第41話 敵が守りたかったもの
「今度こそ、誰にも選ばせるな」
その言葉が、ダニエルの頭から離れなかった。
Ω-000は、少年の接続拒否を受け入れた。
外部から強制的に覚醒させようとしていたなら、わざわざ拒否を受理する必要はない。
つまり、あの接続要求には別の目的があった可能性がある。
「リナ。さっきの接続記録を見せてくれ」
「もう一度解析するの?」
「いや。攻撃された時間と、接続先の順番を確認したい」
リナは端末を操作し、記録を表示した。
外部接続の要求は、カプセルの制御系に集中していた。
だが、ダニエルはその直前の数秒に目を留めた。
「ここだ」
「接続要求が始まる三秒前……?」
「その前だ。施設の外部回線が一瞬だけ切り替わっている」
リナが拡大する。
「確かに。通常回線から独立した保守回線に切り替わってる。でも、これは攻撃じゃない。古い設備の診断機能よ」
「診断機能を使って、何を調べていた?」
リナは操作を止めた。
数秒後、画面に別の記録が浮かび上がった。
《第一被験者:神経活動確認》
《生命維持系統:正常》
《強制覚醒処理:未実行》
リナの表情が変わった。
「……外部の接続は、覚醒させる前に状態を確認していた?」
「そのあとに、俺たちが接続を拒否した。向こうは拒否を受け入れた」
「じゃあ、最初から覚醒させるつもりじゃなかった可能性がある」
「それでも、勝手に接続してきた事実は変わらない」
ダニエルは画面を閉じた。
善意だったと決めつける気はなかった。
少年の意思を尊重することと、他人の行動を無条件に信じることは別だ。
「まずは、向こうが何を知っているのか確かめる」
そのとき、ヴィクターの通信が入った。
『話の途中で悪いが、問題が起きた』
「何があった?」
『施設の外周カメラが三台、同時に停止した。故障じゃない。映像が同じ時刻で切られている』
ダニエルは拳銃を確認した。
「侵入者か?」
『まだわからない。ただ、監視が止まった直前、搬入口に車両が一台映っていた』
「ナンバーは?」
『偽造されている。今、外周を確認しているところだ』
「一人で動くな。少年から離れるな」
『言われなくてもわかっている』
通信が切れた。
ダニエルはリナを見た。
「外周カメラを止めたのは、さっきの接続と同じ相手かもしれない」
「確証はないわ」
「だから、確かめる」
彼はアランへ向き直った。
「お前は、旧式の保守回線を知っているか?」
アランは一瞬だけ視線を落とした。
「知っている。だが、今の設備は当時とは違う」
「それでも、誰かが使っている」
「……そうだな」
「なら案内しろ」
アランは壁から背を離した。
「私が行けば、君たちは私を信用したことになる」
「違う。お前が逃げないよう、俺が見張るだけだ」
ヴィクターなら、きっと笑っただろう。
アランはわずかに口元を緩めた。
「ジェームズに似てきたな」
「父さんを知っているなら、今は余計な感想より案内を頼む」
その言葉に、アランの笑みが消えた。
彼は何も言わず、通路の奥へ歩き始めた。
*
保守回線の制御室は、地下二階の旧設備区画にあった。
現在の管理システムから切り離された、小さな部屋。
壁には古い配線図が残り、床には撤去されなかった機器が積まれている。
アランは中央の端末を起動した。
「この回線は、外部から直接カプセルを制御するためのものじゃない。施設の状態を確認し、異常があれば管理者へ知らせるためのものだ」
「なのに、誰かが接続要求を送ってきた」
「保守回線にアクセスできる者なら、診断機能を利用できる。だが、現在の認証方式は知らない」
リナが端末をのぞき込む。
「認証方式は変わってる。でも、回線そのものは古いままね」
彼女はログを読み込んだ。
「これ……外部からの要求だけじゃない。施設内部からも、同じ時間に信号が出ている」
「内部?」
ダニエルは画面に顔を近づけた。
外部接続の三秒前。
施設内部から、短い応答信号が送信されていた。
送信元は、カプセルの制御端末。
「少年が送ったのか?」
「違うと思う。神経信号とは別の、設備側の応答よ」
リナはさらに調べた。
「外部の端末が診断を要求して、施設側が応答した。そのあと、外部から管理者認証が要求されている」
「最初の診断要求と、認証要求は別の処理だったわけか」
「そう。最初は状態確認。そのあと、何かの理由で管理者権限を試した」
ダニエルは考え込んだ。
相手は少年の状態を知ろうとした。
そして、管理者権限を使えるか試した。
だが、少年を強制的に目覚めさせる処理は実行していない。
「……向こうも、完全には制御できていないんだ」
アランが顔を上げた。
「どういう意味だ?」
「もし、自由にカプセルを操作できるなら、こんな回りくどいことをする必要はない。わざわざ保守回線を使い、認証を試している。権限が失われているか、何かの制限を受けているんだ」
リナがうなずいた。
「それに、少年自身の拒否を無視できなかった。今のシステムは、少なくとも以前と同じ状態ではない」
