9-8 会議(1)
『現状、最大の問題点は私たち自身が、何をしたいのか分かっていないことです』
砦での夜。皆の前で、タマはいつになく強めの口調で言った。
ここドヤマング砦は、主都ドヤマングの南方にある。神聖法廷の最前線は、首都よりずっと北だ。だから、何故ここに城塞があるのか、ルイはあまり分かっていなかった。西の港町から陸路で首都へ向かうにあたっては、良い中継地点ではあった。ただ、それなら砦である必要はない。街のほうがいい。
ただ、特に違和感は覚えなかった。ルイはなんとなく、以前には何らかの敵が南に居たと推測していた。そのような戦略的な意義を失った施設は、連合帝国や森羅にもいくらだってある。使わなくなった砦にしては、随分とちゃんと整備されているなとは思ったが、戦いについて几帳面な岩肌族の性格によるものだと思っていた。
しかし、今なら分かる。敵は今もいる。ここは真の前線を支え、万が一の時には首都防衛を担う重要拠点なのだ。ただ、敵の存在は岩肌族の恥として隠されていた。だから、平和そうに見えて、設備は整備されていて、人と物資が多く在る。女王もよくここへ来る。
『私たちは砂漠の双子に言われ、急ぎここへ来た。内政は当面のところなんとかなりますから、アマテラスのことはいったん置いておきましょう。そして、ゴラムに重大な問題が起きていることも分かりました。それも良いとして』
死の砂漠にて、ここゴラムの地で第三の王らしき動きあり、と聞いてからルイたちはここへ直行した。アマテラスには立ち寄らなかった。途中、煙の谷の入口にて伝令は頼んでおいたから――官僚たちは「また勝手に」と頭を抱えるかも知れないが――都市運営に当面の支障はでないだろう。ルイが突如として行方不明になった経験から、アマテラス行政は五人がいつ不在になっても仕事が止まらぬよう組織を強化してある。
『そして今、私たちは何を得ようとしているのでしょう? そこが不明確では、判断を誤ります』
「とりあえず、《弱者の王》ってのに会う……ってのは一応あるよね」と、リンが探るように言う。
確かにそうだが、答えになっていない。それは彼女も分かっているだろう。会話を、思考を前へ進めるための言葉だ。
『ですね。ですが、会って私たちはどうするのでしょうか。そもそも会うべきなのでしょうか』
「会わないと、お互いが分からない。というのはありますが……」と、今度はサクヤ。
これもその通り。外交において意図の不明確な相手とは、まず話すのが当然。常識的な線だ。
しかし、それは国や都市同士での話。国際政治あるいは都市間外交ならば、双方に国益というものがあってどちらも最大化を目指す。そのために議論を重ねて、共通の利益を見出す。そういう前提があるから、お互いを知ることには意味がある。
だが、今の相手はどうだ。言葉を発さず、長年に渡って岩肌族を喰らってきた知性なき蜘蛛の集団だ。
「会って、何を話そうってんだよ。一緒に岩肌族の丸焼きでも喰おうってか?」
『レネー! そう、そこです!』
ヤグラの目の前で放たれる不謹慎極まりない冗談――ヤグラは気にもしないが――、そこにタマが食らいつく。
『虫はともかく、あの例の男には知性があると想定しましょう。銃を撃ってきたのでしたら、かなり見込みがあります。未確認の事ばかりですが、そうだといったん仮定しましょう。ならば、会話は有効のはずです。ですが、得たい成果をまず決めなくてはいけません。それが私たちには無いのです』
話す前にオチを決めろ。これは最近タマがよく言うようになってきたことだ。
アマテラス政府が大きくなるにつれ、仕事は指数関数的に増加していった。法律に税制、医療と福祉、公共事業、外交、官民の役割分担……種類を数え上げるだけでも困難だ。しかも、それぞれが高度である上に、ほとんど相互に関係しあっているから調整が欠かせない。
そうなると組織はどうなるか。決まっている。会議、会議、会議の後の会議、また会議。報告、調整、擦り合わせ。そういうモノで一日の大半が埋め尽くされるようになる。話される内容はどれも複雑で多岐に渡るから、話があちこちに飛んで何のために会議をしているのか途中で見失うことも少なくない。
――会議とは、知的な製造工程です。着手する前に、製品を想定すべし。そう周知してください。
行政府内における爆発的な会議室の増殖を見たタマは、こう言った。
曰く、刀鍛冶が居たとしましょう。まず何を考えますか? 決まっています、どんな刀を作りたいかです。服飾の職人が居たとしましょう。もちろん最初に考えるのは、どんな服を作るかです。情報技師が居たとしましょう。もちろん、アプリケーションの用途や仕様から考え始めます。
なのに、どういう訳か会議だけは何を生み出したいのか、その製品を予め考えない。良いですか、会議も作業のひとつと考えてください。作業に臨むからには、まず製品を考えなくてはいけない。
会議における製品とは何でしょうか。意思決定、それは確かにあります。ですが、それが全てではありません。共通認識の確立が目的であるのなら、どのような共通認識を作りあげるのか会議前に決めて臨むべきです。今後の動きを決めたいなら、会議が終わった時に誰がどんな宿題を持っているべきかを会議前に決めておくべきです。
