始まりの森とオリジナルスキル
街の門を抜けると、そこには綺麗に舗装された街道が延びていた。しばらく進むと、鬱蒼とした木々が広がる目的地の森――『始まりの森』が見えてきた。
「この森にヒール草があるのかな。……それにしても、装備の名前といいアイテム名といい、ネーミングセンスのなさは私譲りかぁ」
実は、本条零という人間は絶望的にネーミングセンスがない。過去に自分がリリースしたゲームでも、そのあまりにストレートすぎるネーミングは、一部のファンから愛あるネタにされていたりした。
「まあ、親(開発者)が親なら、子(AI)も子ってことね」
くすりと笑いながら、私は腰の初心者用の剣と盾を構えて森へと足を踏み入れる。
本当ならファンタジーの華である「二刀流」とかをやりたい性分なのだが、何せ今はレベル1の初期状態だ。まずは安定感重視の片手剣と盾のスタイルが正解だろう。
「まぁ、最初のフィールドなんてこんなものよね。ただ、思ったより木々が茂っていて視界が悪いな。不意打ちには気をつけないと」
周囲を警戒しながら歩みを進めていくと、さっそく茂みが大きく揺れた。
飛び出してきたのは、醜悪な緑色の皮膚に、手には使い古された粗悪な石斧を握った小鬼。
「ゴブリンってところかしら。見たところ単体のようだし、変に増援を呼ばれる前にちゃっちゃと片付けちゃいましょう」
ゴブリンはこちらに気づくと、下卑た笑みを浮かべて唾液を撒き散らしながら突っ込んできた。石斧を大きく振り下ろしてくる姿は、VRのリアリティも相まってなかなかのホラー映像だ。
だが、私は冷静にその軌道を見極める。
振り下ろされた石斧のタイミングに合わせ、左手の盾を鋭く弾くように合わせた。
――ガキィン!
小気味いい金属音と共にゴブリンの体勢が大きく崩れる。「パリィ成功」だ。
生じた隙へ吸い込まれるように、右手の剣で相手の首筋へカウンターを叩き込む。クリティカルヒットの確かな手応えが、コントローラーを握る手に伝わってきた。
しかし、さすがに初期装備の悲しさか。首を深く切り裂かれてもなお、ゴブリンの目から闘争の意思は消えていなかった。先ほどの下卑た笑みは消え失せ、今度は怒り狂ったように石斧を滅茶苦茶に振り回して襲ってくる。
「挙動がシンプルすぎるのよ」
そんな大振りの攻撃が私に当たるはずもない。横ステップで易々と回避し、無防備になったゴブリンの胴体を真一文字に一閃。
ゴブリンは短い断末魔の悲鳴を上げると、ポリゴンの光の粒子となって霧散し、いくつかの素材アイテムだけをその場に残した。
「さすがに最初の雑魚敵だし、単調な攻撃パターンだったね。ドロップ素材も大したものはなさそう。石斧そのものが落ちれば、武器屋の店主への良いお土産になったんだけどな」
ひとまず初戦闘の手応えに満足しつつ、私は本来の目的であるクエスト対象を探す。
「さて、ヒール草はどこかな……あ、あれか」
少し探索すると、群生しているそれらしき薬草を発見した。近寄って手に取ると、視界に『ヒール草』の文字が浮かぶ。この手の回復アイテムの素材は、いくらあっても困るものじゃない。私は目の見える範囲にある分をすべて貪欲に採取した。
採取を終え、ふと森の奥へ視線を向けた時、奇妙な違和感に気づいた。
不自然に何本もの巨木がなぎ倒されているのだ。
普通の森ならただの倒木で済ますところだが、私は自分の「ゲームクリエイターとしての勘」を信じることにした。
「これは絶対、何かイベントがあるやつ……! 武器屋の店主は『森の浅いところなら大丈夫』って言ってた。ってことは、裏を返せば『奥にはヤバいのがいる』ってことよね」
そろそろ広場の団長の演説も終わり、多くのプレイヤーがこの森に押し寄せてくる頃だ。そうなれば、このエリアもすぐに芋洗い状態になる。
もしこの奥に強力なボスモンスターが隠れていて、そいつが美味しいお宝を隠し持っているなら――他のプレイヤーが来る前に独り占めして、鮮烈なスタートダッシュを決めてやる。
私はフフッと好戦的な笑みを浮かべ、倒木が続く森の奥へと走り出した。
奥へ進めば進むほど、破壊された木の傷跡は新しく、速度も増していく。
その時、前方からドタドタと足音が聞こえた。構えた私の前を通り過ぎていったのは、なんと3体のゴブリンだった。だが、彼らは私に目もくれず、一心不乱に、何かから必死に逃げるように走り去っていく。
