第13話 第六の影
「中央研究区画に入るつもりなら、ひとつだけ忠告しておく」
廃ビルの地下駐車場。
カイは壁にもたれながら、ダニエルたちを見回した。
「中に入ったら、誰も信用するな。オルフェウスも、シャドウも……俺のこともな」
「自分で言うのかよ」
ダニエルは銃の弾倉を確認しながら答えた。
「お前が俺を殺したと言うなら、その理由を聞くまでは信用できない」
「正しい判断だ」
カイは笑わなかった。
「ただし、ひとつ覚えておけ。お前が見た映像が本物だとしても、映像に映っていない部分まで真実とは限らない」
三年前、ダニエルは第零号に銃を向けた。
そして引き金を引いた。
映像は、そこまでしか見せていなかった。
「……あの銃声のあと、何が起きた?」
ダニエルが尋ねると、カイは一瞬だけ目を伏せた。
「俺も知らない。あの施設から脱出したときには、もう全部終わっていた」
「お前は第五候補者なんだろ。なぜ何も知らない?」
「第五候補者だからこそ、知らされなかったんだよ」
カイの声に、かすかな怒りが混じった。
「俺たちは実験体だった。必要な情報だけを与えられ、必要な記憶だけを残された。自分で考えているつもりでも、考える材料そのものを選ばれていたんだ」
リナが端末を閉じた。
「中央研究区画の位置を特定した。ここから西へ十二キロ。旧連邦軍の地下指揮施設を転用している」
「警備は?」
ヴィクターが尋ねる。
「表向きは閉鎖済み。でも、過去六時間で暗号化通信が三百二十七件。電力消費も通常の廃施設とは比較にならない。中で何かが稼働している」
「罠だな」
「間違いなく」
リナはダニエルを見た。
「問題は、罠だと分かっていても、行くしかないこと」
ダニエルは黒いカードを取り出した。
CODE Ω。
カードの表面には何の変化もない。
だが、触れた瞬間、脳の奥で微かな振動が起きた。
『第三段階への移行条件を確認中』
頭の中に、機械的な声が響く。
ダニエルは顔をしかめた。
「また聞こえたの?」
リナがすぐに反応する。
「ああ。第三段階への移行条件を確認しているらしい」
「条件は?」
「分からない。ただ……」
ダニエルはカードを握りしめた。
「俺たち五人が集まったことが、何かの条件に関係している可能性がある」
カイの表情が変わった。
「五人?」
「ああ。俺、ヴィクター、リナ、お前。それから……」
ダニエルは言葉を止めた。
五人目。
候補者の写真には、エレナ・クロスも写っていた。
だが、彼女はダニエルの母親だったはずだ。
候補者の人数と、現在生きている人間の数。
その関係は、まだ見えていなかった。
「……いや、今は考えても仕方ない」
ダニエルはカードをしまった。
「行こう」
*
中央研究区画。
地上から見ると、そこは何年も前に放棄された軍事施設にしか見えなかった。
錆びたフェンス。割れた窓。雑草に覆われた監視塔。
しかし、地下への搬入口には最新型の自動防衛システムが設置されていた。
ヴィクターが双眼鏡を下ろす。
「正面から入れば、三十秒以内に位置を特定される」
「裏口は?」
「ない。設計図上ではな」
「設計図上では?」
ダニエルが聞き返すと、ヴィクターは施設の北側を指した。
「三年前の建設記録には、排水用のトンネルがある。現在の図面では削除されている」
リナが端末を操作する。
「見つけた。トンネルの先は地下二階の旧医療区画につながってる。ただし、入口の電子ロックは外部ネットワークに接続されていない」
「つまり、ハッキングできない?」
「普通ならね」
リナはダニエルを見た。
「あなたなら開けられるかもしれない」
「また俺頼みか」
「嫌なら、正面から堂々と入ってもいいわよ」
「……トンネルを使おう」
四人は施設の北側へ回った。
