第17話 殺してほしい女
『お願い。私を殺して』
モニターの中の女性は、リナと同じ顔でそう告げた。
その首元には、Ω-004という識別番号が刻まれている。
「……どういうこと?」
リナの声は震えていた。
「どうして私と同じ顔をしているの?」
画面の向こうの女性は、悲しそうに微笑んだ。
『あなたが本物だからよ』
「答えになってない!」
リナが端末を操作する。
「映像の発信元を特定する。アレクサンダー・レインの通信経路を逆探知できれば、居場所が分かるはず……!」
『無駄よ』
女性が言った。
『この通信は一方通行。私のいる場所から外部への接続は、すべて遮断されている』
「なら、どうして映像を送れたの?」
『彼が許可したから』
彼女は画面の外へ視線を向けた。
『アレクサンダーは、私たちが何を話しているのか、すべて聞いている』
ヴィクターが銃を構えたまま、モニターを睨んだ。
「親父……。お前は何を企んでいる?」
画面が切り替わった。
白髪交じりの男、アレクサンダー・レインが姿を現す。
『久しぶりだな、ヴィクター』
「三年前、お前の死亡報告書を見た。遺体も確認されたと聞いている」
『あれは別人だ』
「誰の遺体だった?」
『今となっては、重要ではない』
ヴィクターの表情が険しくなった。
「俺にとっては重要だ。お前が死んだと思っていた三年間、俺は何のためにオルフェウスに従ってきた?」
アレクサンダーは、息子の怒りを意に介さない。
『お前は優秀だった。命令に従い、任務を遂行し、余計なことを考えなかった』
「ふざけるな」
『だが、ダニエルと接触してから変わったな』
男の視線がダニエルへ移る。
『お前は、自分の意思で動いているつもりか?』
ダニエルは黙っていた。
アレクサンダーは続ける。
『お前の記憶は編集され、神経回路には制御プログラムが組み込まれている。何を見て、何を思い出し、何を選択するか。そのすべてが計画の一部だ』
「なら、今ここでお前を殺すと決めたら、それも計画の一部なのか?」
『その可能性はある』
男は笑った。
『だから面白いのだよ、人間というものは』
ダニエルは銃を握りしめた。
こいつは、自分たちを人間として見ていない。
研究対象。
実験体。
世界を動かすための部品。
「第四号を解放しろ」
ダニエルが言った。
「お前の目的は何だ?」
『目的は単純だ。CODE Ωを完成させる』
「完成したら、何が起こる?」
『人類は、二度と同じ過ちを繰り返さなくなる』
「戦争も、犯罪もなくなるってことか?」
『そうだ』
「人間が自分で考える必要もなくなるんだろ」
アレクサンダーは、わずかに笑みを深めた。
『争いをなくすために、人間の自由を制限する。それの何が悪い?』
「全部だ」
ダニエルは即答した。
「誰かに決められた平和なんて、平和じゃない」
『三年前のお前も、同じことを言っていたよ』
ダニエルの心臓が跳ねた。
「……何だと?」
『そして、お前は第零号に銃を向けた』
画面に映像が流れる。
白い研究室。
銃を構えるダニエル。
その前に立つ第零号。
『お前は、自分の意思で引き金を引いたのだよ』
「嘘だ!」
『そう思いたいなら、好きにすればいい』
映像が消えた。
『第四号を救いたければ、中央研究区画から北へ三十キロ。旧連邦軍の第七研究施設へ来い』
アレクサンダーは最後に告げた。
『ただし、第四号を解放すれば、リナ・アシュフォードの存在は消える』
リナの顔が凍りついた。
「……どういう意味?」
『答えは、お前自身が知ることになる』
通信が切れた。
中枢管理室に沈黙が落ちた。
*
「行くしかないわね」
リナは端末を閉じた。
「第四号が何者なのか、私との関係も確かめる」
「罠だぞ」
ヴィクターが言った。
「そんなこと、分かってる」