「……いよいよ、この先に『本命』がいるみたいね」
ゴブリンたちが逃げてきた方向へとさらに進む。
足元から、徐々にズシン, ズシンと地響きが伝わってきた。最初は自分が走っている振動かと思ったが、違う。地面そのものが、巨大な足音によって震えているのだ。
「これは……地震? いや、やっぱりこの奥に何かいる」
足音を殺し、慎重に茂みから顔を出すと、それはすぐに発見できた。
遠目からでもはっきりとわかる、圧倒的な質量。
全長はおよそ10メートルほど。その巨体に見合った巨大な丸太のような棍棒を肩に担ぎ、顔の真ん中には、らんらんと輝く巨大な「一つ目」が据えられている。
「サイクロプス、か……」
レベル1のプレイヤーが遭遇していい相手ではない。
私が引くべきか戦うべきか、一瞬脳内で天秤にかけたその時、近くの岩陰に隠れていた別のゴブリンたちがサイクロプスに見つかったようだった。
逃げられないと悟ったゴブリンたちは、ヤケクソ気味に石斧を構えて3方向から一斉にサイクロプスへ飛びかかった。
だが――その後の光景は、あまりに一方的だった。
ゴブリンたちの決死の斬撃は、サイクロプスの強靭な皮膚に傷一つ付けられない。サイクロプスが鬱陶しそうに棍棒をひと振りすると、風圧とともにゴブリンたちは一瞬で叩き潰され、ポリゴンのチリとなって消滅した。
「さて、どうするか……」
幸い、あいつはまだこちらに気づいていない。
まともに戦えば、あのゴブリンたちの二の舞だ。刃が通るイメージが湧かない。だが、ゲーマーの鉄則として、サイクロプス系統のモンスターの弱点は、間違いなくあの巨大な『一つ目』だ。
どうアプローチするか悩んでいると、サイクロプスは暴れて満足したのか、大きなあくびをしてその場にごろりと横たわった。どうやら眠り始めるつもりのようだ。
「……チャンス」
巨体のまま立たれていては、初期の跳躍力ではあの一つ目まで刃が届かない。だが、横になって寝てくれるなら話は別だ。この森に天敵がいないからこその無防備な挙動。完全にAIの調整の隙を突いている。
私は足音を完全に消し、深く眠りに入ったサイクロプスの顔の前まで肉薄した。
「悪いけど、これがゲームの弱肉強食ってやつよ。無防備に寝ていた自分を恨みなさい」
まずは挨拶代わりに、剣をその顔面へ振り下ろす!
流石にこれだけではかすり傷程度だったが、サイクロプスは驚いてカッと大きな目を見開いた。その瞬間、私は極限まで集中力を高める。
無防備に剥き出しになった、巨大な一つ目。そこへ向かって、私は初心者用の剣を全力で突き刺した!
「よし! 決まった!」
グシャリという嫌な生々しい手応えとともに、サイクロプスのHPバーが大きく跳ね上がって削れる。狙い通りの特大クリティカルダメージだ!
――しかし、それでもボスのHP削りキレてはいなかった。
「嘘、これでも削りきれない!? さすがに初期装備じゃ火力が足りなかったか……!」
一つ目から剣を引き抜き、即座に後退する。
サイクロプスは目を潰された激痛に咆哮を上げているが、予想に反して、悶え苦しんで動きを止める気配がない。それどころか、両手で持った巨大な棍棒を、ピンポイントで私のいる位置へ向かって正確に振り下ろしてきた!
「うわっ、危ない!?」
寸前でバックステップを繰り出し、地面を粉砕する一撃をかわす。私はそのまま一目散に森の出口へと逃走を開始した。苦しまぎれの盲目攻撃なら、距離を取って走れば振り切れるはず――そう思った私の考えは、あまりに甘かった。
背後から迫る凄まじい地響き。
サイクロプスは、まるで私の位置が完全に見えているかのように、最短距離で猛追してくる。
「なんでこっちの位置がわかるのよ!? 目は確かに潰したはずでしょ……!」
背後をチラリと確認するが、あいつの目は間違いなく潰れて血が流れている。なのに、一切の迷いなく私を追い詰め、正確に攻撃を繰り出してくるのだ。それらを死に物狂いでかわし続けていると、突然、サイクロプスが足を止めた。
「……諦めた? いや、まさか……!」
脳裏にある最悪の可能性がよぎる。
ゲーマーなら誰しも「サイクロプスは目が弱点」という固定観念を持つ。あのAIたちは、それを逆手に取ったのだ。
【一つ目を潰されると、視覚以外の五感が異常強化され、隙がなくなる】という初見殺しのギミック調整――!
