続・美男(おとこ)と硬骨漢(おとこ)
扉を開いたとたん響いた、すばらしい!という加納の声に、七海は反射的にスクリーンを見て“しまった”。
うおえぇぇぇ・・
「女性陣は全員こういう反応なんですよ」
ぐったりと机に突っ伏した七海を見下ろしながら賢人が肩をすくめた。
「どういう訳だか」
けしからんっ!と憤慨したように大声で叫びながら、加納が両手で聖セバスティアヌスの“あの”姿を凝した写真(https://ogimg.infoglobo.com.br/in/23384360-7a2-424/FT450A/yukio_mishima.jpg)が映ったスクリーンを指示した。
「これのどこが気持ち悪い?三島らしさが出ていて素晴らしいじゃないかっ!」
いや、ととりなすように賢人が言った。
「気持ち悪い、というのではなく、男臭がきつすぎて気分が悪くなるというか、なんとか」
男臭?と眉をしかめた加納が七海を振り返った。
「何を言ってるんだ!そこがいいのだろうが!」
大きな声出さないでください、と頭を押さえながら七海は何時になく弱々しく首を振った。
「理屈じゃないんで、そういうのは。反射的に、うっ、てなっちゃうんですよ」
全く、と加納が首を振った。
「J系だの韓流だのと、なよなよした男ばかり見ているからそうなるんだ」
あ、と賢人が感心したように頷いた。
「なるほど、そういう理屈ですか」
「それしか考えられんだろうが。テレビでも、昔はどのチャンネルも時代劇とかの枠があってアクの強い男を見る機会があったが、最近はちゃらちゃらした男が、スタジオでふざけてるか、外に出てふざけているか、の違いしかない番組ばかり、アクの強い男を見る機会は格段に減っているからな」
なるほどなるほど、と賢人が再び感心したように頷きながらスクリーンを見た。
「確かに、黒澤明や五社英雄の映画とかなら、こんな感じの男性は普通に出てきそうですね」
しばらくじっと考えた後、しかしふむ、と加納が首を傾け、賢人は不思議そうにその顔を覗き込んだ。
「これは、我が部の女子だけの反応なのだろうか?」
「は?とおっしゃいますと?」
ふむ、と頷きながら、加納が賢人を見た。
「感性の鋭い我が部の女子以外でも、同じような反応を示すのか、また、他部の男性諸氏もどのような反応を示すだろうか、興味がある」
三輪さんだって吐いてたんだぞ?あの人感性鋭いどころか鈍感な方だろ?
なるほど、と顎に手をやった賢人が俯くようにして考え込んだ。
しかし直ぐに、お、と小さく言いながら自分で頷いた賢人は、表情を改めると加納を向いた。
「どうでしょうか、一つ実験をしてみては?」
実験?
「実験?それは具体的には何をどうするのかね」
はい、と言いながら賢人が廊下に通じる扉を見た。
「昨年、その時々の時事に応じて、そのテーマの絵画を廊下に掲示する企画を行って好評を博しました。それと同じように、今回は聖人をテーマとした絵を人通りの多い廊下に展示すると同時に、その関連としてあの写真も掲示して感想を求めてみるのはどうかと」
それって無差別テロ?
ふむ、と言いながらしばらく考えた後、加納が『絵画鑑賞部』の物置の扉を振り返った。
「そういえば、昨年のクリスマス頃にキリストをテーマとした展示をやったな」
「はい、十二使徒のパネルはその時の物がありますのでそのうちいくつかと、あとは聖セバスティアヌスと・・・そう、聖アントニウス辺りでいかがでしょうか」
加納がわずかに首を捻った。
「アントニウスの絵でアップになったものがあったかな。アントニウスはストーリー調の『聖アントニウスの誘惑』のテーマの絵が多く、それほどアップに描かれたものは少なかったと思うが」
「グリューネヴァルトの『隠者聖アントニウス』というのがあります。あれなら他の聖者の絵と比べても遜色ないと思いますが」
「グリューネヴァルトの『隠者聖アントニウス』?知らんな、その絵は」
これですよ、と言いながら賢人が素早くタブレットを操作する(https://arts.moo.jp/G/Grunewald/gru[1]21.jpg)。
おお、と加納が満足そうに頷いた。
「これはいい、ではこれをパネルに・・・できるかね?」
「明日までには」
賢人がニッコリと頷いた。
「とりあえず、すぐに先生に許可を得てきます、展示場所は前回同様美術室の前でよろしいですね?これと、聖セバスティアヌスのパネルは明日までに作って持ってきましょう。写真も、同じサイズに引き延ばしたものを準備します」
ふむふむ、と嬉しそうに頷いた加納が七海を向いた。
「これは、楽しみになってきたな。そう思わんかね戸田くん?」
あんたはなっ!
