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Code Ω  作者: ニコル
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第37話 アランの告白



「その記録を見たなら、もう隠しておくことはできない」


通信越しのアランは、いつもの無表情だった。


だが、ダニエルにはわかった。


あの男は、何かを恐れている。


「アラン。そこを動くな」


「なぜだ?」


「お前に聞きたいことが山ほどある」


「それは私も同じだ」


アランはカプセルへ視線を落とした。


「だが、ここでは話せない。施設の監視システムが復旧し始めている。長く通信を維持すれば、私たちの位置が特定される」


「また逃げるつもりか?」


「逃げるのではない。君に選択肢を残すためだ」


ダニエルは顔をしかめた。


「その言い方は聞き飽きた」


「なら、今回は具体的に話そう」


アランは画面に手をかざした。


カプセルの横にある壁が開き、小さな保管箱が現れた。


「この中に、エレナが残した記録がある。君が見つけた出生記録とは別のものだ」


リナが端末を操作する。


「箱のロックは遠隔では解除できない。現地で操作する必要があるわ」


「わかった」


ダニエルは通信を切ろうとした。


そのとき、アランが呼び止めた。


「ダニエル」


「何だ」


「マーティン・クロスを連れているな?」


ダニエルはエドワードを見た。


「マーティンなら、ここにはいない。俺たちが一緒にいるのはエドワード・ハイルだ」


アランの表情が初めて崩れた。


「……エドワードが?」


通信の向こうで、アランが小さく息を吐いた。


「そうか。まだ生きていたのか」


エドワードが端末に近づいた。


「君こそ、よく平然とそこにいられるな。三年前、何をした?」


アランは答えなかった。


その沈黙だけで、エドワードの顔に怒りが浮かんだ。


「君は、あの子を救うためだと言った。だが、実際には記録を消し、研究員を切り捨て、子どもたちを施設に残した!」


「違う」


アランの声が低くなった。


「私は、全員を救おうとした」


「その結果がこれか!」


「だからこそ、君にはわからないんだ」


アランは画面を見据えた。


「すべてを救おうとすれば、何も救えない瞬間がある」


「それを決めるのは君じゃない!」


エドワードの声が、保管室に響いた。


ダニエルは二人の間に割って入った。


「やめろ。過去の言い争いを聞きに来たんじゃない」


彼はアランを見た。


「俺の父親について話せ」


アランは目を伏せた。


「君の父親は、研究者だった。エレナと共に、神経再生技術の初期研究に関わっていた」


「名前は?」


「……」


「アラン」


「君の父親は、CODE Ωの初期設計に関わった人間の一人だ」


ダニエルは声を荒らげた。


「名前を聞いている!」


アランは、しばらく黙っていた。


そして、ようやく答えた。


「ジェームズ・クロス」


ダニエルの表情が凍りついた。


「……クロス?」


「そうだ」


「母さんと同じ姓じゃないか」


「結婚前から、二人は同じ姓だったわけではない。エレナが君を産んだあと、クロス姓を名乗るようになった」


リナが眉を寄せた。


「なぜ、そんなことを?」


「彼女自身の判断だ。詳しい理由は、私にもわからない」


ダニエルは拳を握りしめた。


ジェームズ・クロス。


その名前を聞いても、記憶は戻らなかった。


顔も、声も、何も浮かばない。


ただ、胸の奥に、奇妙な空白が残っていた。


「父親は生きているのか?」


アランはすぐに答えなかった。


「三年前の時点では、死亡が確認されていない」


「それは、生きているという意味か?」


「違う。行方不明だという意味だ」


ダニエルは深く息を吸った。


期待していたわけではない。


それでも、また答えを先送りされたことに、苛立ちを覚えた。


「なぜ、俺の出生記録が消されている?」


「君の父親が誰かという情報だけなら、消す必要はなかった」


「なら、何を隠した?」


アランはカプセルの中の少年を見た。


「君と第一被験者の関係だ」


「遺伝的な関係があるのか?」


「それは確認されていない」


「じゃあ、何を知っている?」


アランは少しだけ言葉を選んだ。


