「四天王」 (解決編)
その日。
『本日予約済み』と扉に張り紙がされた美術準備室に、峰中四天王+1及び戸田七海、米倉早希の7人が集っていた。
しくしく、と俯いて涙を流す黒崎和恵の背中を撫でながら、三輪は困ったような笑顔でその顔を覗き込んだ。
「まあ、今更だしばれても問題ないでしょう?」
それを見てから、七海は一同を見回した。
「事情を、聴かせていただけるでしょうか?」
全く、とこちらも苦笑しながら、白石がわずかに机の上に身を乗り出した。
「人それぞれ事情があるから詮索するな、ってあれだけ言ったのに、とうとうここまでほじくり返しやがって」
ちらっと目だけで峰中側の一同の顔を見回した白石はわずかに笑った。
「まあ、話して聞かせてやらなきゃならないどんな義理があるわけじゃないが、これ以上無駄に詮索されてもめんどくさいしな」
じっと黒崎を見つめ、俯いたまま何も言わない彼女を確認してから、白石は七海を向き直った。
「まあ、前にも言ったが、峰中四天王なんてもん、最初から居ないわけ」
じっと彼を見つめて何も言わない七海に白石は続けた。
「そんなもん、俺たちが卒業した後、残ってる奴らが適当に言い出したことなんだよ。だからさ、まあ三人は当確として、あと一人は黒崎か三輪かも、人によって違うわけ」
待ってください、とそこまでまるで部外者のようにふんふんと話を聞きながら、机の上に広げられたポテチをリズミカルに口に運んでいた沙織が手を挙げた。
「その四天王とやらに、私も入いっているということでしょうか?」
「同期は五人しかいないんだぞ。入ってるに決まってるだろうが?」
ふむ、と沙織は顎に手をやると首を捻った。
「その四天王とは、佐藤くんのことではないのですか?」
は?
「いえ、私達の同期で陵上に入った人に、ネクロマンサーの佐藤くんと呼ばれている面白い子がいると聞き伝えに聞いたもので、入学すれば是非お近づきになりたいと思っていたのですが探しても見つからないもので、てっきり入学をやめたのかとがっかりしていたのですが」
“S”ATOくんじゃなくて“S”AORIさんだよ、それ。よく思い込みだけでそれだけ間違えられるな、この人。
少し考えてその大ボケに気づいたのだろう白石が、ほっとこう、と呟いた後、七海を向き直った。
「ともかく、四天王なんてのはほかの奴らの完全な勘違いなんだって。例えば俺のことを言えばだな、峰中に入学早々、昔通っていた柔道の道場の先輩達がよく来たなって声をかけてきてくれた訳だ。ところが先輩達がやんちゃグループ形成していたせいで俺もその一員だと勘違いされたわけ。別に会った時に話するくらいで、つるんでた訳じゃないのにさ」
それは、あなたの風貌も原因では?
「そんなこんなで完全にレッテル張られてさ、学内じゃあ完全に“そういう”目で見られるようになったわけ。まあ、変に言い訳してもしかたないしさ。そんでもって俺が三年になって先輩が卒業してなんとなく一人取り残された感じになると、俺を倒せば峰中最強だ、とか、そんな感じにからんでくる勘違いヤローがでてきたわけだ」
B級のヤンキー漫画か。っていうか、しかし、よく“この”白石さんに突っかかっていく勇者がいたな。
「まあ、めんどくさいんで適当にあしらって、時にはボコにして追い払ったわけだな」
この人の認識ではボコでも、周囲から見ればボコボコボコボコに見えるくらいにはやってたに違いない、あのクロちゃんの怯え方からして。
「んで、いつのまにかって感じで学校一のワルみたいに祭り上げられていたわけだ。そうこうしているうちに、他校の奴が、峰中しめてる白石って奴はどこだ、って学校まで押しかけてきてな」
へえ、と七海は半眼になった。
「未だにそんな昭和の遺物みたいな奴いるんですか」
俺の方がびっくりだったわ、と白石が笑った。
「んで、そいう奴も適当にボコってたわけだ」
くどい様だが、ボコボコボコボコボコボコくらいやったに違いない。
