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Code Ω  作者: ニコル
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第38話 写真の裏側


「その写真、どこから送られてきたの?」


リナの問いに、ダニエルは端末を差し出した。


「差出人は不明。送信経路も残っていない」


「また痕跡が消されているのね……」


リナは写真のデータを解析した。


撮影時期は、ダニエルが生まれて間もないころと推定された。画像の加工痕は見つからない。


だが、送信されたデータは写真の一部分だけだった。


「元の画像が別に存在する可能性が高いわ。これ、切り取られている」


「どこが?」


「写真の右端。わざと余白を削ったような跡がある」


ダニエルは画面を拡大した。


確かに、エレナとジェームズの背後には、何かがあったように見える。


ただし、切り取られた部分を復元することはできなかった。


「写真を送ってきた人間は、俺に何かを見せたいんだろうな」


「あるいは、特定のことだけを信じさせたいのかもしれない」


リナの言葉に、ダニエルはうなずいた。


写真が本物であっても、送り主の意図まで信用する理由はない。


「まずは、カプセルへ戻ろう。あの子の状態を確認する」


三人は保管室を出た。


エドワードは、旧記録保管室に残って調査を続けることになった。消去された記録の一部でも復元できれば、三年前の出来事を確かめる手がかりになる。


ただし、ダニエルはエドワードの端末にも監視プログラムを仕掛けておいた。


「信用していないんだな」


エドワードが苦笑した。


「信用する理由がまだない」


「正直で結構だ」


扉が閉じる直前、エドワードが付け加えた。


「ダニエル。ひとつだけ忠告しておく」


「何だ?」


「写真の男が、君の父親だと確認できたとしても、それだけで彼が君の知るべき真実をすべて持っているとは限らない」


ダニエルは返事をせず、歩き出した。


父親を見つければ、すべてがわかる。


そんな単純な話ではないことくらい、もう理解していた。


*


地下三階へ戻ると、ヴィクターがカプセルの前に立っていた。


「異常は?」


「今のところない。リナが残した監視端末にも、目立った変化は出ていない」


ダニエルは透明なカバー越しに少年を見た。


眠っている。


しかし、その顔は先ほどより穏やかだった。


「……聞こえるか?」


ダニエルはカプセルに手を置いた。


「俺は、まだ何もわかっていない。お前が何者なのかも、俺たちがどうして出会ったのかも」


返事はない。


「でも、もう勝手に決められるのは終わりにする。お前のことは、お前自身に聞く」


カプセルの表示が、かすかに変化した。


《外部音声入力:検知》


リナが端末を確認する。


「音声は届いているみたい。意識的な反応かどうかは、まだ判断できないけど」


ダニエルは少しだけ笑った。


「それで十分だ」


そのとき、少年の指が動いた。


ほんのわずかに。


ダニエルは息を止めた。


少年の唇が動く。


「……ダニエル」


かすかな声だった。


「ここにいる」


「……写真……」


ダニエルの表情が変わった。


「写真?」


少年は目を閉じたまま、ゆっくりと言葉を続けた。


「……お父さんの……写真……」


リナが端末を操作する。


「神経活動が上がってる。でも、無理に覚醒させるのは危険よ」


ダニエルは少年の手元を見た。


「その写真を知っているのか?」


少年の眉が苦しそうに寄った。


「……ぼくも……写ってた……」


ダニエルは、ポケットから写真を取り出した。


カプセルの読み取り装置に近づける。


すると、画面に新しい表示が現れた。


《既知画像:照合中》


《記憶反応:部分一致》


リナが息を呑んだ。


「写真そのものに反応している……。この画像が、少年の記憶に結びついているのかもしれない」


少年の指が、もう一度動いた。


「……あのとき……ぼくは……」


声が途切れる。


波形が乱れた。


「接続を弱めて!」


