十話 午後の推察・後
「── 一致。これは、人魚の鱗だ」
三人の間に、静かな衝撃が走る。
「なあ、薆ちゃん……コレ。さっき薬屋で拾ったって言ってなかったっけ……?」
架場が手にした鱗を、鳩森が指差す。
「ええ……薬屋Oceanのレジ机のすぐ下です。小銭を落とした時に見つけて、拾いました」
「だったら、薆ちゃんから剥がれ落ちたものなんじゃ──」
「いえ。それは、あり得ないんです」
「え、違うの?」
「はい。私が、あの男から咳止めシロップを購入したのが、終電の終わった0時過ぎの頃。その時点で私は人間でまだ、足がありました。そして、歩いてこの部屋まで帰った後、ベッドの上でシロップを飲んで、そのまま──。起きた時には既に、人魚へと身体が変わっていました」
薆の説明に、鳩森は下唇を指で弄りながら考え込んでいる。
その彼の隣で、架場が口を開いた。
「と、なると──これは、元より薬屋に存在していた物と見て間違いなさそうだな」
彼の言葉に、鳩森は唇から指を外す。
「……待てよ?そうすると、薬屋に人魚が居る……いや。人魚を飼っているとか?あ、薬屋なら人魚を使った怪しい薬が置いてある、なんてことも……ハァ。考えたところで埒が明かねえ」
鳩森の文句を気にも留めず、架場はしばらく考え込んだ後、ようやく話し始めた。
「……まあ、そうだな。この鱗だけで断定することは難しい。ただ、私の見解としては──三つ」
「三つ、ですか?」
「ええ。一つは、薬屋をベースとして考えた時。余所から入った客を除き、内部の存在に絞ります。皆瀬さん、その薬屋には誰がいましたか?」
架場の質問に、薆は昨夜の記憶を辿る。
「新海という名前の店員、いや……オーナーかもしれません。店を、僕の家だと言っていたので。それに、三尾の魚も。よく躾けられていましたね。私が寄った時間が遅かったので、その他に従業員の姿はありませんでした」
「新海、躾のされた三尾の魚……うん、分かりませんね。私が言いたかったのは、新海という店員をはじめとした人型の存在。そのどこかに人魚が紛れている、もしくは全員人魚なんてこともあり得るのではないか、と」
「人魚だらけの薬屋?ううっ、想像しただけで気味が悪い。薬屋と人魚って絵面的に相性悪いんじゃ……」
何を想像したのか、鳩森は「ああ」と身体を震わす。
「二つ目は、外部からの搬入。薬屋と謳いながら、人間の身体形態を変えてしまう──謂わば劇薬のようなものを扱っていた時点で、現実的な思考は捨てるべきでしょう。ハモ、お前の考えは正しいかもしれない。咳止めシロップを販売していた薬屋Oceanは、薬の調合、または薬に関わる何らかの過程において人魚を材料にしている可能性がある、とも考えられる」
「ううっ、シロップ……」
あの、赤い液の味と匂いが蘇るようで──薆は口を両手で覆う。
「そして三つ目。これは、至ってシンプル。皆瀬さんの目につくところに、わざと人魚の鱗をあらかじめ撒いておいた──そう、罠です。皆瀬さんが人魚に変えられてしまったこと、そして薬屋で鱗を拾ったこと。これは、偶然ではないでしょう。もし、この予想が外れたとしても。何かメッセージ性があると見て、間違いは無いと思います」
一通り話し終えた架場の肩に、鳩森の重い頭が落ちる。
「ナオヤン……相変わらず凄いけど流石に、複雑ッス。てか、俺たちが相手にしようとしてる薬屋。未知すぎてホラーだよ、もう。新海って奴に会ったら最期、生きて帰れる気がしない」
弱音を吐く鳩森の頭を、架場は片手で向こう側へ押し返す。
「それで、皆瀬さん。他に何か心当たりって──」
架場が薆の方を向くと、そこには頭を抱えて小さく蹲る人魚の姿。
「そ、そしたら……やっぱり、Oceanは常習的に人魚に変える薬を売っているってことなんじゃないの……?私以外に、人魚にされた被害者がいるかもしれないし……そしたら、新海さんは劇薬密売の大罪人?私、巻き込まれたの……?」
まるで呪文のように呟く薆に、鳩森は眉をひそめる。
「ちょ、何ブツブツ言ってんの。もっと怖くなるからやめて」
狼狽える薆に、架場は手の中にある鱗をそっと渡す。
「──この厚く硬い鱗は、海中に潜む外敵から身を守るには適しているが……実物を以って確信した。人魚はやはり、陸中心の生活には向かない。御伽話通りだ」
「……」
あえて話を逸らした架場の優しさも、ネガティブの働いた薆の耳には届かない。
俯く薆の髪が、ふわっと水面に広がる。
「へえ。未知体とはいえ、こんなに綺麗なのにね。海に居た方がいいなんて、勿体無い」
そう言って再び、薆の鱗に触れようとする鳩森の手を架場は叩いた。
「皆瀬さんの鱗も、水が無くなった途端に乾くのが早いとは思っていたんだ。構造を知ると、それにも納得できる。生物の中でも、環境の変化に順応できる種は数少ない。そう考えれば、仕方がないのかもしれない」
「まあ、この水槽と。水が補給できる状態に、俺たち人手を欠かさなければ、生活は問題無いってことだろ?」
「そういうことだ。魚類の生態を参考にしたのは正解だったな」
「で、あとは。薆ちゃんの身体を元に戻す方法だよな……」
二人の視線の先、水槽に首をもたれた薆は深いため息と共に目を瞑る。
首筋に沿った髪の毛先から、ポタポタと雫が肌を伝う。
目を伏せる架場に対して、薆を見つめる鳩森の榛色の瞳には、凛々しげな彼女の横顔が映った。
「……架場さん、ハモさん。私、Oceanに行って新海さんと──いえ、新海と話します。どうして、私がターゲットになったのか。どうして、鱗が店に落ちていたのか。人間を、人魚に変えた目的は?身体を人間に戻す方法は?あなたの、本当の正体は──?聞きたいことが山ほどあります」