「そんなこんなでまあ校内では完全にイロモノ扱いでさ、昔通り付き合ってくれる奴も三輪や加納他数人て感じでな」
そんな中で、と白石は再び机に身を乗り出した。
「まあ、そろそろ進学の話とか出てくる時期になってな」
ふむふむ。
「話してみると、三輪も加納も陵上に行くって言うから、おれも受験てみようかな、とかなんとなく思ったわけ」
本題に入ってきたというか、なんとなく見えてきたぞ。
「担任に相談したら、今の成績じゃあちょっとなあ、とか薄笑い浮かべるもんで、なんとなくコンチクショーってな感じで気合入れて勉強したわけだ。まあ、元々勉強とか嫌いじゃないし、人の見る目はともかく、成績だって悪くなかったからな」」
ところがだ、と白石が両手を広げてため息をついた。
「魔がさしたというかヤマが当たったというか、次の模試で俺が陵上合格確実圏の点数取っちまったから問題になった」
大仰に目を剝きながら白石が肩をすくめた。
「“あの”白石が陵上に行くらしいぞ、って陵上目指してた奴らが大騒ぎしだしてさ」
それが“白石パニック”か。
「普通に考えたら、俺が行くからどうなんだ、って話なんだが、陵上目指して奴がどんどん池上に鞍替えしてさ。進路指導の教師も、何てことしてくれたんだ、って頭抱えてたよ。別に俺が何したってわけでもないのにさ」
それだけ凄かったんだろうな、“白石最強伝説”。よく知らないと言いつつのクロちゃんのあの怯え方だったからなあ。
「中には、受験たが落ちた奴もいたんだろうが、最終的にこの5人が残ったわけだ。誰が言ったわけでもないのに、だれが陵上に行く、池上に行くってのは学内でも広まってさ。一応どちらも難関校にはなるから、おおっ、スゲエみたいな感じで」
で?
「で、まあそんな中で無事卒業式を迎えたわけだ」
「血まみれの卒業式」
そんなの誰が言ったんだ?と白石が笑う。
「血なんて一滴も流れてないから。まあ、来賓の祝辞、在校生代表の送辞、卒業生の答辞とお決まりのパターンで進んでいたわけだ。あとは締めの校長の送る言葉の後に歌を歌って終わりかな、ってみんながあくびかみ殺してた時に」
そこで言葉を切った白石のその顔がここまでずっと俯いたままだった黒崎を向いた。
「黒崎が現れたわけだ」
はい?
そのまま、白石は無言で黒崎を見つめ続けた。続きはお前が言え、とでも言うかのように。
全員の視線が黒崎に集中し、長い長い沈黙の後、黒崎が小さくため息をついた。
「・・・・校長先生の話の途中で、ふざけんなーっ、て叫んじゃったんですよ、私」
はにゅ?
両手で顔を覆って更に俯いた黒崎の肩を三輪が優しく抱いた。しばらくじっとうつむいていた黒崎が片手で額を押えて顔を上げた。しかし、だれとも目を合わさないように机の表面をじっと見つめる。
「・・・・私、中学校の三年間、ずっといじめられてたんですよね・・・だから、校長先生が、楽しかった中学校生活に別れを告げて、みたいなことを言った瞬間、ふざけるなっ、って気持ちになった思わず・・・」
だからって、卒業式の場で叫ぶか?
「・・・だから、卒業できるのがすごくうれしくって・・・頑張って勉強して陵上に合格して・・いじめてた子達のレベルなら絶対陵上には合格らないと思ってたから必死に勉強して・・・・けど・・・」
その口から泣きそうなため息がこぼれる。
「陵上に合格ったやった!って思ってふと辺りを見回すと、陵上に行くのは学内でも変な人ばっかりで・・・・ああ、陵上に行っても峰中出身ていうだけで他の人と同じ変人だとレッテル貼られるんだ、そしてまたいじめられるんだ、と思うとたまらなくなって、思いのたけを全てその場でぶちまけて叫びまくって・・・」
地獄だ。
「もちろん異論はあった」
加納は仏頂面で頷いた。
「そこで私も、ふざけるなっ!私のどこが変人だ!と立ち上がって叫んだのだ」
厳粛な卒業式の場で、それも凍り付いた雰囲気の中でそれができるところが既に変な人なんですよ、あなたは。
「ところがだ、突然私の担任が立ち上がって、ふざけるなっ、と私を指さしながら叫んだのだ」
うい?
