潮騒に吠える その4
レイは赤いウィンドウを操作し、ボスの機動力ステータスをあえて元に戻した。
「とりあえず機動力は元に戻したけど……これで回転攻撃をしてこなければ良いんだけど……」
レイの思惑通り、ボスが再び甲羅に閉じこもって暴走回転を始める兆候は見られなかった。
これなら残りの30分は、再びゆっくり移動するボスを上手くやり過ごせば良い――そう考えたレイだったが、敵もそこまで楽はさせてくれないようだった。
残り時間が半分を切ったことで、ボスの行動パターンが明確にシフトしたのだ。移動自体は鈍重なままだが、遠距離からの高圧ブレスを積極的に乱射し始め、近寄るプレイヤーたちへも巨体を使った広範囲攻撃を繰り出してきた。
潮砕きガメラドンの巨体には、光の鎖や蜘蛛の巣といった無数の拘束魔法が飛び交い、一見するとかなり動きを封じられているように見えた。
――しかし、その安堵は一瞬で打ち砕かれる。
「グォォォォォォオオオン!!!!」
突如、地響きのような咆哮とともにボスが巨体を激しく振るうと、全身に巻き付いていた光の鎖や蜘蛛の巣が一斉にパキンッ!と弾け飛んだ!
「きゃあッ!? 魔法が……強制解除された!?」
「そんな……! 拘束耐性がついて、デバフの持続時間が短くなってるっす!」
クレタとアレックスの悲鳴が上がる。
それだけではない。機動力を取り戻した潮砕きガメラドンは、巨体に似合わぬ速度で頭部を振り抜くと、口から高圧の水流ブレスを連射し始めたのだ!
ドガガガガガガッ!!
「くっ、正面のブレスを避けろーっ!」
「後ろのヒーラー陣に飛んでいくぞ! 防げぇぇぇ!!」
前線のタンクたちが必死に大盾を構えるが、水流のすさまじい衝撃で次々と吹き飛ばされていく。さらにボスは巨大な尻尾を打ちつけ、浜辺の砂を豪快に巻き上げながら前衛職を一網打尽にする薙ぎ払い攻撃を繰り出してきた。
「アイちゃん! 回復の指示が追いつかないわ!」
「バスタ、前線にバフポーションを撒いて! 持ちこたえさせて!もうちょっとだと思うから!」
後方で指揮を執るアイの声にも、焦りが混じり始めるが何かを狙っていた。
(嘘でしょ……!? 残り30分を切ってから、攻撃の激しさが段違いじゃない……!)
レイは慌てて赤いウィンドウを開き、相手の攻撃力ステータスを再び削ろうと指を滑らせる。
だが――システム干渉のノイズを察知したかのように、潮砕きガメラドンがギラリと赤い目を光らせ、レイに向かってブレスを乱射してきた!
ドゴォォォォォォン!!!!
「きゃっ……!?」
予想はできていたため、間一髪でスカーフを閃かせて跳び退いたものの、地面を砕いた衝撃波だけでレイのHPがガリッと削られる。
(だめだ……! ステータスを操作しようとすると、真っ先に私にヘイトが向く! しかも技を乱射し始めたから、チマチマステータスを下げてる余裕なんてない……!)
「レイ! 大丈夫か!?」
「ライカ! その防具、もう限界でしょ!? 使えるの!?」
駆けつけてくれたライカの胸当てには無数のヒビが入り、耐久値が完全に限界を迎えていた。
だが、ボロボロになりながらもライカの表情に焦りは一切なかった。
「あぁ、問題ない! むしろどうせ壊しちまうんだから、ボロボロに使い倒さなきゃ勿体ないだろ! それよりレイ、私に攻撃力バフを集めてくれ!」
レイは瞬時にライカの狙いを察知した。
「……バフの分もステータス上がるの!? 分かった! とりあえずリナさんたちに伝えてくるから、目立つ場所で準備してて!」
レイは風のように後ろでバフや回復を振り撒いているリナのもとへ急いだ。
その間にもプレイヤーたちは次々と倒され、戦線がジリ貧になっているのは明らかだった。
「はぁ……はぁ……リナさん! 頼みたいことがあります!」
「あら、レイさん! 何か手がありますか!? こっちもMPと、ブレスから守ってくれてるタンク陣がかなり限界で……なんでもやりますよ!」
「助かります! 攻撃力バフを使えるプレイヤー全員で……あそこでポージングしてる人に、ありったけのバフを注ぎ込んでほしいんです!」
レイが指さした先には、堂々とポーズを決めて目立っているライカの姿があった。
「……分かりました! どうせこのままじゃ全滅ですしね! みんな! あそこのプレイヤーにありったけの攻撃バフを重ねて!!」
リナの指示のもと、後衛陣からライカへ一斉にバフの光が降り注ぐ。
無数のバフを受け止めたライカの全身から、真っ赤に燃え上がるような凄まじいオーラが立ち昇った!
その瞬間、潮砕きガメラドンも彼女の存在を致命的な脅威と察知したのか、即座に極大ブレスをライカへ向けて放った!
ドドドゴォォォォォンッ!!!!
機動力を捨ててバフを受け止めていたライカは回避できず、正面からブレスの奔流に呑み込まれてしまう。
「あぁっ……!?」
バフを配っていた後衛のプレイヤーたちの士気が、一気にどん底まで低下した。
誰もが今の直撃で即死したと思ったのだ。そう思うのも無理はないとレイも感じたが、そんな湿っぽ雰囲気を吹き飛ばすように、弾けた水しぶきの中から高らかな笑い声が響き渡った!
