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9-7 赤き雨の地の偵察(2)

 続けてくれ。誰もが無言の表情で、言葉を区切って反応を待つ有翼族の男を促す。


「ここから通常の行軍にして、半日程度の場所に雨と同じく赤く染まった湖がありました。また、岩ばかりの湖畔にはほぼ崩壊した古代遺跡らしき建屋がありました」

「それが拠点か?」と、笑みを浮かべたジャミール。声色までは暖かくない。

「はっ、初期的な推定ですが違う可能性が高いと認識しました」

「何故か」

「虫どもの住処には見えなかったからであります。周辺には多数の虫が集団で徘徊しておりました。湖の周辺だけではありません、土地一帯を十匹程度の集団が巡回しているように見えました。群れはひとつではなく、複数確認できました。その群れのひとつが湖の岩の中に消えていくのを視認いたしました。おそらく洞穴のようなものがあると推測したします。さらによく見ますと、群れが出現したり消えたりする場所が複数あることを確認できました。洞穴は複数あると推察いたします」

「なるほどな、その報告は信用できる。実はかなり昔、何代も前の王の時代のことだが、ゴラムに頼まれて今のような偵察を行ったことがある。あ、これ秘密ね。地形については、その報告とほとんど一致している。違いはふたつだ。まず、当時はそこまで多くの群れは発見されなかった。本当に虫は数を増やしている可能性がある。何度か確認してみる必要があるが、報告に値する内容だろう。もうひとつだが」


 ジャミールは少し意地悪く口元に笑みを浮かべて続ける。


「洞穴の存在は、当時も疑われた。だが、遺跡ではなく洞穴が拠点とは報告されなかった。何故だ、どうして洞穴のほうが重要と考えた? 洞穴は手下どもの住処で、奴らの王は遺跡に住んでいるかもしれないぞ? 俺ならそうする」

「……そうかもしれません。ただ、もうひとつ報告事項がございます。帰還のため上空を旋回している時、空気の切り裂くような音を近くで聞きました」

「矢か!」


 ジャミールは強く反応した。空を舞う有翼族を落とせるのは矢だけだ。


「……かもしれません。それが洞穴のほうから向かってきたように感じられました。何か武器を使っているなら、それは男の居場所のはずです。蜘蛛は道具を扱えないという前提ですが」

「拠点についてはそうかもしれない。だが、さっきから矢と断定せず、武器と曖昧に濁しているな。何故だ」

「音が矢とは違う感じが致しました、また矢を視認できておりません。()()()()()()()()()()()()()()()()()

「お前の眼は優れている。……どんな音だ」

「もっと軽く、小さいというか。矢の位置が遠かったかというと、そうでもなく」

「ね、ねえ、それって」


 口を開いたのはリンだった。皆が彼女を見つめる。彼女の表情はやや強張っていた。


「紙を叩くとか爪で弾くとか、もしかしてそんな音だったり、した?」

「はっ、はい。その通りでございます。まさに」

「ソニックブーム……」


 リンの呟くような声に、ルイもハッと息を吸う。リンは重大な懸念を見つけ出した。


「それは、何だい?」ジャミールがリンに問う。もう表示に余裕の笑みは無い。

「もしかしたら、小さな物が音より早く飛ぶ時に起きる空気の破裂音、だったかもしれない。もしそうだったら……相手は銃、えっとルイのライフルのような武器を使ったのかもしれない」


 今度こそ誰もが息を呑んだ。偵察した有翼族もだ。

 ライフルとは、反則的な遠距離から鉄兜を穿つ、驚異的な精度と威力を誇る古代の弓。あるいは神聖法廷が悪魔の武器と認めた、騎士殺しの光を発する魔法の杖。そのように、軍事に詳しい者には認識されている。そして、アマテラス領主だけが使える唯一無二の武器とも。

 

 そのような武器があれば、もう空は安全と言えない。やはりジャミールは偵察に行ってはならなかったし、目の前の男が帰還できたのは当然でなく幸運だったのかもしれない。

 さらに言えば、ソニックブームが生じたとすれば、実弾兵器ということになる。ルイのような光学兵器ではない。光学兵器を作るには、葦原文明の最先端技術が必要だが、実弾兵器は違う。この星の過去の文明水準で十分に開発できるし、実際に出来ていたはずだ。


「一度、ドヤマング砦へ報告に帰る。女王陛下もご到着されているはずだ」


 ヤグラが冷静に告げた。誰も異存はなかった。




 *




「良く分かった。憂慮すべき事態である」


 小柄な岩肌族の女が静かに頷く。声には威厳があった。女は板剣や槍が何本も突き刺さったような意匠の、巨大な鉄塊で造られた椅子に座っていた。それは間違いなく、玉座であった。その傍らには、ヤグラの得物よりも長く幅広い巨大な板剣が立てかけられている。


