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Code Ω  作者: ニコル
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41/65

第41話 敵が守りたかったもの


「今度こそ、誰にも選ばせるな」


その言葉が、ダニエルの頭から離れなかった。


Ω-000は、少年の接続拒否を受け入れた。


外部から強制的に覚醒させようとしていたなら、わざわざ拒否を受理する必要はない。


つまり、あの接続要求には別の目的があった可能性がある。


「リナ。さっきの接続記録を見せてくれ」


「もう一度解析するの?」


「いや。攻撃された時間と、接続先の順番を確認したい」


リナは端末を操作し、記録を表示した。


外部接続の要求は、カプセルの制御系に集中していた。


だが、ダニエルはその直前の数秒に目を留めた。


「ここだ」


「接続要求が始まる三秒前……?」


「その前だ。施設の外部回線が一瞬だけ切り替わっている」


リナが拡大する。


「確かに。通常回線から独立した保守回線に切り替わってる。でも、これは攻撃じゃない。古い設備の診断機能よ」


「診断機能を使って、何を調べていた?」


リナは操作を止めた。


数秒後、画面に別の記録が浮かび上がった。


《第一被験者:神経活動確認》


《生命維持系統:正常》


《強制覚醒処理:未実行》


リナの表情が変わった。


「……外部の接続は、覚醒させる前に状態を確認していた?」


「そのあとに、俺たちが接続を拒否した。向こうは拒否を受け入れた」


「じゃあ、最初から覚醒させるつもりじゃなかった可能性がある」


「それでも、勝手に接続してきた事実は変わらない」


ダニエルは画面を閉じた。


善意だったと決めつける気はなかった。


少年の意思を尊重することと、他人の行動を無条件に信じることは別だ。


「まずは、向こうが何を知っているのか確かめる」


そのとき、ヴィクターの通信が入った。


『話の途中で悪いが、問題が起きた』


「何があった?」


『施設の外周カメラが三台、同時に停止した。故障じゃない。映像が同じ時刻で切られている』


ダニエルは拳銃を確認した。


「侵入者か?」


『まだわからない。ただ、監視が止まった直前、搬入口に車両が一台映っていた』


「ナンバーは?」


『偽造されている。今、外周を確認しているところだ』


「一人で動くな。少年から離れるな」


『言われなくてもわかっている』


通信が切れた。


ダニエルはリナを見た。


「外周カメラを止めたのは、さっきの接続と同じ相手かもしれない」


「確証はないわ」


「だから、確かめる」


彼はアランへ向き直った。


「お前は、旧式の保守回線を知っているか?」


アランは一瞬だけ視線を落とした。


「知っている。だが、今の設備は当時とは違う」


「それでも、誰かが使っている」


「……そうだな」


「なら案内しろ」


アランは壁から背を離した。


「私が行けば、君たちは私を信用したことになる」


「違う。お前が逃げないよう、俺が見張るだけだ」


ヴィクターなら、きっと笑っただろう。


アランはわずかに口元を緩めた。


「ジェームズに似てきたな」


「父さんを知っているなら、今は余計な感想より案内を頼む」


その言葉に、アランの笑みが消えた。


彼は何も言わず、通路の奥へ歩き始めた。


*


保守回線の制御室は、地下二階の旧設備区画にあった。


現在の管理システムから切り離された、小さな部屋。


壁には古い配線図が残り、床には撤去されなかった機器が積まれている。


アランは中央の端末を起動した。


「この回線は、外部から直接カプセルを制御するためのものじゃない。施設の状態を確認し、異常があれば管理者へ知らせるためのものだ」


「なのに、誰かが接続要求を送ってきた」


「保守回線にアクセスできる者なら、診断機能を利用できる。だが、現在の認証方式は知らない」


リナが端末をのぞき込む。


「認証方式は変わってる。でも、回線そのものは古いままね」


彼女はログを読み込んだ。


「これ……外部からの要求だけじゃない。施設内部からも、同じ時間に信号が出ている」


「内部?」


ダニエルは画面に顔を近づけた。


外部接続の三秒前。


施設内部から、短い応答信号が送信されていた。


送信元は、カプセルの制御端末。


「少年が送ったのか?」


「違うと思う。神経信号とは別の、設備側の応答よ」


リナはさらに調べた。


「外部の端末が診断を要求して、施設側が応答した。そのあと、外部から管理者認証が要求されている」


「最初の診断要求と、認証要求は別の処理だったわけか」


「そう。最初は状態確認。そのあと、何かの理由で管理者権限を試した」


ダニエルは考え込んだ。


相手は少年の状態を知ろうとした。


そして、管理者権限を使えるか試した。


だが、少年を強制的に目覚めさせる処理は実行していない。


「……向こうも、完全には制御できていないんだ」


アランが顔を上げた。


「どういう意味だ?」


「もし、自由にカプセルを操作できるなら、こんな回りくどいことをする必要はない。わざわざ保守回線を使い、認証を試している。権限が失われているか、何かの制限を受けているんだ」


