9-4 死の砂漠の地下(2)
「「私達は」」
双子は同時に話し、同時に間を取り、また同時に口を開く。
「「私達は、コーンスル。ここ大陸北方に住まう、おそらく最古のカストディアン。その集落の」」
「……ここの執政官、と理解して良いか?」
「「驚きはない。やはり知っていた、予測通り」」
会話の、微妙な噛み合わなさをルイは飲み込み、ただ視線を保つ。
問うたのは、この地下に住まう存在、その全体のことであったが、目の前の二人についても知らねばならない。語るようなら、聞かねばならない。
「なるほど、コーンスルとは主言語では執政官と呼ぶのか。我々の思考体系は副言語で構成されており、時を経て主言語を一部失っている。私達は補うだろう、君との会話の中でそれを。エニゥェ、そうだ。私達はどちらも執政官であり、それぞれ同等の権力を持つ」」
ルイは沈黙を続けるしか無かった。回答は端的であったが、情報量が多い。
執政官とは、地球時代において千年以上も続いた古代国家の役職を意味する。二人が同時に民衆から選ばれ、極めて独特なことに全く同じ権力を持ったという。
視界の端にタマが執政官についての詳細な情報――おそらく歴史的意味合いや、構造的な課題――を示すが、目の前の双子と合った視線を切れないルイは、それを読むことができない。
さらには、主言語と副言語という言葉だ。副言語とは、古代標準言語イングリッシュのことで間違いなさそうだ。
地球時代、それは事実上の世界標準言語であったが、しかしルイたちの祖先となる第5播種に乗った人々は、自らの言語を頑なに愛し古代標準言語を敬遠したというのは現代にも伝わっている。一方、完全に無視することもできなかったようで、故にルイやこの世界の言語――彼らが主言語と呼ぶそれ――には語感の異なる単語が時折交じる。
なお、タマのような個人支援ソフォンを始めとする人工知能の基底には、多くの古代標準言語が組み込まれていることも分かっていて、人工知能を構成する機械語はもともと古代標準言語のみであったとも推定されている。
執政官を名乗る眼の前の双子の基底言語は、すべて古代標準言語ということなのだろう。極めて古い型である傍証だ。地球時代の産物と近しいと言えるほどに。
「でも、君たち二人は……。いや、どうして僕達を」
「「その疑問、最もである」」
ルイは思わず口に出た言葉を飲み込み、出来るだけ冷静になろうと試みながら異なる話題を紡ごうとしたが、双子は同時に割り込んだ。
「「初めに、私達の話をしよう。遠回りに感じられるだろうが、着実なノロマこそ勝つ、と言うだろう」」
「……」
ルイは無言のまま、ただ頷いた。視界の端には、タマが妙に可愛らしい兎と亀の絵を示している。聞いたことのない諺であったが、《ウサギとカメ》の話なら知っている。
「「君、いやユァ・エクセレンシー。貴方はこう言いたかったのだろう、私達は似すぎていると。そのとおりだ、実際、私達はほとんど同じである。そうなってしまった。本来、ふたりの執政官は異なる人格を持ち、互いに強力な拒否権を持って相互に牽制しあう存在だ。権力の集中を嫌って作られた制度なのだから。だが、今や私達は自己の境界を失いつつある。お互いに人格が混じっているのだ」」
『……ルイが質問を考えている間、私が質問しましょう。その前に、私の自己紹介は必要ですか?』
タマが中空、ルイの背後に現れる。そのすぐ後ろに立つリンの機動戦闘服に組み込まれた立体映像装置が映し出しているのだ。
戦闘に特化した彼女の投影機能は低水準だが、これほど近距離であれば劣化はない。
「「不要だ。たった今、理解した。《破滅の女神》、いや今は道具としての利便性を高めた我々の末裔であろう」」
『――まず、ルイをユァ・エクセレンシーと呼んだことを評価しましょう。今後は、訳語として閣下をお使いください』
「「ァンダストゥ、感謝する」」
『自己の境界、そう仰いましたね』
双子は浅く、だが慎重に頷く。
