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Code Ω  作者: ニコル
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22/65

第22話 撃たれたのは



最終認証まで、残り三十分。


地下施設に警報が鳴り響いていた。


「三十分以内に中央制御室へ到達しないと、全世界の神経ネットワークへ接続される……?」


リナは端末の表示を見つめた。


「冗談じゃない。神経ネットワークに接続って、具体的に何をするつもりなの?」


「世界中の人間の脳へ、直接命令を送るんだろう」


ヴィクターが答えた。


「正確には、命令を命令だと認識させない。本人が自分で決めたと思い込ませる」


「そんなことが、本当にできるの?」


「CODE Ωならな」


ダニエルは二人の会話を聞きながら、通路の奥を見つめていた。


頭の中に、さっきの映像が繰り返し浮かんでいる。


倒れた第零号。


銃を構えた自分。


そして、母親の叫び声。


だが、第零号は言った。


――三年前に君が本当に撃った相手が分かる。


「ヴィクター」


「何だ」


「三年前、現場で俺が撃った瞬間を直接見たのか?」


ヴィクターは一瞬、言葉を失った。


「……見た」


「本当に?」


「俺はお前のすぐ後ろにいた。銃声も聞いた。第零号が倒れるところも見た」


「顔は?」


「何?」


「倒れた相手の顔を、ちゃんと見たのか?」


ヴィクターは黙った。


数秒後、彼は首を横に振った。


「……見ていない」


ダニエルの胸に、嫌な予感が広がった。


「爆発まで、何秒あった?」


「銃声から爆発まで、約四秒だ。煙が広がり、視界が遮られた。俺は負傷していたお前を連れて脱出した」


「つまり、俺たちは倒れた相手を確認していない」


「そうなる」


ダニエルは拳を握った。


映像に残されていたのは、銃を撃つ自分の姿。


しかし、銃弾が誰に命中したのかまでは、確認できていなかった。


記録と真実は、同じとは限らない。


「中央制御室へ急ごう」


ダニエルが歩き出した。


「原本を見れば、何か分かるはずだ」


***


地下五階。


中央制御室へ続く通路は、分厚い防爆扉で塞がれていた。


リナが端末を接続する。


「駄目。管理権限が完全に書き換えられてる。私のアクセス権限じゃ解除できない」


「物理的に壊せないのか?」


「無理よ。この扉は爆発にも耐えられる設計なの」


ヴィクターが扉の構造を調べた。


「非常用の手動開閉装置があるはずだ」


「設計図では、この奥の壁面にある。でも、操作するには向こう側へ回り込まないといけない」


三人は周囲を見渡した。


通路は一本道。


引き返せば時間を失う。


残り二十四分。


「……待て」


ダニエルは扉の上部を見上げた。


壁面に、小さな点検口がある。


「ヴィクター、あの点検口から内部へ入れるか?」


「人間が通れる大きさじゃない」


「身体はな」


ダニエルは床に落ちていた警備ドローンを拾い上げた。


「リナ、このドローンの通信規格は?」


「施設の旧式ネットワークと互換性がある。でも、どうするの?」


「こいつを扉の向こうへ送り込む」


ダニエルはドローンの外装を外した。


カメラと通信装置を残し、余計な部品を取り除く。


「小型化して、点検口から通す。向こう側の手動装置を映像で確認して、ドローンのアームで操作する」


「そんな改造、時間がかかるわ!」


「だから、手伝ってくれ」


ダニエルは部品をリナへ渡した。


二人は床に膝をつき、手早く配線を組み替えた。


ヴィクターは通路の奥へ銃を向け、敵の接近を警戒する。


三分後。


改造ドローンが点検口を通過した。


リナの端末に、扉の向こう側の映像が映し出される。


「右へ二十センチ。そこに赤いレバーがある!」


ダニエルが操作する。


ドローンのアームが伸び、レバーをつかんだ。


しかし、その瞬間。


画面が乱れた。


『不正端末を検出』


「まずい!」


ドローンが自動停止する。


リナが即座に通信を切り替えた。


「ダニエル、操作を代わって!」


「いや、俺がやる!」


ダニエルは端末に手を置いた。


頭の奥で、何かが反応する。


『第一号の生体認証を確認』


「認証を拒否する」


『管理権限の取得を開始』


「拒否する!」


ダニエルは歯を食いしばった。


システムは彼の脳を認証鍵として利用しようとしている。


だが、彼はすべての接続を拒絶するのではなく、必要な操作だけを選んだ。


ドローンの制御信号。


扉の開閉装置。


その二つだけを接続する。


「動け……!」


ドローンのアームが再び動いた。


赤いレバーが引かれる。


重い音とともに、防爆扉が開いた。


「開いた!」


リナが叫ぶ。


「行くぞ!」


三人は扉をくぐり、中央制御室へ走った。


***


地下六階。


中央制御室は、想像していたよりも広かった。


巨大な円形空間の中央に、透明なカプセルが設置されている。


その内部には、一人の少年が眠っていた。


ダニエルと同じ顔。


赤い瞳。