「君が生まれた直後、第一被験者との間に異常な神経反応が確認された。通常なら、接触もしていない二人の脳に、共通した反応が現れるはずはない」


「それで、俺を研究対象にした?」


「違う。君が研究対象になったのは、その反応を再現できる可能性が見つかったからだ」


リナが口を挟んだ。


「つまり、最初からダニエルを利用するつもりだったわけじゃない?」


「少なくとも、出生時点ではな」


アランの答えに、ダニエルは顔をしかめた。


「その言い方は、後から利用したことを認めているように聞こえる」


「否定はしない」


アランは淡々と続けた。


「研究者たちは、第一被験者の能力を理解できなかった。そこで、君との神経反応を調べ、再現の手がかりを探した。その結果、生まれたのが第六号の計画だった」


「第六号は、あの子の能力を再現するために作られた」


リナが確認する。


「そうだ。だが、記憶を共有することと、人格を統合することは違った。第六号は候補者たちの記憶を取り込んでも、一つの人格にはなれなかった」


「だから、独立した人格になったのか」


ヴィクターが言った。


「それが原因のすべてかどうかはわからない」


アランは慎重に答えた。


「ただ、私は第六号が生まれた過程を知っている。そして、計画が制御不能になったとき、止めることができなかった」


ダニエルは通信画面を見つめた。


「三年前、俺が施設から逃げたあと、何が起きた?」


「施設の中枢が崩壊しかけた。神経接続は次々に切断され、候補者たちの記憶にも異常が起きた」


「第一被験者は?」


「生存していることだけは確認できた。だが、意識状態は安定しなかった」


「それで、カプセルに入れたのか?」


「違う。カプセルは、それ以前から存在していた」


アランの声がわずかに沈んだ。


「第一被験者は、研究の初期段階から特別な保護対象だった。誰が最初に保護を命じたのか、私は知らない」


ダニエルは、これまでの記録を思い返した。


少年は、CODE Ωによって作られた存在ではない。


研究者たちは、その能力を再現しようとして第六号を作った。


では、なぜ少年は最初から保護されていたのか。


なぜ、父親と呼ぶ男が現れたのか。


そして、誰が今も彼の記録を消そうとしているのか。


「アラン。ひとつだけ、はっきりさせておく」


ダニエルは静かに言った。


「俺は、父親の名前を知るために、あの子を犠牲にするつもりはない」


「わかっている」


「いや、お前はわかっていない。俺たちの人生を、研究の材料として扱うな」


アランは何も言わなかった。


ダニエルは続けた。


「次に会ったときは、全部話してもらう。知らないことは知らないと言え。わからないことを、わかったふりで埋めるな」


その言葉に、アランはゆっくりとうなずいた。


「約束しよう」


通信が切れた。


保管室に静寂が戻る。


エドワードは、まだ険しい表情をしていた。


「アランの言葉を、すべて信じるべきではない」


「わかってる」


ダニエルは認証キーをポケットにしまった。


「でも、全部が嘘とも限らない」


リナが端末を閉じた。


「カプセルの状態を確認しましょう。少年が目覚める前に、もう一度安全性を調べたい」


ダニエルはうなずいた。


そのとき、彼の端末が短く震えた。


差出人不明のメッセージ。


添付されていたのは、一枚の古い写真だった。


研究施設の前に立つ、若いエレナ。


その隣には、見知らぬ男がいた。


男は幼いダニエルを抱き上げている。


写真の裏側に、手書きの文字が残されていた。


《ジェームズ、エレナ、そしてダニエル》


ダニエルは写真を見つめた。


父親の顔は、確かにそこにあった。


だが、彼の目を引いたのは、写真の隅だった。


幼いダニエルの背後。


研究施設の窓越しに、もう一人の子どもが立っていた。


黒い髪。


青い瞳。


第一被験者と、同じ顔だった。


ダニエルは写真を握りしめた。


この写真が本物なら、二人の出会いは、記録されている時期よりもずっと早い。


そして、誰かがそれを隠している。


彼は写真をポケットにしまった。


「……今度こそ、直接確かめる」


その言葉は、誰に向けたものでもなかった。


ただ、自分自身への約束だった。

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