「アンケートの中間結果が出ました」
言いながら、賢人が10枚ほどの紙の束を机に置いた。
「それほど多くはありませんが、概ね好評を博しております。感想のほとんどがあの写真に関するものですね」
さもありなん、という顔で加納が満足そうに頷いた。
「それでどのような意見だった」
「好意的な意見が多かったです。『久しぶりに漢を見た気がする』『さすが三嶋・・』さすがと言いつつ字が間違ってますね『さすが三嶋だ、久しぶりに読み返したくなった』『なぜか黒沢を見たくなった』『感動した。今度はこの手の写真中心でやれ』などなど」
けど、とどこか気分が悪そうに早希が一枚をとった。そして他のアンケート用紙と見比べる。見ないように気をつけてはいるが、部室に来る度に“あの”写真を脳裏に浮かべてしまい、うっとなるのだ。多少は慣れてはきたが。
「全員、男子の字ですね、これ」
そうなんですよ、と賢人が残念そうにわずかに首を振った。
「女子の意見こそ、聞きたかったのですが」
どれ、と早希が持ったアンケート用紙を横から取ろうとした七海が、あっ、と言いながら素早く引っ込めた手を押さえた。
「どうしました?」
七海が賢人に見えるように軽くひねった手の指に血が滲んでいた。
「あらら、紙で切っちゃいましたか。ええと、絆創膏・・」
早希が首を振り、振り返って見た夏樹は、絆創膏を巻いた人差し指を見えるように立てた。
「私も、持ってた一枚使っちゃって」
「あ、大丈夫です。派手な血の割には深くは切ってないみたいだし」
「しかしこの時期ですから膿むといけません。保健室で消毒してもらっておいた方がいいと思いますよ」
「はい。じゃあそうします」
保健室に行くと、幸い養護教員の副島が在室しており、すぐに絆創膏を出して自ら巻いてくれた。
「はい、これでよし。軽傷でも一応記録に残しておかなければならないから状況だけ聞かせて」
「あ、部活中に紙で切っちゃって」
「部活?何部?」
机に向かってメモを走らせていた副島がちらっと七海を見ながら聞いた。
「あ、絵画鑑賞部、です」
ペンを持つ手が止まった。
不思議そうに副島を見つめた七海を、しばらくじっとメモ用紙を見つめていた副島が椅子ごと振り返った。
「ちょっと、変なこと聞いていいかしら?」
わずかに声をひそめるかのように顔を突き出して小声になった副島に、は?と七海もつられて首を突き出して声を落とした。
「なんでしょうか?」
誰もいるはずのない部屋の中を確認するかのように目だけで素早く見回した副島は、囁くような声で言った。
「その、ね、美術室って、変な噂ない?」
は?
ほら、と副島が更に声を落とした。
「なんか、変な気配がするとか、誰もいないはずなのに話し声が聞こえたとか」
それは、しんれーげんしょーのことをおっしゃってるのでしょうか?
ふうむ、と首を捻った七海はすぐに首を振った。
「そんな話聞いたことないですね。そもそもが、陵上にはその手の話は無いって先輩も言っていましたけど?」
そうなんだけどねえ、とため息をついた副島が軽く肩をすくめた。
「私も幽霊とか信じてるわけじゃないの。ただ、この一週間ほど、美術の授業の後気分が悪くなったって休みに来た子が何人もいてね。それも女の子ばかり。ほら、女の子の方が、そういう関係、敏感だって言うでしょ?」
はい、と七海は確信を持って頷いた。
「知りません、わかりません、思い当たりません。私達とは一切関係ございません。ただ、部室に戻って何か思い当たることがございましたら可及的速やかに善処させていただきます」