「お前のせいでどれだけ白髪が増えたか、あまつさえストレスで10円ハゲまでできたんだぞ、ここここここここ!って卒業生の私の席までやってきて頭を突き出して指差しながら叫びまくった挙句、二人の教師に両腕をがっちり掴まれて強制退場させられた」
カオスだ、カオス過ぎる・・・
まあ、と加納は軽く額を押えて首を振った。
「まあ、その件から私も多少は、あ、私は少し人と変わってるのかな?と自分を見つめることができるようになってな」
名も知らぬその担任教師よ、ありがとう。あなたのおかげで私達は“まだ”多少はまともな高校生活を送れています。あとはあなたが無事教師を続けておられることを祈るばかりです。
まあ、と薄笑いを浮かべて白石が両手を広げた。
「まあ凄まじかったよ。場が凍り付いたなんて生易しいもんじゃなかった。黒崎が叫ぶのをやめて泣きじゃくってる声だけがずっと体育館に響き渡ってさ、おいおい、この場のこの雰囲気、どこに持っていけばいいんだよ、って」
そこでだ、と白石が自嘲的に七海を向いた。
「気が回るのかトンチンカンなのか、もう誰だったかも忘れっちまったが在校生の一人が突然ハイと手を挙げると立ち上がってこう言った。つまりは、あなたが峰中出身者だと陵上でばれなければいいんですよね、と?」
は?
「すると、おおっそうだっ、わからなければいいんだ、言わなければいいんだっ、そうだ、みんなで黒崎さんを守ろうっ、っていう感じで、謎に感動的な雰囲気になっていってな」
うわあ。
「壇上で黙り込んでいた校長も救われたように、“その方向”で式辞を終えて、最後は蛍の光を歌ってシャンシャン、てわけだ。それをきっかけに、卒業式であれだけぶちまけた“名前を言ってはいけないあの人”もすごいが、あの人にそこまで言しめた陵上に行った他の奴らもすごい、って誰が言うともなく四天王と呼ばれるようになったわけだ。これがお前らが知りたがっていた峰中四天王の全てだよ」
まあ、と、これでおしまい、とでも言うかのように白石が笑った。
「峰中出身者が少なかったせいで、俺らも先入観無しに見られて特に目立つようなことなかったしな、別に黒崎が心配するようなことはなかったんだよ、実際はさ。そもそもが、陵上に陰湿ないじめをするような生徒あんまいなかったし」
額を押えた俯いたまま黒崎も、はい、と頷いた。
「陵上では友達も結構できたし、楽しかったです。中学校のころの話は、黒歴史として記憶の彼方に葬り去っていたのに、そこにあなた達が」
あいすみません。
ちょっと待ってください、と海苔塩味のポテトの海苔のついた指を舐めながら沙織が手を挙げた。
「その四天王の話と、私とがどうしても結びつかないのですが。それに、和恵さんの話だと和恵さん以外は皆変人みたいな言い方ですが、変人とは圭一郎と剛くんと佐藤くんのことではないのですか?」
お前さ、と白石が笑いながら沙織を指差した。
「一時、坂本さん達とつるんでたろ?」
坂本さん?と不思議そうに首を傾けた沙織は、すぐに頷いた。
「それはアキさんのことですか?」
「ああ」
確かに、と沙織はうなずいた。
「小さいころ、市営団地で隣同士だったんで可愛がってもらったんですよ。私が小三のころに家を建てて隣の小学校区に引っ越したのですが、中学校でまた一緒になって、入学式の日に声をかけてくださったんです。アキさんは昔から気遣いの人でしたから、“楽し気”に学校生活を送っている自分と話しているところを人に見られたら勘違いされるといけないからって、人気のない体育館の裏に呼び出されて、昔語りに花を咲かせた記憶があります」
“楽し気”ってやんちゃってこと?そんなややこしい人がややこしい場所に呼び出して談笑してるから勘違いされたんじゃないか?
