潮騒に吠える その2
「さて、カイゼとクレタちゃんは上手い具合に火力を出しくれてるね」
横目でド派手な魔法が飛んでいるのを見ながら、レイは【理の再記述】を使用するため、最前線で立ち回っていた。
「完全な戦闘状態じゃないと使えないの、ほんと不便ね。まぁ、後ろでこそこそしてるだけってのも性分に合わないし!」
レイはスカーフをなびかせて敵の巨体を攪乱しながら、流れるような手つきでボスのシステム・プロテクトを突破していく。
ものの数分でセキュリティを解き明かし、展開されたステータス画面を確認した瞬間、レイは目を見張った。
「なにこのステータス……!? レイドモンスターだから高いとは思ってたけど、想像以上じゃない……!」
その圧倒的な数値は、今まで戦ってきたエリアボスとは桁が何個も違っていた。カイゼの規格外の雷魔法をもってしても、全体のHPから見れば大して入っていないことが分かってしまったのだ。
「これ、どうすっかね……。どのステータスを削っても雀の涙すぎるし……。とりあえず時間を稼ぎたいから、少しでも火力を下げておくか」
そう考えて攻撃力ステータスを引き下げた、その瞬間――ボスの動きに明確な変化が起きた。
今まで近くにいるタンクたちを巨体で押し戻し、遠距離から魔法を打ち込んでくるプレイヤーたちへ向かっていたボスが、露骨にレイの方へと頭を向けたのだ。
「あれ? こっち向いた……!?」
次の瞬間、ボスが大口を開けると、空間を裂くような巨大な「水流ビーム」が解き放たれた!
ドゴォォォォォォン!!!!
ビームが通過した後の浜辺は地形が深くえぐれ落ちており、その圧倒的な威力を物語っていた。
「あ、あれ、レイさんに向けて撃ってないですか!? 大丈夫なんですかね!?」
「そうだね……まぁ大丈夫でしょ。それにしても【理の再記述】でも使ったのかな? にしてもすごいヘイトの向き方ね。私たちも相当魔法でダメージを与えてるはずなんだけど」
激しい水しぶきが上がった場所を確認すると、赤い残光を引いて飛び退くレイの姿が見えた。
「あっぶねー……! なんちゅう攻撃してきてるのよ……! てか、【理の再記述】で干渉したのが原因ね!?」
HP回復ポーションを煽りながら、目の前の赤いウィンドウを確認する。
「完璧に避けたと思ったのに、衝撃波の余波だけでHPがほとんど持ってかれたわ……。これは攻撃力を下げてる場合じゃないかもね」
レイは赤ウィンドウを睨みながら頭を回転させる。
幸い、ステータスへ直接干渉しなければ、先ほどのような攻撃はしてこないようだ。
(さっきからゆっくり移動してるだけだし……もしかして機動力をさらに下げれば、まともに移動できなくなるんじゃない?)
レイは次の攻撃が来ることを警戒し、身構えながら再びステータスを操作する。
実際、解析したパラメータの中で機動力だけは、他のステータスより明らかに低く設定されていたのだ。
迫り来る水流攻撃をギリギリで回避しながら、機動力ステータスを減らしていく。
攻撃が来ると分かってさえいれば、初速を高めて動くことで、ダメージを喰らっても軽傷で済ませながら作業を進められた。
そうして、戦闘開始から20分が経過した頃――【潮砕きガメラドン】はほとんど身動きを取れなくなり、その場から移動しない状況まで持ち込むことに成功した!
「さっきから、あのボスがほとんど動かなくなったぞ!」
「みんなの魔法が効いてるんだ!」
「あと一息だぞーーっ!!」
浜辺のあちこちから希望に満ちた声が響き始めたが、レイはそれが見当違いであることを察していた。
(やっぱりHPはほとんど削れてないわね……。今までも格上と戦ったことはあるけど、あいつは規格外すぎて並の攻撃じゃ1ダメージも入ってないみたい。あの頑丈な甲殻をなんとかしないと無理でしょうね……)
並の格上ならばかすり傷程度のダメージは通ったが、このレイドモンスターは生半可な攻撃を無効化し、さらに60分という時間制限まで存在しているのだ。
それでも「機動力を削ぎ、街を守る」という第一目標はある程度達成できたため、レイは一旦後方で待機していたオニオンたちのもとへ合流した。
「おっ、お疲れ様!」
そこには、激しい戦場とは思えないような「お茶会」の光景が広がっていた。
「……こっちが死ぬ気で苦労してる中、なに呑気にお茶会開いてるのよ……」
「ヤバくなったら参戦するつもりだったけど、暇だったからさ。私が作った料理を食べてもらってたんだよ。途中の水流ブレスは圧巻だったけどね!」
バスタが楽しそうに笑う。どうやら仲間のプレイを観戦しながら談笑していたようだ。
「……あんたらも前線に出せばよかったわ。まぁ目的は達成したし、これで時間切れになるまで耐えれば良いんじゃない?」
