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9-5 滅びの遺伝子(1)

『今、大破壊が()()……そう言いましたか?』

「「イエス(Yes)。二度目はこの星で。一度目は人類の故郷、()()で」」

 

 ルイとタマの瞳が大きく開き、双子のカストディアンの冷めた視線に釘付けとなる。部屋は完全な静寂だが、背後のリンの胸中もルイと同じく大きく揺れ動いているはずだ。


「「二度、と言ったが、定義を変えれば数え切れないほどあった。人は敵を滅ぼすことを実に好む、いつも平和を愛すると口にしながらも。実際に、歴史において人類は何度も絶滅戦争、すなわち虐殺や社会の破壊を通じた他集団の根絶を試みてきた。しかし、技術が足りなかった。剣や槍、ライフル、あるいは核兵器など低水準の兵器では敵勢力を殺し尽くすことはできなかったし、人類が滅亡を心配するのほどの傷を負うこともなかった」」


 ルイとタマの、関心を押さえきれぬ視線に双子は僅かに気がついた仕草をするも、態度を変えることなく静かに話を紡ぐ。


「「地球規模の大戦が生じても、死者はせいぜい当事国の3%に留まった。どれだけ戦争が起きても人口は増え続けた。しかし、人が月や近くの惑星にも移り住むようになると様変わりした。本格的に宇宙空間へと進出した人類は、優れた技術で他の星に住む人類を容赦なく攻撃した。地球時代の末期に惑星間大戦が生じ人類の63%が死滅したとの記録がある。同時に――大戦との関連性は不明だが――地球そのものも過酷な環境に変化した。そうして人類の90%が死滅したとされる」」

『もしかして……』

「「イエス(Yes)。これが、播種(はしゅ)計画の始まりだ。人の生存範囲を太陽系だけに留めず、星々の海へ広げようとの動きが始まった。ところで、ルイ閣下」」


 双子の瞳に、真剣さと僅かながら濃い青い光が忍び込む。


「「()()()()()()()()()()()。当時、流行した言葉だが――」」


 双子がルイを直視する。気圧されるというより吸い込まれそうな引力がある。


「「理解しているか、意味を?」」

「人類が地球だけに住むのは……危険。例えば酷い災害があったら滅亡してしまう、から」

「「イエス(Yes)。その災害には天災だけが想定されており、人災が含まれていないことは?」

「……考えたことは、無かった」


 ふぅーっと双子が長く同時に息を吐く。呼吸する必要はないはずだが、感情を伝える機能として持ち続けているのだろう。


「「そこだ。人類は地球や太陽系という、たったひとつの籠の中に居るべきではない。何かあったら()()()()()が割れてしまう。しかし、分散していれば、どこかの人類は行き残る。そんな意思が熱狂的な支持を集めた。――そうだ、およそ論理的ではない。災害の最たるものとして隕石の衝突が挙げられていたが、宇宙進出した人類であれば隕石の軌道を変える技術も獲得していたはずだ」」

『隕石は例のひとつにしか過ぎず、気候変動、地軸転換による地場消失、疫病の蔓延なども――』

「「確かに。だが、人災を無視する理由にはならない」」


 タマは双子の反論に、冷静な沈黙で返答する。論破されることを承知のうえで補足したのだろう。

 双子が同時に顔を僅かに上げて中空に視線を泳がせる。


「「それは、現実からの逃避であったのだろう。人類同士で破滅的に殺し合った後の世界で、夢中になれる希望を見出したかったのだろう。ともあれ地球時代の末期、人類は星系外への移住へと突き進んだ、あらゆる資源(リソース)を注ぎ込んで。そして、貴重な若者のうち、未来に遺伝子を紡ぐべきとされ、()つ優れた頭脳と狂気的な挑戦の意思を持った者だけが播種船に乗った。タマ、シェリー。君らのように」」