「その後バイク事故があったろ。先頭走ってたのが転倒して、後続が次々に巻き込まれて、って」
はい、と沙織は頷いた。
「あれは酷い事故でしたね。私の知り合いも結構いて、タンデムで後ろに乗っていたせいで投げ出されて。アキさんは軽傷でしたけど、環さんとか入院して。そういえば、剛くんとも病院で会いましたね」
そのバイク事故とやら、絶対、みんなで楽しくツーリングとかじゃなくって、排気音が異世界の奴なんだろうな、多分。
「俺の知り合いも結構入院したからな」
それで、と白石が沙織にあごをしゃくった。
「事故の件は学校側が伏せてたから、事情はあまり知られていなかった。けど、というかそのせいで、やんちゃ連中が突然入院したり、ケガで包帯して登校してきたのが、お前が呪いをかけたからだ、ってことになってるんだよ。事前にその体育館の裏で話してたのが誰かに見られて、お前が坂本さん達に因縁つけられてたと勘違いされて、その復讐に呪いをかけられたんだ、ってな」
「え、何故?」
あんたのせいだよ、あんたのその不気味な雰囲気の。
「さあな。誰が言い出したのかは知らねえよ。けどそれからは、みんな陰ではお前のことネクロマンサーって呼んでびびってたんだよ。お前、友達少なかったから知らなかっただろうがな」
つまりは、と沙織は不思議そうに首を傾けて白石を見た。
「峰中には、佐藤くんと私、ネクロマンサーと呼ばれていた人が二人居たわけですか?」
いや、佐藤くんいないんだよ!一人なんだよ!オンリーなんだよ!あんたが!
ため息をついた後、七海はふと三輪と向いた。
「けど、聞いた話じゃ三輪さんは“変な人”じゃなかったんですよね。それどころか全校生徒憧れの素敵なお姉さまだったとか?」
“お姉さま”のところで、早希がプッと吹き出し三輪に睨まれる。
三輪はしばらく恨めしそうに七海を見つめた後、ため息をついた。
「当時の教頭がさ、昔姉の担任だったのよ」
は?
「入学早々、お前のお姉さんは勉強もスポーツもすごかった、みんなの憧れの的だった、君も頑張りなさい、って何度も聞かされて、ああそうなんだ、姉の名を辱めてはいけないんだ、って単純に思い込んじゃって。頑張って猫かぶってたわけよ、あの頃は緊張きつくって疲れたわ」
あ、かぶろうと思えばかぶれるんだ、ネコ。まあ、クロちゃんが聞いたらがっかりするだろうが。
けど、とハイと早希が手を挙げた。
「今の話じゃ、どこにも流血沙汰出てきませんよね。私が聞いた話じゃ、血まみれの卒業式て言われてたらしいんですけど」
血まみれ?と三年生一同が顔を見合わせる。
三輪が疑わしそうな口調で首をひねった。
「そういえば、血涙の卒業式、って誰かが言っていたって亜里沙が言ってたような気がするわね。黒崎さんが大泣きした件」
もういいだろう、と薄笑いを浮かべながら、白石が七海と早希を交互に見た。
「ともかく、これが峰中四天王伝説の全て、さ」
はあ、と窓の外が薄暗くなった美術準備室で七海と早希が机に突っ伏していた。
「聞いてみたら、なんだかなあ、の話だったね」
早希の声に、まね、と七海もぐったりと頷いた。
「まあすごい話ではあったが、思ってたのと全然方向性違ったし」
しばらく突っ伏したまま黙り込んでいた早希が再び、ねえ、と顔を上げた。
「そう言えば今回、絵の話全然出なかったね。それにオチってどこにあるんだろ?」
日常生活でオチなんてそうそうねえだろ?
突っ伏したまま、七海はだるそうに言った。
「絵の話はなかったけど、えっ?!って話は沢山あったろ?」
「そうやって落とすか、っていうか昭和の人か、お前」