「はっはー! 私の【鋼鉄の肉体】は無敵だ! あんなブレス、シャワーにしかならんな! さぁ――反撃開始だ!!」
そこには、防具が砕け散ってインナー姿になりながらも、いっそう華麗に筋肉ポージングを決めるライカの姿があった!
「えぇぇぇ!? なんで……!? 完全に直撃してたよね!?」
「化け物かよあのアタッカー……!?」
あちこちから困惑と歓喜の声が上がる。
「ごめん! 今は説明してる時間がないんだけど……みんな、引き続きバフとヒールをお願い!」
レイが叫ぶと、後衛のプレイヤーたちもハッと我に返り、希望を取り戻してそれぞれの仕事に集中し始めた。
「そんなブレス、何発撃ち込もうがこの筋肉を湿らせるだけだぜぇっ!」
ライカはその後も怒濤のように撃ち込まれるブレスをすべて正面から受け止め、巨体との距離を力強く詰めていく!
後衛プレイヤー全員の集中バフと過剰なほどの連続ヒールは、ライカをまさに「歩く要塞」へと変貌させていた。
だが、あと一歩でライカの大剣が届くというところで、ボスの迎撃も激しさを増し、それ以上距離を詰められなくなる。
「ライカ! 私がヘイトをもらうわ! ――【理の再記述】!」
レイがデバフ操作の構えを取った瞬間、狙い通りボスが弾かれたようにレイへ向けて頭部を向けた。
「サンキューレイ! ――よそ見してんじゃねぇぞ化け物! 【剛破斬】ッ!!!」
過剰なまでのバフを宿したライカの一撃が破砕音とともに叩きつけられ、雷光のようなスパークが飛び散る!
今まで掠り傷一つつかなかった巨大な甲羅に、ついに明確な亀裂が走った!
その瞬間、後方からアイの鋭い指示が飛ぶ!
「オニオン! バスタ! あのヒビの一点を狙って!」
その指示により事前にタイミングを見計らっていたオニオンとバスタがさらに駆り立てる!
「了解! バスタ、合わせなさい! ――【穿剣】!」
オニオンの放った突刺技が、甲羅のヒビの真っ芯を正確に捉え、深く刃を突き立てる!
「ナイス、オニオン! さぁ、味わいなさい! ――【正拳突き】!」
バスタの放った渾身の衝撃波が突き刺さった剣をさらに奥へと押し込み、甲羅のヒビが一気に枝分かれして広がっていく!
完璧な連携が決まった――しかし、潮砕きガメラドンもタダでは引き下がらない。
すぐさま体を強引に捻り、先ほどの回転攻撃を小規模に繰り出して間合いを強制リセットしたのだ! その衝撃で、突き刺さっていたオニオンの剣も吹き飛ばされてしまう。
「くっ! あと少しであの甲羅を完全に破砕できるってのに……!」
ライカの悔しそうな声が響く。
ボスは再び激しい回転を始め、このままでは誰も近づくことができない。
「勢いが弱いうちに止めるぞ!!」
ブライトの掛け声とともにタンク陣が再び大盾の壁を作ろうとするが、度重なる死闘で全員が限界を迎えており、勢いが弱まった回転すら防ぎきれるか怪しい状態だった。
そんな泥沼の中、アイは一人静かに集中を高めていた。
(狙うは、あのヒビの一点……。この弓には愛着があったけど……背に腹は代えられないよね)
アイの全身から溢れ出す濃密な魔力が、手にしている愛用の弓へと吸い込まれていく。
「見えた……! なにもオリジナルスキルを持ってるのは、レイやカイゼだけじゃないんだから! ――弓よ、その命を矢に変えて穿て……【弓葬・天穿ち】!!!」
アイの言葉とともに、愛用の弓が眩い光となって弾け飛び、一本の黄金に輝く矢へと凝縮された。
アイは崩壊していく光の弦を力強く引き絞り、一筋の閃光を解き放つ!
弓を代償に放たれたその極大の一矢は、圧倒的な速度と貫通力を伴って飛び、オニオンたちが刻んだヒビの中心へ完璧に命中! ガガンッ!と甲羅の亀裂を限界まで押し広げた!
「これでも……壊れないの……!?」
アイの呟きに、背後から力強い声が覆いかぶさる。
「いや、ナイスよアイ! 一点を撃ち抜ける!」
そこには、拘束魔法が効きづらくなったことで即座に装備を換装したカイゼが、杖を構えていた。
「これで……砕け散りなさい! ――【ライトニング】!!!」
天から振り落とされた落雷は、アイが打ち込んだ光の矢を避雷針として吸い込まれ、ヒビの内部へと全エネルギーを叩きつけた!
すさまじい雷撃の爆発とともに、ボスの暴走回転がピタリと止まり――今まであらゆる攻撃を弾き返してきた絶対防御の甲羅が、ついに木っ端微塵に砕け散った!
「「「「うおおぉぉぉぉぉぉぉーーーーっ!!!」」」」
無敵を誇った甲羅の破壊に、浜辺全体から割れんばかりの歓呼の声が上がり、士気は最高潮へと達する!
……だが。
壊れた甲羅の下からヌバッと姿を現したものによって、その希望は一瞬にして絶望へと塗り替えられることとなる。
レイド制限時間――残り、10分。
甲羅の鎧を脱ぎ捨てた「ボスの真の姿」が解き放たれ、戦場は更なる混沌と絶望の渦へと叩き落とされるのだった。