 ルイは体の震えを抑え込んだが、立体映像のタマは即座に反応した。


『わたしが地球時代の人類……その人格の模写であると?』

「「知らなかったか? 《破滅の女神》とは、地球時代の亡霊。そう呼ばれていたと伝わっているが」」


 タマが押し黙る。ルイも覚えている。


 ――ちっ! 地球時代の亡霊どもか! まあ、だが今は役に立ったわけか。


 永遠都市エリュシオンで見た遠い過去の映像にて、逃げ出した隠者派のひとりはそう吐き捨てた。人より優れた記憶装置を持つタマが覚えていないはずがない。

 

「「私達が独自に持つ記録からも、そう推定できる。永遠の姉妹、人類史の証人、太古の生霊(レイス)。概ね、君とシェリーの呼び名はそのようなものばかりだ。話を戻そう」」


 そう言って双子は、ルイの瞳に視線を合わせた。


「「その後、人類は星間移住に成功した。大いなる繁栄を築き……そして、再び大破壊を引き起こした。技術がより発展していた為、最初よりずっと酷いことになった。第三惑星《高天原》と、第二惑星《白銀》の両方の文明が壊滅した。傷跡は深く、今も全く傷は癒えていない。その時から私達は考え続けてきた。三度目の大破壊は起きるのか、今度こそ人類は滅ぶのか?」」


 即答できぬ問い、沈黙が場を支配する。

 双子は元より返答など期待していないとばかりに、灰色の瞳に濃い青の光を(たた)えながら続ける。


「「閣下の故郷は、なんという名か」」

「……葦原」

「「葦原の文明は、第一、そして第二の大破壊の記憶を残しているか」」

「……少なくとも、ほとんどの人は知らない。入植以前の歴史は不明ということになっている」

「「なるほど。では、葦原文明に戦争はあるか」」

「ない。住める環境を作るのに精一杯だった」

「「それは結構」」


 双子の視線が、今度はバラバラに動く。少女はルイの手元を見て、少年は背後のリンを見た。


「「だが、争いを忘れてはいない。むしろ、常に戦争を意識している社会に見える。後ろの女、その警戒する仕草、体重移動の所作。閣下の洗練された大型ライフル。どれも一朝一夕で生み出せるものではあるまい。加えて趣味性の高い電子兵装の数々――。ただ戦争に備えるのみならず、愉しみとして戦闘を生活の中へ溶け込ませている。そうではないか?」」

「――間違ってはいない」

 

 双子の観察眼の鋭さに、ルイはなんとか声を絞り出す。


 ()()()()()()()()()()()

 

 葦原文明の根底には、誰も見たことが無く存在すら疑われる異星系文明への恐怖がある。

 そうであるから、社会保障を最小限に抑えつつ軍事にかなりの予算を注ぎ込んでいる。

 すべての学校で総合戦闘術が必修科目になっている。

 人気の娯楽として仮想戦闘の大会が定期的に開かれ、リンのように副収入として成り立つほどファンからの投げ銭を得ている者もいる。


 その根幹には、大破壊が深く関わっている。謎の異星系文明とはすなわち、真実を知り復讐に駆られた高天原のこと。

 葦原文明は、移住前の記憶をすべて消し去ったが、大破壊の恐怖だけは残した。むしろ文明の根幹とした。


「「ならば、答えは明らかであろう。再び、大破壊は起きる。次か、その次で人類は種として自殺するのではないか」」


 双子の瞳に今度は濃い汚泥のようなものが浮かぶ。今や視線は下に向いており、口から発せられる主張は力強いというよりも、諦めの吐露に近い。


「「人類の住まう地が、ここ高天原だけであったら。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()この星だけであれば、大きな心配は不要であったのが」」

