不穏な聖域 前編
レイとカイゼは、道中これといった寄り道もせずに、次の都市カーニバリアへと向かって街道を急いだ。
やがて、夜の闇の向こうからでもはっきりと分かるほどの眩い光と、天を突くような巨大な建造物のシルエットが見えてきた。
「あれがカーニバリアかな?」
「多分そうだと思う。……っていうか、あの真ん中にあるの、コロッセオ?」
なるほど、明日の闘技大会はあのドーム状の巨大建造物で行われるのだろう。
「今すぐにでも街に入りたいところだけど……まずは、あいつを片付けないとね」
「時間がないし、私の新しい魔法で速攻で倒しちゃうから見てて!」
カイゼがそう意気込み、街道の脇から飛び出してきた大柄なカエル型モンスター――《マッドフロッグ》に向けて杖を掲げた。
「【サンダー】!」
鋭い電撃がマッドフロッグに直撃する。激痛に狂ったカエルは、すぐさま報復として、その長い舌を鞭のように伸ばしてカイゼへと凄まじい速度で射出した。
「わ、ちょっと――!?」
「させないよ!」
詠唱直後の隙を突かれたカイゼの前に、レイが神速で割り込む。手にした【魔眼の小盾】を完璧なタイミングで合わせ、迫る舌の暴力をガキィンと小気味よくパリィではじき返した。
思わぬ反撃にマッドフロッグが悶え苦しんだ隙を逃さず、レイは即座に踏み込んでダガーをその胴体へと突き立てる。サイクロプス武器の圧倒的な攻撃力の前には一撃も耐えられず、マッドフロッグは哀れにも光のポリゴンとなって霧散した。
拾った素材を確認する時間すら惜しみ、二人はそのままカーニバリアの城門をくぐった。
「私はアイテムの準備と換金をしてくるから、カイゼは他の街へテレポートする手段がないか探してきて」
「わかった! また後でここで集合ね」
短い約束を交わし、二人はそれぞれの目的地を求めて別行動に移る。
レイは行き交うプレイヤーから情報を集めつつ、換金アイテムを言い値で買い取ってくれる店を発見した。一部を残して売り、手に入った莫大なゴールドを惜しげもなく使い、ポーションやその他のアイテムを買っていく。。中には数量限定の超高価なアイテムもあったが、効果が有用なものはすべてカバンに詰め込んだ。あのサイクロプス戦の経験から逆算して、これだけあれば足りるだろうという量を正確に見極めての買い物だった。
集合場所に戻ると、すでにカイゼが息を切らせて待っていた。
「テレポートの手段、見つけたよ! この『テレポートスクロール』を買えば、一度行ったことのある街へ一瞬で飛べるみたい」
「ナイス。ちなみに、お値段は?」
スクロールを売っている魔法商店へと移動しながら値段を聞いたが、先ほどの換金で得た大金があれば、鼻で笑えるほどの金額だった。通常のプレイヤーからすれば目玉が飛び出るような高級品だったが、今のレイには他の追随を許さない莫大な資金がある。
二人分のスクロールを躊躇なく購入し、光に包まれながら、二人は先ほどの街「コンコルディア」へと瞬時に舞い戻った。
「目的の教会はどっち?」
「カーニバリアへ向かった道の、ちょうど反対側だね。そこそこ離れてるけど、走れば2、30分で着くと思う」
「わかった。それじゃあ急いで向かおう。……移動しながら、私のオリジナルスキルの仕様について共有しておくね」
これから挑むのは、推奨レベル50の圧倒的な格上モンスターだ。スキルの情報をあらかじめ明かしておき、少しでも勝率を上げておきたかった。
レイは並走しながら、自身の持つ〈理の再記述〉の効果をカイゼに説明していく。
「……はぁ!? なにその頭おかしいスキル! そりゃサイクロプスも一人で倒せるわけだよ!」
「でもね、このスキル、戦闘中にセキュリティを突破しないと発動できなくなっちゃったんだ」
「それって……つまり、私がセキュリティを解くまでの時間を稼げってこと?」
「察しが良くて助かるよ」
「私、前衛職じゃなくて魔法使いなんですけどー!? 死ねと!?」
カイゼは興奮気味に叫んだが、その口元には隠しきれない不敵な笑みが浮かんでいた。
「口では嫌がってるけど、顔は正直だね。めちゃくちゃワクワクしてるでしょ」
「……バレた? まぁ、ゲーム開発者の我が儘に付き合うのは昔からの慣れだしね。頑張るけど、そんなに長時間は持たないからね!」
「十分だよ。私も完全に戦闘を放棄するわけじゃないから」
そんな作戦会議をしているうちに、目的の古い教会へと到着した。
すると、教会の尖塔のてっぺんから、漆黒の岩の翼を大きく広げたガーゴイルが、風を切り裂いて舞い降りてきた。
「ほう……そこの人間ども。一体、我が聖域に何しに来た?」
「そこの教会は、街の人たちも使う大事な場所なんだよ。あんたみたいな不審者が居座ってると迷惑だから、取り返しに来たのさ」
レイの言葉に、ガーゴイルは喉を鳴らして冷酷に笑った。
「人間風情が生意気な……。そこまで言うからには、少しは我を楽しませてくれるのだろうな? ――まぁ、どうせ我が血肉の贄となる運命だがな!」
ガーゴイルが大きく翼を羽ばたかせ、上空から急降下してくる。
岩のように硬質な翼が巻き起こす風圧、それ自体が周囲の地面を抉るほどの質量を持った範囲攻撃となって襲いかかった。
「カイゼ、大丈夫!?」
