不穏な聖域 後編
格上との死闘が開始して、すでに一時間以上は経過しただろうか。
「レイ! 今、あいつのHPどれくらい減らせた!?」
背後からのカイゼの切羽詰まった声に反応し、レイは迫り来る爪撃を盾で弾きながら、視界の端の赤いウィンドウへ鋭い視線を送る。
「ちょうど半分! 折り返し地点だよ!」
そう叫んだ瞬間だった。それがトリガーとなったのか、ガーゴイルの行動パターンが明確に変貌した。
手元に持っていた黒石の斧を地面へ投げ捨てると、自らの背丈を遥かに超える禍々しい大剣を、虚空から新たに生成し損ねたのだ。
「フハハハ! この我に大剣を抜かせるとはな! 誉れ高き人間どもよ、ここからが本当の本番だ!」
ガーゴイルは大きく翼を羽ばたかせて上空へと飛び上がると、重力と加速を乗せた凄まじい一撃でレイ目掛けて急降下してきた。
その速度は、移動の軌跡に残像が見えるほどだったが、ドワン特製のフードによる動体視力アシストのおかげで、レイの目はしっかりと敵の姿を捉えていた。
(速い……! でも、見えないほどじゃない。これならまだ、合わせられる!)
レイは地面を転がって初撃の縦振りを紙一重で回避し、即座に繰り出された追撃の横薙ぎを【魔眼の小盾】でパリィしにいく。
――ガギィィィン!!
強烈な衝撃波が周囲の木々を揺らす。しかし、大剣の圧倒的な質量と威力を前にしては、さすがの最上位防具でも衝撃を完全に殺しきることはできず、レイの身体は派手に後方へと吹き飛ばされた。
(くっ……! 幸い、直撃じゃないからHPはそこまで減ってない。だけど、あの重い連撃を何度も繰り返されたら確実にジリ貧だ……!)
ガーゴイルの攻撃は、先ほどまでのフェイントがなくなり、純粋な暴力による超高速のゴリ押しへとシフトしていた。しかも、こちらの回避の終わり際を正確に狩り取るような苛烈な連撃だ。
「このままステップを踏んでても削り殺されるだけだね……。リスクを取るしかない!」
レイは意を決すると、空中の赤いウィンドウを操作していた右手を下ろし、腰から【一眼の牙刃】を引き抜いた。
「チャンスは一度。そもそも成功するかどうかも分からないけど……やるしかない!」
再びガーゴイルが突進してくる。
レイは迫る大剣の初撃を、最小限の動きで回避。そして次の一撃を、盾で受けるのではなく――あえて自ら大剣の刃の真っ只中、敵の懐へと飛び込んでいった。
ズシャァァッ!!
鋭い肉声と共に、レイのHPバーが恐ろしい勢いで消滅していく。しかし、それはゼロになる直前、文字通り『1』の極限のドットでピタリと止まった。
「――【ダブルスラッシュ】!!」
レイが放った決死の捨て身カウンターが、無防備になったガーゴイルの胸元へと深く突き刺さる。確かな手応えと共に、大量の赤いポリゴンが夜の闇に弾け飛んだ。
思わぬ痛撃を受けたガーゴイルは、警戒するように即座にバックステップで上空へと飛びのき、距離を取った。
「貴様……! なぜ今の一撃を受けて生きていられる……!?」
「さあね? 次も同じ攻撃をしてくるなら、その大きな片目を貰い受けるよ」
あえて不敵に言い放ち、時間を稼ぐ。
HPを『1』残して耐えられたのは、他でもない。カーニバリアの高級商店で買い込んできた超高額レアアイテム『身代わりのスクロール』のおかげだ。許容量を超える即死ダメージを一度だけ無効化する使い捨ての保険。レイとカイゼで一枚ずつしか持っていない切り札だった。
短剣を再び納刀し、レイは再び空間キーボードを猛烈に叩き始める。
幸い、先ほどの一撃を警戒してか、ガーゴイルは迂闊に突っ込んでこなくなった。赤いウィンドウに表示されているボスの数値を見れば、カウンターのダメージが想像以上に効いているのが分かる。リスクを冒した一撃は、見事に「ハッキングを完遂するための時間」を生み出してくれたのだ。
〈理の再記述〉による魔法耐性の極限低下と持続ダメージが、今もジワジワとボスの身体を蝕んでいる。
だが、そんな均衡状態がいつまでも続くわけがなかった。
じれて痺れを切らしたガーゴイルが、再び猛烈な勢いでこちらへ突撃してくる。
レイはそれを盾を構えて迎え撃とうとした。
しかし――ガーゴイルの赤い瞳は、レイの背後を捉えていた。 レイのことなど眼中にないと言わんばかりに、その巨体を僅かにスライドさせ、背後の後衛へ向けて直進していく。
(しまった……! 狙いはハルか!!)
