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十一話 Oceanへの計画

「私、Oceanに行って新海さんと──いえ、新海と話します」


キリッと眉を上げると、薆は二人の前に宣言した。


「そうは言ってもなあ、薆ちゃんに俺ら二人が増えただけでしょ?このまま行ったら、全員人魚にされてゲームオーバーになっちゃうんじゃない?」


ソファの肘置きに頬杖をつき、薄ら笑みを浮かべる鳩森に架場は呆れる。


「誰が触れただけで人魚になると言ったんだ。もっとまともに頭を使えないのか」


「や、違う違う!別にふざけてるわけじゃなくて!」


鳩森は、ソファの上に胡座をかくと落ち着かなげに手を弄り始めた。


「まだ手がかりが少ないこの段階で、既に危ない予感がしてるんだよね、俺。渋ってる場合じゃないって、ちゃんと分かってるんだけど。正直、足がすくむんよ。だって、新海って奴に殺されたくないもん。薆ちゃんが行きたいって言ったからって、じゃあ行こうとはなれないよ」


真剣な面持ちで話す鳩森を見て、薆は申し訳なさそうに肩をすくめる。


「そう、ですよね……すみません。ハモさんは協力してくださっているのに。無計画は良くありませんでした」


人魚の鱗の一件以来、戸惑いが隠しきれない二人──

そんな二人を前に、架場はソファからゆっくりと立ちあがり、軽く伸びをした。


「そんなに、ギクシャクすることはない。この場面で意見がぶつかることなど想定内だ」


両膝を抱えるようにして俯く鳩森の前を通り過ぎ、架場は薆の入った水槽に近づく。


「確かめたいという、皆瀬さんの気持ちはよく分かります。シロップの効力もどんなものか分からない。もしかしたら、こうしている間にも人魚化は進行しているのかもしれない。不安になるのは当然です」


そう言うと、架場は水槽から溢れた水の跡を指でなぞる。

顔を上げた彼と、薆の視線が重なる。


「……しかし。ハモの言うように今の状況からして丸腰で乗り込むのは勧めません。それなりの準備というものが必要でしょう。それに皆瀬さん、貴方は足を奪われている。万が一、その新海という人物の逆鱗に触れてしまったら……貴方は一生、人間としての自分を失うかもしれない。そういう可能性も考えて、慎重に行動するべきです」


まるで、こちらを見透かしているような架場の瞳。

目元のクマが物語る、愛想の無い、少しくたびれた表情。

でも、その真っ直ぐな瞳は嘘をついていない──

架場の不器用な心配が、薆の心を締め付ける。


(なんか、見ていられない……)


恥ずかしくなった薆はそっと視線を外すと、ゆっくりと口を開いた。


「……新海が危ない人であることは確かです。でも

流石に、殺すまではしないと思います。その……帰り道に転んだ私を、店に入れて手当てしてくれたのが事の発端だったので」


「なるほど。怪我人に情が動いたか、それとも。目的のために用意した"偽りの人間らしさ"か」


「偽り──」


薆の表情が、曇る。


「……あ、あはは。ダメですね、私。嘘だと言われたら嘘に思えてくるし、本当だと言われたらつい、本当だと思っちゃう。シロップを買ったのだって、疑うことをやめた私の甘さが原因なのに」


薆は込み上げそうになる涙を誤魔化すように、架場に背を向けた。


「あ、あのさ」


鳩森の声が、背中越しに聞こえる。

薆は涙を隠すように、両手で掬った水でバシャリと顔を濡らすと、後ろを振り向く。


「さっきは……ごめん。俺だけじゃない、危ないのなんて皆、同じはずなのに。もう少し薆ちゃんの不安とか、焦りとか。その辺、ちゃんと考えるべきだった」


眉を下げて反省する鳩森に、薆も素直になる。


「い、いえ。私も、考え無しに。すみませんでした」


謝った薆の目に映る鳩森は、首に手を回すと照れくさそうに微笑んだ。


「その……なんていうのかな。ナオヤンみたく、疑うことはもちろん大事なんだけど。疑いすぎて、見えるものが見えなくなることだってあるんじゃない?それに、新海って奴を深追いする必要はないよ。俺らチームはあくまで、薆ちゃんを人間に戻すことが目的だから。そういうことだから、薆ちゃんはそこまで自分を責めないで。まずは、やれることからやっていこうよ」


「ハモさん……」


鳩森の言葉に、薆は気持ちが軽くなった気がした。

そうか──私一人でどうにかしようとしなくていいんだ。私は私のまま、今できることを探せばいいんだ。


薆の潤む瞳に、鳩森と架場の顔がぼやけて見える。


架場は、薆の瞬きの回数が減ったのを見逃しはしなかった。

彼はガーディガンの袖を伸ばすと、薆の赤くなった目元を拭う。


「だ、大丈夫ですって」


世話焼きな袖が退き、開けた薆の視界には優しい顔をした架場が映っていた。


「……そうだな。やれるだけ、やってみよう。今できる最大限の対策と、ここで掴んだ、いくつかの可能性。生憎、人魚と魔薬の絡んだ異境(パラレル)で使える武器と言えばこのくらいだ。あとは、新海側がどう出るか──」


鳩森が、首を傾げる。


「その、最大限の対策ってのは?」


「新海に纏わる一つでも多くの情報と、物的証拠。あとは、こちらの安全のために使える防具も必要だろう」


「情報に、証拠に、防具……防具かあ……」


架場の言葉に、考えた鳩森はニヤリと笑った。


「あ!それなら、ウチにいいものがあるよ」

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