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9-6 再びゴラムの地へ(1)

挿絵(By みてみん)

 ルイが一歩、ゆっくりと片足で大地を踏むと、足元から軽く小さな衣擦れのような音がした。

 音といっても非常に小さく、そう言って良いのか分からないほど。無意識にだけ鳴る音()()の感覚と言ったほうがいいかもしれない。


 続けて、カラカラと鳴る。こちらは間違いなく音だ。小さいが非常にはっきりとした、身が詰まった音だ。

 硬く響きがしっかりとある音だった。響きがあるということは、倍音(ばいおん)があるということ。単一の周波数ではなく、それより周波数の短い音――高い音――も同時に鳴った。

 枯れた木片や自然な石ではこうは鳴らない。倍音を鳴らすのは普通、そうなるように注意深く設計された楽器か、あるいは金属ぐらいだ。


 眼前に広がるは、ただただ荒野。

 足元にはまだ僅かながら雑草があるが、これより先はほとんどない。代わりに、先ほどのように金属片ならたくさんある。といっても、そのすべては錆びきっていて石や土と同じ色をしているから、偶然蹴って転がしてみないと判別はつかない。


 遥かなる過去、ここら一帯は都市であったのかもしれない。もしかしたら鋼鉄のビル群が並び立っていたのかもしれない。だが、すべては完全に風化しており、そのような面影はもうどこを見渡しても見つけることができない。今は、ただ農業にほとんど適さない不毛の大地でしかない。


 ともあれ、出来るだけ急がなくてはならない。アマテラスに戻る余裕は無かった。

 リンもバイクのアクセルを鳴らす。他の仲間はもうバギーに乗っている、ルイもバギーに乗り込んだ。



 *



 ルイたちは、岩肌族ゴラムの地を臨む丘に辿り着いていた。

 初めてゴラムに来たときは森羅からの海路であったが、今回は陸路だ。


 遠くを見ると、紅くなり始めた西日の下に斜面の険しい高地があり、ここから見れば小さな城塞が建っている。戦士ヤグラの故郷にして、巨大な板剣を得物とする女王サメルサダが治める地だ。

 戦いおける強者を何よりも尊び、弱者を軽蔑する戦士の文化の大地。

 軽蔑というのは少し控えめに過ぎる表現かもしれない。ここでは弱い、戦う力が無いということは、道徳がないというのにほとんど等しい。弱い(オス)は、どれだけ生活が惨めで苦しくとも「弱いから仕方ない」と言われるのみ。出産適齢期の(メス)からも当然ながら相手にされないから、遺伝子を紡ぐ機会は得られない。


 岩肌族における戦士の文化というのは徹底している。弱いと相手にされないというのは、男に限った話ではない。女も当然の如く強くあらねばならない。

 長身族――いわゆるルイのような肌が柔らかく耳の尖っていない人族――だと筋力や瞬発力、要するに戦場での力においては概ね(オス)のほうが優れて、雄は雌を守る義務感のようなものを生まれながらに備えていることも多い。概ねというのは、平均や分散などから見える傾向という意味であるから、もちろん男より強い女は多数存在する。ただ、集団としてみれば珍しい存在であり、軍隊のような組織だと前線で頼りになる女は例外的だ。

 長身族のみで構成される葦原社会――ここ高天原に来てみなければ決して出てこない表現――においても同様だ。黒岩リンは水上ルイより強いが、それは筋力や体力を先端技術で補えるという前提があるからであって、電子兵装抜きなら体力はルイが勝る。(ルイは随分と鍛えてきた)

 それでも戦えばリンが勝つだろうが、それはリンが幼少の頃から武術を磨いてきた例外だからであるに過ぎない。基本、長身族においては男のほうが強く、それが社会の前提となっている。


 だが、岩肌族は違う。岩肌族の女は、男に負けず劣らず強い。筋力、体力、そのどちらも劣らない。ヤグラ曰く、厳密に言えば男のほうが少しだけ強いらしい。ただそれは、出産機能を持たぬ男のほうが瞬発力において()()優勢という程度であって、持久力は女のほうが優勢だから、戦い方次第でどうにでもなるらしい。さらに、魔力で身体を強化するから、僅かな肉体差など無視できる。そういうわけで、岩肌族においては女だから弱いなどとは決して言えない。

 実際、サメルサダ女王は小柄ながらヤグラよりもずっと強いようだ。強さに対して誰よりも誇りを持つヤグラ自身がそう言うのであるから、謙遜や世辞などでは決してないはずだ。


 ちなみに、岩肌族の女も()()()()()()()らしい。弱い女と番になってしまえば生まれる子が弱くなりがちだから、であるらしい。岩肌族において弱い女というのは、見るに堪えないほどの醜女(しこめ)そのもの。