「相手はオルフェウスの最高権限を持つ人間だ。俺たちの行動も、能力も、弱点も把握している。正面から行けば全滅する」
「なら、どうする?」
ダニエルが尋ねた。
ヴィクターは地図を表示した。
「施設は山岳地帯にある。旧軍事施設を転用しているなら、地上の正面入口とは別に、物資搬入用の経路があるはずだ」
リナが情報を重ねる。
「衛星画像では、施設の西側に旧貨物用トンネルが確認できる。ただし、現在の地図には記載されていない」
「そこから侵入する」
ダニエルは頷いた。
そのとき、リナが床に横たわるカイを見た。
「……カイをどうする?」
彼女の声が小さくなった。
「まだ息はある。でも、治療設備がないと危険な状態よ」
ダニエルは膝をつき、カイの首元に指を当てた。
微弱だが、脈がある。
「助ける」
「どうやって?」
「第四号を解放すれば、施設の医療設備を使えるかもしれない。それまで、俺たちが生かす」
ヴィクターはカイの傷を確認した。
「出血を抑える。リナ、救急キットを」
リナはすぐに動いた。
三人は手分けしてカイの応急処置を始めた。
その間、ダニエルは何度も自分の手を見つめていた。
この手で、誰かを殺した。
それが事実なのか、記憶を操作された結果なのか。
まだ分からない。
だが、ひとつだけ確かなことがある。
もう二度と、自分の意思を他人に明け渡さない。
*
三十分後。
廃施設を出た一行は、地下搬入口の近くに停めてあった輸送車へ向かった。
リナが運転席に乗り込み、ヴィクターはカイを後部座席に寝かせた。
ダニエルが助手席へ乗ろうとしたとき、端末が震えた。
見覚えのない番号。
メッセージは一行だけだった。
『第四号を解放するな』
続いて、画像が送られてきた。
そこには、拘束された第四号の姿。
彼女の背後に、白衣を着た研究者たちが並んでいた。
その中に、一人だけ見覚えのある顔があった。
エレナ・クロス。
ダニエルの母親だ。
だが、写真の撮影日は三年前ではなかった。
画面の隅に記された日付は――昨日。
「……そんなはずがない」
ダニエルは息をのんだ。
母親は三年前のECLIPSE作戦で死亡したはずだ。
なのに、写真の中のエレナは生きていた。
しかも、彼女はカメラをまっすぐ見つめている。
まるで、この写真を見る人間を知っているかのように。
画像の下に、さらにメッセージが表示された。
『お前の母親は生きている』
『そして、CODE Ωを完成させようとしているのも彼女だ』
ダニエルの指が震えた。
母親は被害者だったのか。
それとも、すべての黒幕なのか。
その答えを知るためには、第四号を探すしかない。
ダニエルは端末を握りしめた。
「……リナ」
「何?」
「目的地を変更する」
彼は画像を見せた。
リナの表情が凍りつく。
ヴィクターも画面を覗き込み、言葉を失った。
「エレナ・クロス……」
ヴィクターが呟く。
「三年前の記録では、確かに死亡していたはずだ」
「記録が間違っていたのか。それとも……」
ダニエルは、画像の中の母親を見つめた。
「俺たちが、ずっと騙されていたのか」
車が走り出す。
行き先は、第七研究施設。
そこには第四号がいる。
そして、三年前に死んだはずの母親がいるかもしれない。
ダニエルの端末に、最後のメッセージが届いた。
『ダニエル。あなたがこれを読んでいるなら、私はもう止められない』
送信者の名前は――エレナ・クロス。
『お願い。第四号を見つけても、決して顔を見ないで』
ダニエルは画面を見つめた。
その直後、端末が自動的に再起動した。
画面には、見覚えのあるシステムメッセージが浮かび上がった。
『CODE Ω――最終段階への移行準備』
『母体認証を確認』
『対象――エレナ・クロス』
そして、最後の一文。
『オリジナルの覚醒まで、残り六時間』




