七話 助っ人ハモ、召喚
──206号室。
「未使用の大型アクアリウムタンク──皆瀬さんのために造られたかのように、サイズがぴったりですね」
「ええ、本当。はまりすぎて、売り場の観賞魚になった気分……」
バスタブほどの水槽に収まる薆を、架場は引きで眺めている。
「でも。生物学者とはいえ、自宅にこの大きさの水槽があるなんて。何か、飼われる予定だったんですか?」
「ああ、マダコの行動観察にでも使おうかと。今期は論文の作成でそれどころではなかったので。ちょうど、空きがあって良かった」
淡々と答えた架場は、アクアリウムを運んできた荷台を折り畳む。
薆は水槽から飛び出した尾鰭を揺らすと、指で水槽の縁をなぞる。
「タコ……タコが入る予定だった水槽に、私は入っているんですね。なんか複雑」
「何を言うんですか。タコと人魚なら断然、人魚を取るでしょう。だって、人魚ですよ?」
目を輝かせる、架場──タコのことなど、もう頭にはない様子。
ああ──薬屋Oceanで飼い慣らされていた、あの子たちも毎日、こんな気持ちを味わっているのだろうか。
遠慮なしにじっと見つめてくる架場に、薆は愛想笑いを浮かべると気まずいのを誤魔化した。
「いや……アハハ、そうでしたね。今、私は人魚なんでした」
「そうですよ。人間に戻るその日まで、皆瀬さんは私の研究に付き合う約束ですから」
何故、この男はこんなにも飄々としているのか。薆は、つい出そうになった舌打ちを我慢した。
──見目麗しいという理由ひとつで、身勝手な人間に飼育される生物の気持ちが今、分かったような気がする。
荷台を片した架場は、薆のソファに寄りかかるとカーディガンのポケットに手を突っ込む。
「皆瀬さん、ひとつ相談があるのですが」
「はい」
「私みたいな拙い協力者には、協力者が居ても良いのでしょうか」
「……と言うと?」
架場は、片方のポケットから黒いガラケーを取り出した。
「この状況に、最適な人物がいます。秘密ごとに関しては口の堅い、成金フリーター。鳩森ロイ、あだ名はハモ。私の大学時代の友人です」
──三十分後。
「ごめんくださーい。イケメンのお届け物でえす」
調子の良い挨拶と共に、薄眉にピアスの男・鳩森が206号室に到着した。
彫りの深い顔が、モニターの画面いっぱいに映る。
「おう、来たか」
玄関のドアを開けると、架場は慣れた様子で彼を中へと招き入れる。
「来たか、じゃねえよ。いきなり呼び出したかと思えば、どうして206なんだよ。お前の研究部屋は201だろ?」
「色々あってな」
「ふーん……まあ、いいや。お邪魔しまーす」
リビングに足を踏み入れた鳩森は早足で、中央に置かれた謎の物体に駆け寄る。
そこに在るのは、タオルケットの被せられた大きな水槽。
鳩森はその周りをぐるりと一周、見て回ると半笑いで水槽を指差し、架場へと尋ねた。
「ナオヤン、今度は何を飼うん……?」




