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Code Ω  作者: ニコル
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第14話 二人のリナ


銃声が、医療区画を切り裂いた。


ダニエルは反射的にリナの腕をつかみ、床へ引き倒した。


弾丸が背後のガラスを砕く。


「伏せろ!」


ヴィクターが応射した。


白衣の女は身をひねり、並んだカプセルの陰へ滑り込む。動きに無駄がない。白衣の裾が揺れた瞬間、彼女の右腕から黒い装甲がせり上がった。


「義手か……?」


ダニエルが呟く。


「違う。人工筋繊維と神経接続型の戦闘補助装置よ」


リナが端末を操作しながら答えた。


「しかも、私たちが知っている技術より十年以上先を行ってる」


「分析はあとだ。どうすれば止められる?」


「装置の制御信号を探してる!」


「急いでくれ!」


ヴィクターが前へ出た。


女の射撃は正確だった。ヴィクターが身を隠した壁の縁を、弾丸が連続して削っていく。


ヴィクターは煙幕を投げ、視界が白く染まった瞬間に距離を詰めた。


金属音。


女の腕とヴィクターのナイフがぶつかる。


女はナイフを受け止めると、ヴィクターの腹部へ膝を叩き込んだ。ヴィクターは後退したが、倒れなかった。


「動きが似ているな」


ヴィクターが息を吐く。


「オルフェウスの訓練を受けたのか?」


「あなたが受けた訓練の、設計者が私よ」


女は平然と答えた。


「あなたたちは、私たちが作った技術の上で戦っているの」


「なら、設計者の弱点も知っているはずだ」


ヴィクターが再び踏み込んだ。


その一瞬、ダニエルは女の視線が右肩へ動くのを見た。


攻撃の直前、彼女は必ず右肩をわずかに引いている。


癖か。


それとも、装置の駆動に必要な動作なのか。


「ヴィクター! 右肩だ! 動き出す前に狙え!」


ヴィクターは理由を聞かなかった。


ナイフを捨て、女の右肩へ拳を叩き込む。


鈍い衝撃音。


女の腕が一瞬だけ停止した。


「今だ!」


ダニエルが床を蹴った。


女の死角へ回り込み、カプセルの支柱を蹴り倒す。巨大な金属フレームが傾き、女の退路を塞いだ。


だが、女は笑った。


「観察力は、相変わらずね」


右腕が再起動する。


次の瞬間、ダニエルの視界が赤く染まった。


『神経接続を検出』


『第一制限、解除可能』


脳の奥で、あの機械音声が響く。


ダニエルは歯を食いしばった。


――使うな。


ここで能力を解放すれば、また記憶を失うかもしれない。


だが、目の前の女を逃がせば、リナの秘密は闇に消える。


「ダニエル、やめて!」


リナの叫びが聞こえた。


「あなたの脳波が異常値を示してる! これ以上接続したら危険よ!」


ダニエルは拳を握りしめた。


「……分かってる」


彼は装置を起動しなかった。


代わりに、女が倒したカプセルの配管へ銃を向けた。


一発。


冷却ガスが噴き出し、白い霧が一気に広がる。


女の動きが鈍った。


ヴィクターがその隙を逃さず、彼女の首元へナイフを突きつけた。


「終わりだ」


女は抵抗しなかった。


ただ、リナを見つめていた。


「あなたは本当に、何も覚えていないのね」


リナは端末を握りしめたまま、女に近づいた。


「答えて。あなたは誰?」


女はゆっくりと目を閉じた。


「私の名前は、リナ・アシュフォード」


「ふざけないで!」


リナの声が震えた。


「私の記録は十八年前から残ってる。家族も、学校も、育った場所もある。あなたが私だなんて、そんな話が通るわけない!」


「記録があることと、その記録が真実であることは別よ」


女は目を開いた。


「あなたが四歳だったとき、何をしていたか覚えている?」


リナは答えられなかった。