「大丈夫! ただ、今の私の耐久力じゃ一撃でも掠ったら即死だから、回避に完全特化する!」
言うが早いか、カイゼは手にした杖すらインベントリに引っ込め、身軽になった身体でガーゴイルの猛攻を紙一重でかわし始めた。
「さて、カイゼのスタミナが切れるのが先か、私のハッキングが先か……! ――オリジナルスキル〈理の再記述〉、起動!」
レイの視界に真っ赤な幾何学模様のセキュリティウィンドウが展開される。
レイはダガーを納刀し、左手の盾で時折飛んでくる風圧の余波をパリィで凌ぎながら、空中に現れたキーボードへ向けて猛烈な速度で指を動かし始めた。その手つきは驚くほど正確で、一切の無駄がない。大部分のヘイトをカイゼが引き受けてくれているおかげで、ハッキング作業にかなりのリソースを割くことができていた。
「ほう? そこの魔法使い、羽虫のようにチョロチョロと……回避に多少の自信があるようだな。だが、避けているだけでは一生我には勝てんぞ? どれ、もう少し出力を上げてやるか」
ガーゴイルの攻撃スピードが一段階跳ね上がる。
鋭い爪、岩の翼、しなやかにしなる尾が、全方位から怒涛の連撃となってカイゼを襲う。しかし、カイゼはそれらを信じられないステップで回避し続けていた。
それはスキルの補助などではなくゲームクリエイターの無茶な提案に付き合ってきた経験によるものだった。
(……ふん、まだ何とか反応できる。昔、零が自作したあのクソ難易度アクションゲームの裏ボスに比べたら、この程度のモーション、予備動作が分かりやすすぎるわ!)
限界の近いスタミナは、事前にレイから大量に渡されていた高級スタミナ回復薬を隙を見てガブ飲みすることで強引に持たせていた。
カイゼはさらに、レイの方へ敵の意識がいかないよう、言葉でも容赦なく煽りを入れる。
「なーんだ、大層な口を叩く割には、攻撃が全然当たらないよ?」
「ぬぅ……っ! いつまでその軽口が続くかな、小娘がぁ!」
そうして、どれほどの時間が経っただろうか。
実際の時間としては数分程度だったはずだが、精神的な疲労はそれ以上のものだった。
「カイゼ、セキュリティ突破! ここから『プランB』で行くよ!」
レイからの鋭い叫び声が響く。
カイゼがちらりと視線を向けると、そこには、凄まじい勢いでMPポーションを連続で飲み干しながら、赤いウィンドウを操作して世界の法則を書き換えているレイの姿があった。
「オッケー、反撃開始だね!」
カイゼはニヤリと笑うと、インベントリから「魔術師のローブ」によく映える真新しい杖を取り出した。
「ふん、そんな貧弱な杖で何をする気だ? まさか、その初期レベル同然の稚拙な魔法で、我が岩の身体を穿てるとでも思ったか!」
「そういう油断、命取りだよ? ――喰らいなさい!【ファイアボール】!」
本来であれば、推奨レベル50のボスに通じるはずのない初級魔法。
しかし、放たれた火球がガーゴイルの胸に直撃した瞬間、ボスの巨体が大きくのけぞった。
「が、はっ……!? 馬鹿な、何をした……!? 我が、このような下級魔法でこれほどのダメージを受けるなど……貴様、一体何をしたぁぁ!!」
「自分で考えなよ」
冷淡に言い放ったカイゼの言葉が、それまで格上の余裕を保っていたガーゴイルを完全にブチ切れさせた。
「よほど死に急ぎたいようですね……。いいでしょう、遊びは終わりです。塵に還りなさい!」
ガーゴイルが魔力を練り上げると、その手に巨大な漆黒の「岩石の斧」が生成された。それを力任せにカイゼの脳頭へと振り下ろす。
「――『スイッチ』!」
突進してきたレイが、カイゼの前に滑り込み、その巨大な斧を【魔眼の小盾】で正面から受け止めた。
ギギギィィィン!! と火花が散り、強烈なパリィのエフェクトが夜の教会を照らし出す。
「貴様ぁ……後ろでコソコソと小細工ばかりをぉっ!」
「さぁ、ここからは私が相手だよ。存分に楽しもうか」
現在のレイはダガーを装備していない。左手の盾だけで敵の猛攻を防ぎつつ、空いた右手でさらに赤いウィンドウのコードを書き換えていく。
(さて……ここからは私が頑張る番だ!)
レイとカイゼは、事前にいくつかの作戦を用意していた。
〈理の再記述〉でガーゴイルのどのステータスをどう操作するか。
HPそのものを直接書き換えて瞬殺できるならそれがベスト(プランA)。だが、あまりにもHPが強大な場合、まずは「魔法耐性」を限界まで下げて、カイゼの魔法で大ダメージを与えつつ、連動してHPの数値を削り取っていく――それが、この『プランB』だった。
レイのハッキングだけに時間をかけすぎると、カイゼが耐えきれずに前線が崩壊するリスクを考慮した戦術。
こうして、絶望的な格上討伐の、後半戦の火蓋が切って落とされた。
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カーニバリア
道順に進んだ場合3番目にたどり着く町。
娯楽都市の名前の通り様々な娯楽があり町の明かりが消えることはない。
巨大なコロッセオが一番の目玉。
戦闘描写って書くの難しいですね。
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