排水口は半分以上が土砂に埋まっていたが、人ひとりが通る隙間は残っていた。
ヴィクターが先頭に立ち、ダニエル、リナ、カイの順で内部へ進む。
湿った空気の中、遠くから機械の駆動音が聞こえた。
数分後、鉄製の扉に行き当たった。
扉の中央には、生体認証装置。
ダニエルが近づくと、装置のランプが赤から青へ変わった。
『第一号を確認』
ロックが解除される。
リナが息をのんだ。
「あなたの生体情報が登録されている。しかも、施設の電源を入れる前から認証できる状態だった」
「俺が来ることを、最初から知っていたってことか」
「それだけじゃない」
リナは装置の記録を調べた。
「この扉、最後に開いたのは二時間前よ」
ヴィクターが銃を構え直す。
「誰かが先に入っている」
「俺たちを待っているのかもしれないな」
カイが言った。
「なら、歓迎してもらおうじゃないか」
扉の向こうには、明かりの消えた医療区画が広がっていた。
壁には無数のガラス窓。
その向こうに並んでいるのは、空になった実験用カプセルだった。
ひとつ、ふたつ、みっつ。
数えるのも嫌になるほどの数。
だが、ダニエルの目は、その中央にある一台のカプセルに釘づけになった。
ガラスには、内側から叩きつけられたようなひびが入っていた。
床には乾いた血痕。
そして、壁には赤い文字が刻まれていた。
『第一号は失敗作』
その下には、別の文字があった。
『第零号も失敗作』
さらに、その下。
『では、第三号は?』
「第三号……?」
ダニエルが呟いた瞬間、施設全体に警報が鳴り響いた。
『侵入者を確認』
『第一号、第二号、第三号、第五号』
『適合者四名の到達を確認』
リナが顔を上げる。
「第二号って……私?」
「第三号は俺だ」
ヴィクターの声が低くなった。
「だが、第五号はカイのはずだ。第四号はどこへ行った?」
その瞬間、医療区画の奥で照明が点灯した。
壁一面のモニターに、五人の候補者の記録が表示される。
第一号――ダニエル。
第二号――リナ・アシュフォード。
第三号――ヴィクター・レイン。
第四号――登録情報なし。
第五号――カイ。
そして、候補者一覧の最下段に、新しい項目が浮かび上がった。
『第六号――適合率、測定不能』
ダニエルの頭に、鋭い痛みが走った。
白い部屋。
並んだ六つのベッド。
そのうちのひとつで、誰かが泣いていた。
『お願い……この子だけは、連れていかないで』
女性の声。
エレナの声だった。
ダニエルは壁に手をついた。
「……六人目がいた」
「何を見たの?」
リナが駆け寄る。
答えようとした瞬間、医療区画の奥から足音が響いた。
一人ではない。
複数の人間が、ゆっくりと近づいてくる。
ヴィクターが銃口を向ける。
「誰だ! 姿を見せろ!」
暗闇から現れたのは、白衣を着た若い女性だった。
黒い髪。
青い瞳。
そして、リナとまったく同じ顔。
リナが凍りついた。
「……うそ」
女性はリナを見つめ、静かに微笑んだ。
「久しぶりね、リナ」
「あなた……誰?」
女性は答えず、ダニエルへ視線を移した。
「そして、あなたが第一号。ようやく会えたわ」
彼女は胸元の認証カードを見せた。
そこに記されていた名前を見て、リナの顔から血の気が引いた。
『リナ・アシュフォード』
「どうして……私と同じ名前なの?」
女性は微笑みを消した。
「同じ名前じゃないわ」
彼女は、リナの顔を指さした。
「あなたが、私の名前を使っているのよ」
次の瞬間、施設の全モニターが赤く染まった。
『第六号を確認』
『第三段階への移行条件、成立』
そして、最後の一文が表示された。
『CODE Ω――最終選別を開始します』
女性はダニエルに銃を向けた。
「悪いけれど、あなたたちにはここで死んでもらうわ」
銃声が鳴り響いた。