気づいたときには遅かった。前衛の影から突如として現れた大剣に対し、カイゼは初撃こそ本能的なステップで回避したものの、直後に放たれた強烈な石の翼の薙ぎ払いを受け止めてしまう。
パリン……! と、カイゼの懐から『身代わりのスクロール』が砕け散る光が溢れ、彼女のHPもまた、一瞬で『1』の危険域へと追い込まれた。
これまで二人の間に立って正確にヘイト(敵視)をコントロールしてきた戦術に、ついに致命的な綻びが生じたのだ。
ガーゴイルは勝ちを確信したように下卑た笑みを浮かべ、無防備なカイゼへトドメの刺突を繰り出す。
「【ダブルスラッシュ】!!」
ガキィィン! と、背後から急襲したレイの短剣が、ガーゴイルの背中に深く食い込んだ。
不意のバックアタックによる怯み(ノックバック)が発生し、その僅かな隙を利用して、カイゼは這々の体で大きく距離を取ることに成功する。レイはガーゴイルが自分を無視した瞬間、その意図を完璧に読み取って全速力で走り出していたのだ。
「はぁ……はぁ……、間に合ってよかった……!」
「ありがとレイ! ……でも、お互いもう『保険』は無いね」
「うん。でも良い報告もあるよ。あいつのHP、もう残り数ミリ。あと一押しだ」
「ちょっと、その短剣強すぎない!? 最初からレイが普通に殴ってた方が早かったんじゃないの?」
「いやいや……そんな隙、一瞬も無かったの分かってたでしょ……」
お互いに極限状態の軽口を叩き合いながらも、その集中力は一切途切れていない。
ボスのHPはあと僅か。だが、死に体の怪異から放たれる不気味なプレッシャーが、大気の密度を狂わせていくのを感じた。
「こ、この我が……このような場所で、人間に討たれるなどあってはならない……!」
ガーゴイルは血を吐くような声を上げると、大きく翼を広げ、魔法すら絶対に届かない上空高くへと急上昇していった。
夜空の雲の隙間に紛れ、その姿はほぼ視認できない。
お互いに油断はなかった。
〈理の再記述〉で確認したところ、ガーゴイルの残りHPは完全に『1』になっている。上空から降ってくるであろう、あの最後の悪あがきを凌ぎきることさえできれば、こちらの勝ちだ。
突如、どんよりとした漆黒の雷雲が教会の頭上を完全に覆い尽くした。
その直後、天空から眩い「青い光の柱」が降り注ぎ、レイとカイゼの二人の身体をロックオンするように包み込む。ダメージこそないが、これは必中の全体攻撃の予兆だった。 二人は即座に別の方向へ走ったが、頭上からの光のロックはどこまで逃げても外れる様子がない。
徐々に、二人の身体を包む青い光が濃くなっていく。発動までの時間はもう残されていない。
思考を極限まで加速させたレイは、即座に一つの決断を下し、叫んだ。
「ハル! 私が受ける! 上空に飛ばれたら私じゃトドメを刺せない! だからハルが生き残って!」
「……っ、分かった!」
カイゼもまた、親友の意図――「弾速の速い魔法を持つ魔法使いが生き残るべきだ」という戦術を即座に理解し、力強く頷いた。
残りコンマ数秒の猶予の中で、レイはカバンから様々なバフポーションを狂ったように取り出し、一気に飲み干していく。
『防御力超上昇』『低速落下』『HP持続高速回復』……。レイの身体から、無数のバフエフェクトが七色の光の柱となって立ち上る。
「――来るよ!」
その合図とともに、レイは地を蹴って高く跳躍し、カイゼの真上の弾道を塞ぐように空中陣取った。
次の瞬間、天を裂くような巨大な青い稲妻が、集中豪雨となって降り注いだ。
バチバチバチバチッ――!!!