『抑圧ではなく、保護と言いますか』

「「そうだ。人類を滅ぼす可能性のうち、最も危険なものは人類そのものである。二度目の大破壊の後、僅かに残ったカストディアンと人類は、()()()()()()の発達を回避することで合意したのだ。以来、この星の暮らしは未だ困難に満ち溢れているが、滅亡の可能性もまた低い。だが、閣下がこの砂漠へ降りてきた日から、そうは言っていられなくなった。そして今や仮説は確信へと変わりつつある」」


 双子の視線に宿る鋭さが急速に高まっていく。


「「閣下の考えを聞きたい。葦原の文明が、高天原を発見したら何が起きるか?」」


 ルイは答えなかった。ただ、直感では、葦原は高天原をある種の封印状態にするのではないかと思った。

 葦原の大衆には高天原の存在を明かさず、高天原にも葦原の存在を示さない。エーテルリングによる技術発展の阻害をそのままとして、高天原を決して星系間文明にしない。低次元な文明水準のまま、ずっと留め置くのではないか。

 もし、これが不可能だった場合……葦原は高天原を滅ぼすだろう。


 理想は、手と手を取り合って復興に向けて歩むことであるが、流石にそれは――極めて残念なことに――無理があるように思われた。高天原は復興の過程で歴史の真実を知る。誰がこんな世界にしたのか理解する。

 行いとしては立派であるが、必ず憎悪を生むことになる。


「「私達の予想は、葦原は高天原を素早く滅ぼす。人は辛い記憶を背負い続けるには弱すぎる。だから、葦原が援助するシナリオは最も有り得ない。長期に渡って罪を直視する行為に耐えられないだろう。高天原を今のように無害なままにして置くことすら、難しいだろう。さっさと滅亡させて、再び何もかも忘れてしまう道を選ぶのではないか?」」


 ルイは黙って聞くに留めた。顔の神経が不快感で歪むけれど、 そんな酷いことはしないと叫びたかったが、何も言わなかった。言えなかった。

 実際に、大破壊の記憶は失われているのだ。1回目も、2回目も。高天原でも、葦原でも。

 覚えているのはカストディアンばかりだ。大陸中央の隠れ里ネストロフの集団、それに永遠都市エリュシオンの道化少年。


「「おそらく、高天原の滅亡が3回目の大破壊として記憶されるのであろう。そして、三度(みたび)も起きたことは、また起こるものだ。いつの日か4回目も起きる。それが、葦原の滅亡でないことを祈るばかりだ」」


 双子の言葉は、空虚な戯言として無機質な空間に響く。だが、ルイは心の中で有り得るとも感じてしまっていた。


 葦原にとって異星系文明は脅威の代名詞だ。葦原を滅ぼす存在だ。日常で意識することは皆無だが、いざ目の前に現れたら果たしてどうなるか。

 ルイには反応が予想できない。おそらく葦原の為政者もできない。

 そして、小さいながら都市の統治者であるルイは知っている。予想できないことが、統治者にとってどんなに恐ろしいことなのかを。

 

 だから、葦原が秘密裏に高天原を滅ぼすことを否定しきれないし、滅ぼした後でより大きな恐怖に捉われるのも分かる。


 簡単に同胞を滅ぼす怪物(ひと)が、まさに存在するのだ。宇宙は広い。他のところにも、()()()()()()()()()()が住んでいるかもしれない。


 いや、実のところ案外近くにいるのではないか? 人類は色々なところに播種したのだから……。


『実に興味深い話が続きますが――』


 タマが少し強い語調で差し込んでくる。


『そろそろ、この話がどこに着地するのか教えて頂けませんか? わたしたちの疑問は最初に質問しようとしたように、何故ここへ招待したのか、です。わたしたちにどんな用事があるのでしょうか?』

「「確かに、本題へと入っても良かろう。既に必要な文脈(コンテクスト)は伝えた」」


 双子は瞳の中にだけ、僅かに示していたように見える感情を消し、姿勢を直してルイへと向き合った。


「「我々の希望を申し上げる。人の王たるルイ閣下には、第三の王に会って頂きたい」」

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