 華奢な美人など存在しない。か細い美男(イケメン)も存在しない。美醜と強弱が完全に同一なのだ。


 さらに岩肌族の社会論へと脱線すると、実のところ岩肌族は一夫多妻制だったりする。しかしながら、男女は完全に対等で、複数の妻を持つ夫は非常に少ないという。戦いで夫を亡くした妻が、夫が認めた戦友に嫁ぐ。そういうことが時折あるぐらいだという。

 これは、最初のところ葦原出身組(ルイ、リン、そしてタマ)には難解だった。生物学的にいえば雄には多数の雌と交尾して子孫を大量生産する動機がある。例え繁殖相手が劣った雌ばかりで、結果として弱い子供ばかりが生まれたとしても、数さえ多ければ未来に自らの遺伝子を紡げる可能性は高まる。確率が支配する生存競争において数は正義である。


『弱い個体が種族全体の足を引っ張るとか、あるいは基準以下で弱いと絶対生き残れないとか? そんな状況ってあるんですかね?』


 以前、タマはそう言った。思想より現実――要するに動くかどうか――を重視するリンも同じ疑問を口にした。ヤグラから明瞭な回答は無かった。弱い女とは子を成す気にはならない、「そういうものだ」ということだった。

 無駄話を嫌う戦士ヤグラの語り口は終始、一般論だった。女性に対する個人的な好みを話すことは決してなかった。とにかく、弱いと男女どちらも異性の関心を得られない。弱い男と弱い女が集まっても、子は生まれない。強い子を成さねば意味が無い。そういう感覚であるらしい。

 そして、弱い岩肌族は、眼前に広がる荒野において例外的に植栽を持つ大沼――北にある神聖法廷の地から続く河川の行き着く所――近くの森の中にある農地へと男女問わず送られ、伴侶なく子なく死んでいくという。子を作るよりも、収穫を増やすことに生きる喜びを見出すという。


 以前、この話をしていた時、リンは珍しくヤグラに論争を仕掛けた。

 一騎当千の(つわもの)、そういう者ばかりが重要なんじゃない。集団戦で勝敗を左右するのは何より物流、それと生産能力。いくら強くても腹が減ったら戦えない、弱くても優れた武器があれば勝てる。たくさん作れて運べる集団は強い、少なくとも負けない。()()とは、重たい板剣を振り回すばかりではないはず。計算、調整、発明。こういう力に長けた人を登用しないといけないんじゃないか。


 これに対するヤグラの返答は珍しく曖昧であった。曰く、言いたいことは分かるが、戦いにおいては士気が大事。どんなに戦略的に優勢でも、恐怖に駆られた弱者が逃げ出すことで全体が崩れかねない。弱い者は時に邪魔になると。

 リンは不承不承、納得したようだった。リンは個人としては強いが、生死の掛かった本物の会戦の経験はない。葦原の誰にもない。唯一の例外は、森羅と神聖法廷の会戦に参加したルイだが、そのルイも「それはそうかも」と口にした。自分の命が危うい戦闘においては「恐怖に駆られて逃げ出さない」ことだけも凄いことだと良く分かる。兵士が逃げずに戦う軍は本当に強い。

 このことはアマテラスでも大事にしていて、死んだ兵士は十分な敬意と経済援助が得られる。逃げた者には不名誉と罰が待っている。


 だけど、とルイは思った。それでも何かがおかしい、どこか理屈に合わないと。

 しかし、その疑問をヤグラに言う機会は無かった。ヤグラに先手を打たれたからだ。ヤグラは言った。「お前がリンやサクヤを憎からず想っているのは、二人が強いからであろう。リンとサクヤも、お前が生き延びる力を見て同じ想いになっている。なにが違う?」と。


 まさかまさかの、ヤグラによる恋愛話(コイバナ)であった。かなり、ある種の、だが。

 ルイはすぐに否定しようとして……否定できなかった。もし、リンやサクヤが全く頼りにならない戦力だったら、今ほど魅力的に思っていたか。きっと違う。二人が戦ってきた姿は、美しく瞳の奥に焼き付いている。ってあれ、魅力的に思っている……? 二人は大事な仲間で、新都市アマテラスの共同運営者で……いや、二人は魅力的だ。それは分かっている、ずっと前から。それはそれとして、仮に二人が戦えなくなっても大事に想う気持ちは一切変わらない。これもまた間違いない。だから、強いから好きなのではない。ただそう二人の前で宣言してしまうと、それはそれで……。えっと。


 混乱したルイは、曖昧に返事をした。それで即席の岩肌族文化論は終わりになった。

 死の砂漠に向かう数カ月前、アマテラスでの事だった。

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