リナが急いで操作する。


ダニエルは写真を装置から離した。


数秒後、波形が落ち着く。


「危なかった……。まだ、断片的な記憶を一気に呼び起こすのは無理ね」


ダニエルは写真を見つめた。


少年は、あの写真を知っている。


しかも、ただ見たことがあるという反応ではなかった。


そこに、自分自身の記憶が結びついている。


「お前は、あのころから俺を知っていたのか……」


答えは返ってこなかった。


*


その直後、リナの端末に緊急通知が届いた。


「保管室から連絡。エドワードが、復元データの一部を取り出したらしい」


「何がわかった?」


「三年前の研究記録よ。第一被験者とダニエルの神経反応について、担当研究員が残した報告書」


リナは画面を開いた。


そこには、短い文章が記されていた。


《両者の反応は、単純な情報共有では説明できない》


《一方の記憶活動が変化すると、もう一方にも対応する反応が現れる》


《ただし、反応の発生源および伝達機序は未解明》


ヴィクターが眉を寄せた。


「つまり、二人は互いの記憶に影響を与えていた可能性があるってことか?」


「そう。ただし、何でも共有できるわけじゃない。どの記憶が反応するのか、どういう条件で起きるのかもわかっていない」


ダニエルは報告書を読み続けた。


最後のページには、手書きの追記があった。


《研究責任者より指示。第一被験者と第一候補の接触記録を封印すること》


その下に、署名が残されていた。


《J. CROSS》


ダニエルの手が止まった。


ジェームズ・クロス。


父親の名前だ。


「……父さんが、記録を封印した?」


「署名だけでは、本人が指示したと断定できないわ。認証情報を誰かが使った可能性もある」


リナは慎重だった。


ダニエルも、その可能性を否定できなかった。


それでも、父親がこの研究に関わっていたことは、またひとつ確かになった。


そのとき、施設の通信回線が復旧した。


端末に、アランからのメッセージが届く。


《旧記録保管室のデータを確認した》


《ジェームズ・クロスについて、追加で話すことがある》


続いて、座標が送られてきた。


施設の外にある、使われなくなった医療研究棟だった。


最後に、一文が添えられていた。


《来るなら、三人だけで来てほしい》


ヴィクターが鼻で笑った。


「罠だな」


「そうかもしれない」


ダニエルは即答した。


「でも、アランが何かを知っているのも確かだ」


リナは少年の状態を確認した。


「この子を置いていくわけにはいかない。ここに残るなら、安全を確保しないと」


「俺が残る」


ヴィクターが言った。


「お前たちはアランのところへ行け。何かあれば連絡する」


ダニエルはヴィクターを見た。


「一人で大丈夫か?」


「この程度の施設で、俺が簡単にやられると思うか?」


「思わない。ただ、相手が普通の人間とは限らない」


ヴィクターは肩をすくめた。


「なら、なおさら俺向きだ」


リナが監視端末をヴィクターに渡した。


「神経系に異常が出たら、すぐに接続を切って。無理に抵抗しないこと」


「わかった」


ダニエルはカプセルの前に立ち、眠る少年を見つめた。


「すぐ戻る」


それが聞こえたのか、少年の指がわずかに動いた。


今度は、先ほどよりもはっきりと。


ダニエルは、その小さな反応を胸に刻んだ。


彼はまだ、少年の過去を知らない。


父親の真実も、CODE Ωの始まりも、すべてがつながったわけではない。


それでも、ひとつだけ確かなことがある。


この先にある真実を知るために、誰かの意思を犠牲にする必要はない。


ダニエルはリナとともに、施設の出口へ向かった。


その背後で、カプセルの画面が一瞬だけ点滅した。


誰も気づかなかった。


《記憶反応:自発的回復》


《対象:第一被験者》


そして、その下に、小さな文字が表示された。


《接続相手:第一候補》


少年は、まだ眠っている。


だが、失われた記憶は、少しずつ戻り始めていた。

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