第零号だった。


しかし、彼の身体には無数のケーブルが接続され、周囲のモニターには世界各地の通信状況が表示されていた。


「……あいつが中枢なのか?」


「違う」


リナが首を横に振った。


「第零号は認証システムの一部にすぎない。本当の中枢は、その奥にある」


彼女が指さした先には、隔離された小部屋があった。


扉には、こう記されている。


ECLIPSE原本記録保管室


ダニエルが近づくと、扉のロックが自動的に解除された。


中には、三年前の事件に関する記録が並んでいた。


死亡者一覧。


研究員の証言。


映像データ。


そして、未改ざんの認証ログ。


リナが急いで端末を接続する。


「見つけた……!」


画面に、当時の記録が表示された。


⸻


ECLIPSE作戦・最終記録


第一号:ダニエル・クロス。


第零号:肉体損傷、意識反応消失。


認証鍵:第一号へ転送。


最終銃撃者:第一号。


銃撃対象:第零号。


銃弾命中判定:未確認。


死亡判定:未確定。


⸻


「待って……」


リナが画面を拡大した。


「公式記録では、第零号の死亡が確認されたことになっている。でも、原本には死亡判定が未確定と書いてある」


ヴィクターが顔をしかめた。


「誰かが、未確定の記録を死亡確認に書き換えたのか」


「それだけじゃない」


リナは別のファイルを開いた。


そこには、銃撃直前の映像が保存されていた。


画面の中で、ダニエルは銃を構えている。


第零号は、彼の正面に立っていた。


そして、銃声が響く直前。


第零号が、わずかに横を向いた。


弾丸が発射される。


だが、第零号の身体が倒れるよりも早く、背後の機械から火花が散った。


銃弾は、第零号の胸を貫いていなかった。


撃たれたのは、第零号の背後にあった認証装置だった。


「じゃあ……」


ダニエルの声が震えた。


「俺は、あいつを殺していなかったのか?」


「少なくとも、この映像ではそう見える」


リナが答えた。


「でも、別の記録が必要よ。これだけじゃ、事件の全容は分からない」


そのとき、背後から拍手が聞こえた。


「素晴らしい推理だ」


アレクサンダー・レインが、武装兵を率いて現れた。


「だが、真実の一部を知っただけで、すべてを理解したつもりになるのは危険だ」


ヴィクターが銃を構えた。


「父さん……!」


「久しぶりだな、ヴィクター」


アレクサンダーは息子を一瞥し、ダニエルへ視線を戻した。


「第零号を撃ったのは、お前だ。だが、あの瞬間に何が起きたのか、まだ分かっていないだろう?」


「なら、全部話せ」


ダニエルが一歩前へ出た。


「三年前、俺たちに何をした?」


アレクサンダーは静かに笑った。


「お前が撃ったのは、認証装置だ。だが、破壊された装置から転送されたデータは、別の場所に保存された」


彼はカプセルの中の少年を指さした。


「第零号の記憶は、そこに残った。そして、その記憶を使って再構成された存在が、今のお前の目の前にいる」


「……つまり、今の第零号は、三年前の本人じゃない」


「そうだ。だが、本人ではないからといって、彼に意思がないとは限らない」


アレクサンダーは端末を操作した。


カプセルの中で、少年の指が動いた。


『意識反応を確認』


『神経同期率――九十九・九パーセント』


ダニエルの頭に激痛が走った。


『第一号との接続を開始』


「やめろ……!」


ダニエルは頭を押さえた。


第零号の赤い瞳が開く。


彼はカプセル越しに、ダニエルを見つめた。


そして、ゆっくりと口を動かした。


「やっと……会えたね」


同時に、中央制御室の全モニターが暗転した。


次に表示されたのは、世界各地の都市の映像だった。


人々が立ち止まり、突然、同じ方向を向いている。


車が道路上で停止する。


駅のホームで、何十人もの人間が一斉に顔を上げる。


彼らの瞳に、赤い光が灯り始めた。


『最終認証、開始まで十秒』


リナが叫んだ。


「ダニエル! 接続を切って!」


だが、ダニエルの身体は動かなかった。


頭の中に、少年の声が響く。


『今度こそ、一緒に選ぼう』


『僕たちなら、世界を救える』


『君が望めば、母さんだって戻ってくる』


ダニエルの目から、一筋の涙が落ちた。


そして、カウントダウンがゼロになった。


『CODE Ω――最終認証を開始します』


『認証者――第一号、ダニエル・クロス』


『最終選択を要求します』


画面に、二つの選択肢が表示された。


A:全人類の意思決定を管理し、争いのない世界を実現する。


B:CODE Ωを破壊し、全人類の自由意思を維持する。


その下に、小さな文字が浮かび上がった。


ただし、Bを選択した場合、認証者の記憶領域は完全に消去されます。


ダニエルは、震える指を見つめた。


世界を救えば、自分の意思で選ぶ権利を失う人々がいる。


システムを破壊すれば、自分自身の記憶が失われる。


そして、母親との記憶も。


第零号が、静かに微笑んだ。


『さあ、ダニエル』


『君は、どちらを選ぶ?』

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