凄まじい雷撃の渦がレイの身体を打ち据え、彼女のHPを秒単位で削り取っていく。超高速のスリップダメージの暴力。
レイは空中で歯を食いしばりながら、インベントリのショートカットから最高級の回復ポーションを休むことなく連打し、減った先からHPを強引に引き戻して耐え続けた。HPバーが激しく増減を繰り返すが、それでも確実に減少量の方が上回っていく。
そして、最も恐れていた事態が訪れた。
(……あ、ポーションが、切れた……!?)
強敵相手にこれでもかと買い占めていたはずの物資が、ボスの想定以上の大技の前に底を突いたのだ。
空を見上げれば、青い雷撃の光は徐々に薄れ始めており、あとほんの数秒で技が終了するのは分かっていた。しかし、バフが切れた今のレイの耐久力では、あと一秒すら持たない。自分が消滅すれば、その余波で下にいるカイゼも確実に消し飛ぶだろう。
絶体絶命の残り0.5秒。
レイはメニュー画面を開く時間すら惜しみ、ある一つの「咄嗟の行動」に出た。
地上で見上げていたカイゼもまた、その行動の意図を瞬時に察知する。
レイは自分の左腕から、あの漆黒の【魔眼の小盾】を力任せに引き剥がすと、地上のハル目掛けて投げ飛ばしたのだ。
ガシィッ!!
ハルがその盾をキャッチする。
直後、レイの身体は最後の雷撃に焼かれ、光の粒子となって夜空へ消滅した。しかし、彼女が遺した最上位防具の盾は、残されたハルの身を包み、最後の雷撃の余波をミリ単位の防御力で完全にシャットアウトした。
嵐のような青い光が、静かに明けていく。
上空から、完全に勝利を確信したガーゴイルが、ゆっくりと地上へと降り立ってきた。
その岩の身体はボロボロに崩れかけており、まさに満身創痍の状態だ。
「ハーーハハハ! 我が最大奥義を受けて生きていた者などおらん! ……フン、魔力の消費が激しすぎて二度と使いたくはない大技だったがな。しばらくは我も回復に努めねば――」
「――【サンダー】」
静かな声と共に放たれたのは、先ほどの天災のような雷撃に比べれば、あまりにも貧弱で小さな一筋の電撃だった。
だが、その電撃は確かに、油断しきっていたガーゴイルの脳頭へと真っ直ぐに突き刺さった。
初級魔法の【ファイアボール】なら弾速を見てから回避できただろう。しかし、ハルが放ったのは、弾速において全魔法中トップクラスを誇る『雷属性』の初級魔法。残りHP『1』のガーゴイルの身体には、そのささやかな一撃で十分すぎるトドメとなった。
「な……どこからだ……!? こ、この我が……人間にぃぃぃー!!」
ガーゴイルは全身の岩肌に無数の亀裂を走らせながら、無念の断末魔の叫びを上げた。
そして、その崩壊していく光の霧の向こうから、一人のプレイヤーが静かに歩み出てくる。
その細い手には、魔法使いにはおよそ不釣り合いな、中央に不気味な瞳の紋章が刻まれた漆黒の小盾――【魔眼の小盾】が、しっかりと握られていた。
「――私たちの、勝利だよ。レイ」
ハルが静かにつぶやいた直後、巨獣の身体は無数の光のポリゴンへと変わり、夜の教会の敷地へと静かに降り注いで消えた。
こうして、推奨レベル50の格上モンスター討伐という無謀な激闘は、二人の完璧な絆によって、見事に幕を閉じるのだった。
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ガーゴイル
サイクロプスと同じくもっと後に出てくるモンスター。
ただし聖なる魔力につられ教会などにたまに住み着く。
知力が高く人の言葉を理解し会話を行う。
個体によって得意な魔法が違うため戦うたびに対策が変わる。
得意、不得意に関わらず大地の魔力と密接につながっている。
いい感じに熱い共闘見たいのをかけてたらいいな…
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