「あのモンスター、その場から移動しなくなったけど……機動力を奪ったのね? 相変わらず狂った性能してるわね、レイのそのスキルは」
「オニオンさん、自分もそう思うっす! 今度のイベントまでには対策を考えないとっすね。……あっ、バスタさん、これも美味しいっす!」
アレックスもすっかり馴染んでいるようで、レイも一仕事終えたとばかりにお茶会に参加しようとした。
その時――アイが何かに気づいた。
「ねぇ……あのモンスター、何かヘンだよ?」
見てみると、ボスは甲羅の中に手足や頭を完全に引っ込め、丸くなって固まっていた。
「動けなくなったから、防御姿勢を取ってるだけじゃない?」
バスタが飲み物を差し出しながら呟いたが、その甘い推測は直後に砕け散ることになる。
【潮砕きガメラドン】の周囲は異様な雰囲気となっていた。
その場から移動しなくなったのを良いことに、近接職たちが群がって攻撃を仕掛けていたが、手足が引っ込んだ甲羅はもはや攻撃が通るどころか、あまりの固さに武器の耐久度を大幅に奪い破砕してくる凶器と化していた。
「……なぁ、あの甲羅から『水』が噴き出してないか!?」
「水ブレスを使ってたくらいだし、別におかしくはないんじゃない?」
「いや……手足の穴という穴から、すごい勢いで水が噴き出してるぞ!? だんだん勢いが増してきてないか!?」
「アカン!! どんどん水の量が増えてる! 急いで離れろーーっ!!」
すぐに察して距離を取れた者は幸運だった。
【潮砕きガメラドン】が噴出する大量の高圧水流は自らを猛烈に回転させ始め、巨大な水流のコマと化した!
そしてその回転速度のまま、砂浜を縦横無尽に猛スピードで突進し始めたのだ!
ドガガガガガガガガッ!!!!
逃げ遅れたプレイヤーたちは、軽戦士も頑丈なタンクも関係なく突進に巻き込まれ、一瞬でポリゴンとなって消滅していった。
回転の勢いは全く衰えず、浜辺にあるものを手当たり次第に粉砕しながら暴れ回る!
「おいおいおい! どうすんだよあれ……!?」
「無理だろあんなの!? 帰ろうぜ……!」
「ちょっとバスタ、私たちが頑張ってるのに帰ろうとしないでよ!」
激しい回転音の中、魔法を撃っていたカイゼとクレタも合流してきた。
「あれ、一体なんなんですか!? 私たちが魔法を撃ちすぎたのが原因ですかね!?」
「それは違うと思うわ。機動力を低下させたことで発動した特殊行動か、時間経過によるフェーズ移行ね。……どちらにせよ、このままじゃ街が踏み潰されるわ!」
「そうは言ってもなレイ、あんな暴走モードに入られたら、私たち前衛職は手が出せないぞ」
オニオンの言葉に、全員が険しい表情で黙り込む。
「それでも何とかしないと街がやばいしな。今はまだ浜辺のプレイヤーを追っかけてるみたいだけど……」
ボスの様子を見ると、回転速度はさらに増し、今やその突進スピードはプレイヤーが逃げ切れるものではなくなっていた。
「――それなら、あいつの勢いを止めるしかないだろう!」
レイの後ろから力強い声が響き、振り向くとそこには見知ったタンクの姿があった。
「ブライトさん!? どうしてここに!?」
「アレックスくんから連絡を受けてね、急いで駆けつけたのさ。リナには逃げ回っているプレイヤーへバフを配ってもらって、なんとか生存率を上げてもらっているよ」
「お茶会の時に連絡してたっす! でもブライトさん、あの暴走する勢いを止められるんすか!?」
アレックスが尋ねる。目の前では、止まることを知らない殺戮兵器と化したモンスターが暴れ回っているのだ。
「他のタンクプレイヤーたちと協力して大盾を並べれば、なんとかなるかもしれない。……まぁ、勝算は限りなく低いだろうが、やるしかないだろう!」
確かに、あの暴走する回転突進を正面から止めるのは並大抵のことではない。浜辺にいる全タンクが結集しても、成功率は極めて低いことは目に見えていた。
それでも、やるしかないほどに状況は追い詰められていた。
全員でタンクを集めるために動き出そうとした、その時――
「ブライトさん……あの回転の勢いさえ弱められれば、なんとかなりますか?」
カイゼがどこか葛藤するように胸元を握り締めながら、意を決したような鋭い眼差しで尋ねてきた。
「カイゼさん……そうだね、勢いさえ削げれば、大盾で押し戻して動きを止められる可能性は劇的に跳ね上がる。……だが、そんなことが可能なのかい?」
「……秘密兵器があります。どこまで上手くいくかは分かりませんが……!」
「それでも、やるしかないわね! みんな! ブライトさんの元へ街中のタンクを集めるのを手伝って!」
レイの一声で方針が決まり、全員がそれぞれの目的のために一斉に駆け出した!
更なる渦中の中、町を守るための総力戦が始まろうとしていた。
ほとんど動かない亀を囲んで叩くだけなんて許されるわけがないですよね……