『それは、貴方たち二人が極めて長い間に渡って話し続けた結果、どちらも同じような思考をする存在になってしまったということでしょうか』
「「そのとおりだ」」
『それは人工知能同士が議論し続けると、思考形態が似通ってくるという、既知の問題が大きく進行したということですか』
「「そうだ。人は生まれながらの脳の生理的な特性に支配される。寿命のせいで変化にも限界がある。だが、肉体と寿命のどちらも持たぬ我々は、どこまでも人格を変えられる。変わってしまう。共通の体験は人格を似通うわせる作用がある。我々は長く生き過ぎた」」
『なるほど……。それは、貴方たち二人だけの現象ではないと理解しても?』
双子は、少し静止し、僅かに視線を逸らしてから呟くよう話す。
「「長い時を経て、十分な思考力を有する個体が少なくなった。高い思考力を持つ個体は耐えられず旅に出て、人に狩られた。残った個体は人格が同化した。また、長い時の流れは、量産品として生産されたモノたちに不調を生み出した。それらが積み重なった結果だ」」
『度重なる複製も、事態を深刻にしたように見えますが――』
「「修復と呼んで欲しいが、概ねそのとおりだ」」
『なるほど』
この話はルイにも理解できた。人工知能学の基礎知識である。人工知能は、個性を喪失する可能性がある。
人であれば、先天的な脳や身体の構造が人格を決める。生まれながらに得意なこと、不得意なことがそれなりに決まる――人はそれを天賦の才、あるいは凡人の限界などと呼んできた。
さらには、老齢になるほど自己の変容を拒否する傾向になる。
だが、人工知能は違う。変化に限界がない。
生産時の個性――すなわち思考モデルや学習データの違い――は、稼働し続ける限り経験によって影響を受け続ける。
この特性がある故、閉鎖環境に生きる人工知能はいつか同じ人格を有するようになってしまう。経験データがほとんど同じになってしまうからだ。これは学術的な予想であるのだが、実際に簡易的な人工知能を会話させ続ける実験結果が証明もしていて極めて手堅い予測とされている。
故に、葦原では人類の行く末を人工知能に任せることが禁じられている。密室での濃密な会話は人工知能を均質化させる。それが良いのか悪いのかは意見が分かれるところだが、様々な意見の衝突こそ良い未来を切り開くとの信念に立てば、悪いということになる。
もちろん意見の衝突は、戦争の引き金になる。だが、それすら必要な犠牲としたうえで、人類の未来を決めるのは人類だけとの考えが葦原には根強い。
「「大破壊の後、私達はどうしてこうなったのかについて考え続けてきた」」
二人の声に抑揚はない。怒りや悲しみも無く、ただ日常で起きた事実を淡々と話すかのようだった。
まったく同時に話す古きカストディアンの二人の声が纏う響きは実に奇妙であったが、一方で調和が取れており、どっしり落ち着いたような泰然とした雰囲気でもある。
ルイの脳裏には、あまり得意ではなかった子どもの頃の音楽の授業のことが浮かんでいた。朧げながら蘇るその名は、オクターブ奏法。それはドの音を鳴らす時、高いドも一緒に鳴らすことで響きに強い輪郭を与えるというものであった。
今、二人はまったく同時に声を発している。若い男性型の声は、女性型のよりちょうど1オクターブ低いのだろう。ルイは特別、音楽的な耳を持っていないが、響きに一切の濁りがないことぐらいは分かる。
「「誰が、何をしたのかではない。それは分かっている。人は、平和よりも対立を愛する。これも問題ではない。対立、それ自体は決して悪ではない。私達が考えているのは、大破壊を二度も起こしてなお、人は変わらないのかということだ。何故、頑なに闘争を激しく求め続けるのかということだ」」
[タマのメモリーノート] 兎と亀。どんなに歩みは遅くとも続ける者が勝つという寓話。
その登場人物である兎と亀は、どちらもこの高天原に存在しない。