もちろん、予定通りに行かないこともあります。でもそれは、鍛冶や裁縫、設計とて同じこと。会議だけ例外などということはありません。
「最近よくタマちゃんにそれ言われるね……。うーん、まずは相手の希望は分からない、あたしたちが欲しい事も分からない、だね」とリン。
「相手の欲しいこと、その手がかりなら分かるんじゃないでしょうか」とサクヤも思案しながら話す。「機械の巨獣、虹蛇でしたっけ。それが世界中の機械を壊そうするのを彼は望まなかったんですよね?」
確かにその通りだった。あの時、ルイの脳裏には突如「虹蛇への自爆指令」という感覚――そう感覚だ、言語ではなかった――が浮かんだ。どちらの王が提案したのかは分からない。それは今の所どうでもいい、提案しなかったとしても即座に賛成したのだから。《弱き者の王》が地上からの機械の一掃を望まなかったことは確かだ。
「だけどよー、機械が壊れたって、あいつら何も困らねえぜ? 蜘蛛どもには元々関係ねえし、実弾銃も電磁波じゃ壊れねえ。奴はただの大飯喰らいで、王じゃない。こっちのほうが分かりやすくねえか?」とレネー。
沈黙が部屋を包み込む。確かに、レネーの指摘は強い説得力を持っていた。ある謎を説明するのに仮定は少ないほうがいい。人皮蜘蛛の親玉が、エーテルリングの王だという証拠は何もないのだ。ただ、あの双子の話が正しいとしても、もっと単純な理由があるのかもしれない。
「あの男は王だ。おそらく」
誰もがヤグラの顔を見る。ヤグラは壁に背を付け、静かに目を閉じていた。
「……長年の敵だから特別視している、っていう訳じゃねえよな?」とレネー。
「ずっと……ずっとだ。長く……疑問に思ってきた」
目を閉じたまま、重く静かで、それでいてどこか浮遊したような声をヤグラが紡ぐ。今まで無かったことだ。
「奴ら……奴らは、いつも我らと同等の戦力で迎え撃つ。だが何故、それが出来る? 隊の人数を偽装する取り組みは何度となくやったが無駄だった。眼の良い監視向きの個体がいるというのが常識になっているが、見つかったことなどない。前線で出てくる蜘蛛どもの視力がたいして良くないことは長年の研究で分かっている。……そもそも、何故あの地であれだけの数が存在できる? あの雨が赤いのは錆びた金属を含むからだ。あの地で植物は育たぬ。時折、迷い込んだ動物が喰われているが、戦士たちが出来るだけ阻止している。奴らは何を食べている? 金属か? それも違う、奴らは武具を喰わない」
ヤグラはゆっくりと、探るように言葉を紡ぐ。誰もが言葉を失う。このようなヤグラは誰も見たことが無かった。ヤグラはいつも話す前に全て思考を終えているというのに。
「奴らは……非合理的だ。生物として成り立っていない。だが……だが、もし何か古代の技術が今も根幹を成しているとしたらどうか。虹蛇の破壊には賛同する。その動機がある」
『興味深い推論ですね……。機械文明を守ることで彼らは今の生活を守れる、そう考えている』とタマ。
「けどよ。でっかい蛇が空を飛んでいたら、ぶっ壊したくなるのが普通だろ。単に死にたくねえってだけじゃねえか?」とレネー。
その通りだ。すべての生物の根源的な目標は、種の維持と反映だ。誰だって死にたくないから、危なそうな存在は排除したいと考える。ただ、本能だけで動いているらしい種族の根幹に、機械を殺す電磁波が関係しているというのは興味深い仮説だ。
「もうひとつある。我の勘に過ぎないが、虫には我らへの敵意など無い。そう感じるのだ」
誰もが息を呑んだ。虫を憎んでやまない岩肌族の言葉とは思えなかったからだ。
「ほ、本当ですか?」とサクヤ。「岩肌族は長年――」
ヤグラは遮るように続ける。
「どのような生物も、敵の前では小さくなる。狼は地に這うよう構え唸る。血蜘蛛も、身を低くする。人も腰と膝を屈める。当然だ。戦うなら、素早く動かねばならん。地を蹴る体勢を自然と選ぶ。棒立ちでは俊敏さを失う。だが、あれは大きくなる。脚を伸ばし、両腕を空に掲げる。我には歓迎の意のように見える」
『……体を大きく見せて威嚇しているのでは? そういう生物は多く存在します』
「威嚇は、戦いを避けるために行う。あれが逃げたことは一度もない。体を大きく見せた後、すぐに駆け寄ってくる。逃げてもどこまでも追ってくる」
「敵意がないのに、襲って食べるってか?」
レネーの言葉に、ヤグラはやや沈黙し、それから「勘だ」と言った。
皆、押し黙った。いつも端的で理路整然としたヤグラらしからぬ話だったが、ヤグラは本物の戦士。その勘を無視することなど誰も出来ない。
静寂のまま数秒が経過してから、タマがパチンと手を叩き言う。
『いったん、この話はここまでにしましょう。あの虫は生きたい。存続のためには何らかの機械が必要。そして、しつこく襲って来るけど敵意はないかもしれない。だから、どういう生態なのか知る必要がある。方法は後で考えましょう。ならば――』
ルイにはタマが次に何を言うのか、察しがついていた。我々は生物学者ではない。人皮蜘蛛の生態を知ることは、手段として必要ということはありえても目的にはならない。
『次に行きましょう。私たちの目的は何か、何を得たいのか、です』





