


リナが息を吐いた。


「止まった……!」


ヴィクターが通信を入れた。


『何をした? カプセルの数値が一瞬変化したぞ』


「認証照合の経路を切り離した。少年の状態は?」


『安定している。異常はない』


ダニエルはようやく肩の力を抜いた。


AもBも選ばず、システムの仕組みそのものを止めた。


だが、これで終わりではない。


「リナ。選択画面はどうなった?」


「消えたわ。ただし、解除手順自体は残っている。認証照合を止めただけだから、解除手順が必要になる可能性は消えていない」


「それでいい。少なくとも、勝手に俺の認証を復旧させることはできなくなった」


アランは切り離されたケーブルを見つめた。


「ジェームズも、同じことを考えていたのかもしれないな」


「かもしれない、じゃ困る」


ダニエルは工具を置いた。


「父さんが何を考えていたのか、俺はまだ知らない。だから、残された仕組みをひとつずつ確かめる」


そのとき、端末に新しい表示が現れた。


《第一候補:認証照合を拒否》


《選択応答:無効》


《最終制御系:待機を継続》


リナが画面を見つめた。


「拒否が記録された……でも、認証は復旧していない」


「なら、今はそれでいい」


ダニエルはカプセルの映像を確認した。


少年は眠ったままだ。


その顔は、穏やかだった。


「お前の代わりに、俺が勝手に決めることはしない」


ダニエルは静かに告げた。


「でも、お前が選べるようにするために、できることは全部やる」


画面の波形が、ほんの少しだけ変化した。


それが言葉への反応なのか、単なる神経活動なのかはわからない。


今は、答えを急ぐ必要はなかった。


*


制御室を出る直前、リナがダニエルを呼び止めた。


「ひとつ、気になることがあるの」


「何だ?」


「さっきの認証照合を止めたとき、旧記録サーバーから短い応答が返ってきた」


「どんな応答だ?」


リナは画面を見せた。


《第一候補:認証照合拒否》


《記録:受理》


その下に、以前にはなかった項目が追加されていた。


《解除手順:閲覧許可》


ダニエルは息をのんだ。


認証を復旧させずに、解除手順の閲覧許可だけが与えられた。


ジェームズが残した記録の閲覧条件は、第一候補の意思確認。


今のダニエルは、システムの要求を拒否した。


それでも、記録を読む資格は得られたらしい。


「……父さんは、拒否することも想定していたのか?」


アランは首を横に振った。


「わからない。ただ、少なくとも、君が自分の意思を示したことは記録された」


ダニエルは画面を見つめた。


選択肢を選ばなかった。


それでも、何も失わなかった。


むしろ、次へ進むための道が開いた。


彼は小さく息を吐いた。


「なら、次は解除手順を読む」


リナがうなずく。


「でも、慎重にね。今度は記録そのものに何が仕込まれているかわからない」


「わかってる」


ダニエルは歩き出した。


父親の残した仕組みを、ひとつずつ確かめる。


そして、少年が自分で選べる未来を守る。


それだけは、誰にも譲らない。


背後のモニターには、最後の表示が残っていた。


《第一候補:意思確認済み》


《強制認証:拒否》


《解除手順:閲覧可能》


三年前、ダニエルは誰かが用意した二択を拒んだ。


そして今、同じ仕組みを前にして、再び自分の意思で道を選んだ。


その選択が、CODE Ωの終わりへつながるのか。


それとも、まだ知らない危険を呼び起こすのか。


ダニエルは、もう誰かの答えを待たなかった。

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