ダニエルは端末の記録を保存した。
相手が敵か味方か、まだわからない。
だが、ひとつだけ見えてきた。
Ω-000は、すべてを自由に操れる存在ではない。
そして、この施設には、まだ誰も把握していない制限が残されている。
「リナ、この接続先を追えるか?」
「試す。でも、相手が痕跡を消していたら難しいわ」
「全部を追わなくていい。最初の診断要求が通った経路だけ調べてくれ」
「わかった」
リナが解析を始めた、その瞬間だった。
通路の奥で、金属がぶつかる音が響いた。
続いて、銃声。
ダニエルは反射的にアランを壁際へ押しやった。
「伏せろ!」
二発目の銃声が響き、制御室の扉の脇で火花が散った。
リナが端末を抱えて床に伏せる。
「侵入者よ!」
ダニエルは拳銃を構え、扉の横へ移動した。
弾数は限られている。
撃ち合いになれば不利だ。
通路の向こうから、足音が近づいてくる。
一人ではない。
ダニエルは床に落ちた金属片を拾い、通路の反対側へ投げた。
音が響く。
足音が一瞬止まった。
その隙に、彼は扉の陰から通路を確認した。
黒い装備の男が二人。
先頭の男は銃を構え、後方の男が小型端末を操作している。
武装だけでなく、施設の設備にも手を伸ばしている。
「リナ、非常灯を点滅させられるか?」
「できるけど、何をするつもり?」
「三秒だけ、通路の照明を落としてくれ」
「三秒ね。やるわよ」
照明が消えた。
ダニエルは銃を構えたまま、通路へ飛び出した。
暗闇の中、先頭の男が銃口を動かす。
ダニエルは正面から撃ち合わなかった。
男の腕を払い、銃口を壁へ向けさせる。
発砲音。
その瞬間、ダニエルは相手の足を払った。
男が倒れる。
後方の男が端末を捨て、銃を抜こうとした。
だが、照明が戻ったときには、ダニエルがすでに間合いを詰めていた。
銃を抜く前に手首を打ち、壁へ押しつける。
男の銃が床に落ちた。
ダニエルは相手の首元に拳銃を突きつけた。
「動くな」
男は抵抗をやめた。
戦闘は、十秒にも満たなかった。
だが、ダニエルの呼吸は荒くなっていた。
残弾を確認する。
無駄撃ちはしていない。
それでも、次も同じようにいく保証はなかった。
倒れた先頭の男が、かすかに身じろぎした。
ダニエルはすぐに銃口を向け直した。
「まだ動くな」
男の顔には、驚きが浮かんでいた。
「……お前が、ダニエル・クロスか」
ダニエルの目が細くなる。
「俺を知っているのか?」
男は答えず、床に落ちた端末へ視線を向けた。
その画面には、侵入前に取得した施設の情報が表示されていた。
《第一被験者:生命維持正常》
《強制覚醒:実行せず》
《任務:状態確認》
ダニエルは画面を見つめた。
「状態確認のために、銃を持って侵入したのか?」
男は黙っていた。
「誰の命令だ?」
沈黙。
ダニエルは銃口を下げなかった。
「答えろ。お前たちは、少年をどうするつもりだった?」
男はようやく口を開いた。
「……連れ出すつもりはなかった」
「なら、何のために来た?」
男の視線が、カプセルのある方向へ向いた。
「確かめるためだ。あの子が、まだ自分で選べるのかを」
ダニエルは息を止めた。
「誰に頼まれた?」
男は答えなかった。
だが、その沈黙は、先ほどまでのものとは違っていた。
恐れている。
ダニエルをではない。
自分が口にしようとしている名前を。
そのとき、リナの端末が短く鳴った。
彼女は画面を確認し、顔を上げた。
「ダニエル……外部回線の接続先がわかった」
「どこだ?」
リナは一瞬、言葉をためらった。
「この施設の外じゃない。接続要求は、施設内部の旧記録サーバーを経由していた」
「内部だと?」
「ええ。しかも、そこから送信されたデータには、管理者の名前が残っている」
彼女は画面をダニエルへ向けた。
そこに表示されていたのは、短い識別情報だった。
《管理者識別:Ω-000》
その下に、古い登録名が記録されていた。
《登録者:JAMES CROSS》
ダニエルの指が止まった。
父親の名前。
それは、父親が生きている証拠ではなかった。
古い認証情報が残っているだけかもしれない。
だが、少なくとも誰かが、ジェームズ・クロスの権限を利用している。
ダニエルは床に座らされた男を見た。
「お前たちは、父さんの記録を知っていたのか?」
男は目を閉じた。
「……知っていたのは、記録だけじゃない」
それ以上、男は何も話さなかった。
ダニエルは銃を握り直した。
ようやく見つけた父親の手がかり。
だが、それは再会への希望なのか。
それとも、父親が残した計画に、もう一度引き戻される入口なのか。
今はまだ、わからない。
ただ、ダニエルは決めていた。
今度は、誰かが用意した答えを信じて進むことはしない。
父親の名前であっても。
自分自身の記憶であっても。
すべて、自分の目で確かめる。
そのために、次は旧記録サーバーへ向かう。
そして、ジェームズ・クロスの名前が、なぜ今もこの施設で使われているのか。
その答えを、自分の手で見つけ出す。