 彼女の名はサメルサダ。身体強化魔法の達人であり、《殲滅》の別名を誇る岩肌族屈指の戦士ヤグラにして「戦えば十中八九は敗れる」と言わしめる英雄にして女王。

 個人としての武力に優れているのみならず、各国の事情に明るく、農業や狩りなどの食料生産に注目するなど、ジャミールが珍しく「優れた着眼点を持つ」と称賛するほど内政への洞察にも優れる。近年は優れたゴラム蒸留酒の輸出で貿易も強化している。

 判断は早く、行動は苛烈。

 さらに、美食家(岩肌族にしてはだが)にして、実は気さくな人物でもある。もっとも、そんな姿を見せたのは遠くアマテラスへ視察に来た時だけであって、選び抜かれた岩肌族の戦士たちの前では本来の気性を露わにすることはない。

 特に、国難とも言える現状においては。


「奴は()()()()を持つ。我らはどうすべきか、ルイ殿」

「女王陛下」ルイは丁寧に言う、この場において最も優先すべきはゴラム王の威厳だ。「確定情報ではありません。ですが、仰るように憂慮せねばなりません」

「どのようにか」

「かなり遠い場所から攻撃される可能性があります。狙われるのは、特に重要な人物になるはずです。勇敢で最も前に出た戦士、将軍、あるいは女王ご自身」


 低い溜息が岩で組まれた室内に響く。世界の経済を変え続けるアマテラス領主にして、神聖法廷から《偽印の使途》なる大げさ極まりない悪魔名を得ているルイだから、表立って避難されることはない。ただ、女王が狙われるとは刺激的な情報である。


「今まで得た情報がすべてだと断じることは危険ですが」と、ルイは続ける。「例の()が鉄のライフルを使うなら、私の光のライフルより優れている点がひとつあります」

「続けよ」

「狙える距離です。鉄のライフルはとても長い距離……ええと、この城の外から大沼にある農場の、その端で警備する兵士の頭を射抜けるかもしれません。本当に難しい距離で、簡単には行えません。対象が動いているとほぼ不可能です。が、届きはします」


 今度こそ、どよめきが室内に満ちる。ここ、ドヤマング砦は高台の上にある。対してゴラムの食を支える農場は下方、崖下にある沼の周囲にある。作物を運ぶには何日も掛かるが、直線距離は数キロメートルだ。最も近い場所を選べば2~3キロメートルであろう。


 エネルギーが発散する光学式の弾丸では、キロメートル単位を狙うのは難しい。途中で威力が減衰してしまう。遠距離狙撃形態(スナイパーモード)であっても物理法則までは変えられない。

 対して、実弾ライフルの射程は長い。狙撃の最長記録は5キロメートル程度であるらしい。もっとも本当に当てるには、奇跡的な精度を持つ対物ライフルを用意したうえで、惑星の自転が与える影響(コリオリの力)を緯度経度を踏まえて計算し弾道補正しなければならないから、現代的な機器をおそらく持たない蜘蛛にそれができるとは到底思えない。

 だが、可能性は可能性。告げなければならない。


「とはいえ、赤い雨の地の周辺は見晴らしが良いです。相手が見えないなら過度な心配はせずとも良いでしょう。念のため、女王陛下を警護……失礼、補佐される方は大盾をお持ちになると良いかと存じます。また前線の指揮官の方にも」


 物理的な限界と、実際の危険性は異なる。ルイは現実的な対策を伝えた。


「雨の地の奥から狙われたらどうする?」


 背後から岩肌族らしい粗野の男の声が響く。側近のひとりであろう。


「雨は、遠い距離を狙う時には本当に邪魔となります。狙う相手が見難くなりますし、ライフルが発する矢はいくつもの雨粒の抵抗を受け失速します。雨粒ごとき、とお感じになられるかもしれませんが、本当に遠くを狙う時は手元だけでなく相手の近くの風向きまで考えなければ当たらないものです」


 返答は無かった。納得したのだろう。目の前の女王も、足を組み替えて頷いてから言った。


「ルイ殿、アマテラスの方々よ。報告、ご苦労であった。ジャミール王子、バルタンの助力にも深く感謝する。本日の午後、そして明日は状況把握を予定通り続ける。だが、地を進む者は盾を持て。空を行く者は高く飛び入り込みすぎるな」


 そう言うと同時にサメルサダ女王は立ち上がり、巨大な板剣の柄をまるで物干し竿かのように軽々と持って奥へと去っていった。

 一同は頭を下げて見守った。


『向こうから仕掛けてこなければ、戦いは最短で明後日ですか』


 頭を垂れるルイのタマが耳元で呟く。

 双方とも攻め込まなければ、戦いはずっと起こらない。だが、サメルサダ女王は行動の人。睨みあいが長く続くとは到底思えなかった。






 [タマのメモリーノート] ジャミールのこと、前線を好み過ぎる、官僚が大変そうとかルイはどうやら思っている節がありますが、本人がいつも最前線に出ているってことに自覚が無さすぎますね。困ったもんです。領主と周辺が危険な場に出ることが、アマテラスの文化を新進気鋭なものにしているとはいえ。

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