「あなたの記憶は、四歳のときに作り直されたもの。今の家族も、過去も、すべて本物かもしれない。でも、あなたの人生が始まった瞬間だけは、誰かに隠されている」


「……黙って」


「私はあなたを責めているんじゃない。あなたも被害者なの」


女の視線がダニエルへ移った。


「そして、この男もね」


ダニエルは銃を下ろさなかった。


「俺の母親を知っているのか?」


「もちろん。エレナ・クロスは、CODE Ω計画の中心人物だった」


「母は何をしようとしていた?」


女は少し考えてから答えた。


「あなたたちを、人間として生きられるようにすること」


「それなのに、どうして俺たちは実験体になった?」


「彼女が計画を止めようとしたからよ」


女は静かに続けた。


「人間の意思を制御する技術は、最初から兵器として開発されたわけではなかった。脳の損傷を修復し、失われた記憶を取り戻し、神経疾患を治療する。そのための研究だった」


「それが、どうして世界を支配する技術になった?」


「人間の意思を理解できるなら、意思が生まれる前に介入することもできる。恐怖を弱め、怒りを強め、選択肢そのものを操作する。人間は自分で決断したと思いながら、誰かが望んだ答えを選ぶようになる」


リナの顔が青ざめた。


「それがCODE Ω……?」


「そう。けれど、計画には欠陥があった」


女はダニエルを見つめた。


「あなたたちは、完全には制御できなかった」


その瞬間、施設全体が激しく揺れた。


警報が鳴り響く。


『外部部隊の侵入を確認』


『施設封鎖まで、残り百二十秒』


ヴィクターが舌打ちした。


「話の続きは脱出してからだ。リナ、出口を探せ!」


「待って。この人を連れていく!」


リナが女の腕をつかんだ。


女は抵抗しなかった。


「連れていく必要はないわ」


「何を言ってるの?」


「私は、あなたたちを逃がすためにここへ来たわけじゃない」


女はダニエルを見た。


「あなたたちをここに集めるために来たの」


背後の壁が開いた。


そこには、巨大なガラス製のカプセルがあった。


内部に浮かんでいるのは、一人の少年。


赤い瞳。


ダニエルと同じ顔。


第零号だった。


『第零号、意識接続を開始』


少年の目が開いた。


そして、施設中のスピーカーから声が響いた。


「やっと全員そろったね」


ダニエルは息をのんだ。


「お前……生きていたのか」


『第零号』は、カプセルの中で微笑んだ。


「生きていた? 違うよ、ダニエル」


「何が違う?」


「君が殺した僕は、確かに死んだ」


ダニエルの心臓が跳ねた。


「……じゃあ、お前は誰だ?」


少年は答えた。


「僕は、あのとき死んだ第零号の記憶から作られた存在だよ」


リナが端末を落としかけた。


「記憶から……作られた?」


「そう。僕の身体は新しく作られた。でも、人格も記憶も、あの日の第零号から複製された。少なくとも、彼らはそう説明している」


少年の表情が変わった。


「だけどね、ダニエル。僕には、どうしても理解できないことがあるんだ」


「何だ?」


「君が僕を殺した理由だよ」


ダニエルは答えられなかった。


少年は、ゆっくりと右手をガラスに押し当てた。


「だから、確かめさせてほしい」


カプセルのロックが解除された。


『第三段階、最終試験を開始』


『第一号と第零号の対面を確認』


『選択条件――一名の排除』


施設の中央モニターに、二つの名前が表示された。


第一号――ダニエル


第零号――再構成体


その下に、冷たい文字が浮かび上がる。


『どちらか一方が死亡するまで、施設の封鎖は解除されません』


少年がカプセルから降りた。


そして、ダニエルに向かって手を差し出した。


「さあ、もう一度選んでよ」


赤い瞳が、暗闇の中で輝いた。


「今度は、どちらを殺す?」

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