リナがうなずいた。


「それに、少年自身の拒否を無視できなかった。今のシステムは、少なくとも以前と同じ状態ではない」


ダニエルは端末の記録を保存した。


相手が敵か味方か、まだわからない。


だが、ひとつだけ見えてきた。


Ω-000は、すべてを自由に操れる存在ではない。


そして、この施設には、まだ誰も把握していない制限が残されている。


「リナ、この接続先を追えるか?」


「試す。でも、相手が痕跡を消していたら難しいわ」


「全部を追わなくていい。最初の診断要求が通った経路だけ調べてくれ」


「わかった」


リナが解析を始めた、その瞬間だった。


通路の奥で、金属がぶつかる音が響いた。


続いて、銃声。


ダニエルは反射的にアランを壁際へ押しやった。


「伏せろ!」


二発目の銃声が響き、制御室の扉の脇で火花が散った。


リナが端末を抱えて床に伏せる。


「侵入者よ!」


ダニエルは拳銃を構え、扉の横へ移動した。


弾数は限られている。


撃ち合いになれば不利だ。


通路の向こうから、足音が近づいてくる。


一人ではない。


ダニエルは床に落ちた金属片を拾い、通路の反対側へ投げた。


音が響く。


足音が一瞬止まった。


その隙に、彼は扉の陰から通路を確認した。


黒い装備の男が二人。


先頭の男は銃を構え、後方の男が小型端末を操作している。


武装だけでなく、施設の設備にも手を伸ばしている。


「リナ、非常灯を点滅させられるか?」


「できるけど、何をするつもり?」


「三秒だけ、通路の照明を落としてくれ」


「三秒ね。やるわよ」


照明が消えた。


ダニエルは銃を構えたまま、通路へ飛び出した。


暗闇の中、先頭の男が銃口を動かす。


ダニエルは正面から撃ち合わなかった。


男の腕を払い、銃口を壁へ向けさせる。


発砲音。


その瞬間、ダニエルは相手の足を払った。


男が倒れる。


後方の男が端末を捨て、銃を抜こうとした。


だが、照明が戻ったときには、ダニエルがすでに間合いを詰めていた。


銃を抜く前に手首を打ち、壁へ押しつける。


男の銃が床に落ちた。


ダニエルは相手の首元に拳銃を突きつけた。


「動くな」


男は抵抗をやめた。


戦闘は、十秒にも満たなかった。


だが、ダニエルの呼吸は荒くなっていた。


残弾を確認する。


無駄撃ちはしていない。


それでも、次も同じようにいく保証はなかった。


倒れた先頭の男が、かすかに身じろぎした。


ダニエルはすぐに銃口を向け直した。


「まだ動くな」


男の顔には、驚きが浮かんでいた。


「……お前が、ダニエル・クロスか」


ダニエルの目が細くなる。


「俺を知っているのか?」


男は答えず、床に落ちた端末へ視線を向けた。


その画面には、侵入前に取得した施設の情報が表示されていた。


《第一被験者:生命維持正常》


《強制覚醒:実行せず》


《任務:状態確認》


ダニエルは画面を見つめた。


「状態確認のために、銃を持って侵入したのか?」


男は黙っていた。


「誰の命令だ?」


沈黙。


ダニエルは銃口を下げなかった。


「答えろ。お前たちは、少年をどうするつもりだった?」


男はようやく口を開いた。


「……連れ出すつもりはなかった」


「なら、何のために来た?」


男の視線が、カプセルのある方向へ向いた。


「確かめるためだ。あの子が、まだ自分で選べるのかを」


ダニエルは息を止めた。


「誰に頼まれた?」


男は答えなかった。


だが、その沈黙は、先ほどまでのものとは違っていた。


恐れている。


ダニエルをではない。


自分が口にしようとしている名前を。


そのとき、リナの端末が短く鳴った。


彼女は画面を確認し、顔を上げた。


「ダニエル……外部回線の接続先がわかった」


「どこだ?」


リナは一瞬、言葉をためらった。


「この施設の外じゃない。接続要求は、施設内部の旧記録サーバーを経由していた」


「内部だと?」


「ええ。しかも、そこから送信されたデータには、管理者の名前が残っている」


彼女は画面をダニエルへ向けた。


そこに表示されていたのは、短い識別情報だった。


《管理者識別:Ω-000》


その下に、古い登録名が記録されていた。


《登録者:JAMES CROSS》


ダニエルの指が止まった。


父親の名前。


それは、父親が生きている証拠ではなかった。


古い認証情報が残っているだけかもしれない。


だが、少なくとも誰かが、ジェームズ・クロスの権限を利用している。


ダニエルは床に座らされた男を見た。


「お前たちは、父さんの記録を知っていたのか?」


男は目を閉じた。


「……知っていたのは、記録だけじゃない」


それ以上、男は何も話さなかった。


ダニエルは銃を握り直した。


ようやく見つけた父親の手がかり。


だが、それは再会への希望なのか。


それとも、父親が残した計画に、もう一度引き戻される入口なのか。


今はまだ、わからない。


ただ、ダニエルは決めていた。


今度は、誰かが用意した答えを信じて進むことはしない。


父親の名前であっても。


自分自身の記憶であっても。


すべて、自分の目で確かめる。


そのために、次は旧記録サーバーへ向かう。


そして、ジェームズ・クロスの名前が、なぜ今もこの施設で使われているのか。


その答えを、自分の手で見つけ出す。

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