「AIのくせに、なかなか面白い調整するじゃない……!」
感心したのが運の尽きだった。
サイクロプスはその怪力で傍らの巨木を根こそぎへし折ると、大リーグのピッチャーさながらのフォームで、私を目がけて全力でブン投げてきたのだ。
凄まじい速度で回転する大木が、木々の隙間を縫って、私の視界を覆い尽くす。
「ちょっと待って、そんな飛び道――ぐへぇっ!?」
レベル1の初期ステータスで、そんな質量兵器に耐えられるはずがなかった。私の身体は一撃で消し飛び、視界が真っ黒になる。
気づいた時には、始まりの街の教会のベンチの上だった。
「優しき冒険者に、女神の加護があらんことを」
神官NPCのお決まりのセリフが耳に届く。デスペナルティで少し頭がクラクラする中、私はベンチにのけぞった。
「まじかぁ……! あんな理不尽な飛び道具まで持ってるのね。っていうか、あれ絶対もっと後半のエリアに出てくるべき敵でしょ!」
あの規格外の攻撃力、防御力、精度。いくら大振りで隙があるとはいえ、今のステータスではまともに戦って勝せるイメージが微塵も湧かない。
「とりあえず……クエストの報告に行こう」
私はよろよろと立ち上がり、武器屋の方へと歩き出す。しかし、私の思考はすでに、あのサイクロプスを「いかにして倒すか」という攻略法だけで完全に支配されていた。
地道なレベル上げをするべきか、それとも他の街でスキルを整えるべきか。いや、最初の森にそんな時間をかけていたら、すぐに他のプレイヤーにあの大物の存在を気づかれてしまう。
序盤にあんな理不尽な隠しボスがいるということは、倒した時のリターンは計り知れないはずだ。ゲームクリエイターとしての私なら、間違いなく最高のご褒美(限定ドロップ)を用意する。
「AIどもめ、さっそく面白くなってきやがった……!」
ニヤリと好戦的な笑みが戻る。気づけば目の前は武器屋の入り口だった。
今まさに、その扉の取っ手に手をかけようとした瞬間――私の脳裏に、電撃のような閃きが走った。
「……オリジナルスキル」
ログイン直後に確認した、あの項目。普通なら、こんな序盤に作成できるような代物ではないし、作れたとしても大した効果にはならないのがゲームの常識だ。
だが、私はこのゲームの基幹プログラムを組んだ開発者だ。あのAIたちが、私の思考ロジックをベースにこの世界を作ったというのなら。
(もしかしたら、作れるかも…)
それはある意味、ゲームというエンターテインメントに対する冒涜であり、禁忌のチート行為だ。
だが、思いついてしまった。そして、もしそれが可能なら、あらかじめ対策していないAIが悪い。
「ふふ、受けて立つって言ったのは私だしね」
私は武器屋に入るのをやめ、人気のない薄暗い路地裏へと身を隠した。
空間にシステムウィンドウをいくつも展開していく。
私の指先が、空中にある仮想キーボードの上を、目にも留らぬ速さで踊る。まるで超高速でプログラミングのコードをタイピングしていくかのような動き。
極限の集中状態で、どれほどの時間が経っただろうか。およそ10分が経過した頃、私の脳内に、厳かなシステムアナウンスが鳴り響いた。
『――オリジナルスキルの構築に成功しました』
『スキル〈理の再記述〉を取得しました』
私はふぅ、と熱を持った息を吐き出し、構築されたスキルの詳細を確認する。
「オリジナルスキル、〈理の再記述〉……」
画面に表示されたその効果は、まさに私の想像通り――いや、想像以上のものだった。
路地裏の暗がりの中、天才クリエイター・レイは、ゾクゾクとするような歓喜に肩を震わせ、高らかに笑うのだった。
----------
モンスター:サイクロプス
本来は中盤以降のエリアに生息する強力な大型モンスター。その巨体ゆえに通常攻撃は届きにくいが、一つ目が最大の弱点。ただし、一つ目を潰されると激昂し、視覚以外の五感が異常強化されるため、かえって隙がなくなるという初見殺しのギミックを持つ。
オリジナルスキル:〈理の再記述〉
それは世界の理に触れる…
話とか設定とか考えるのってこんなに楽しいんですね。
一言でも感想をいただけるとすごく嬉しいです。
楽しんでいただけたら評価もぜひお願いします。




