ロマンに勝るものは無い
釣りを切り上げたレイは、再び【シーサウス】の釣り師ギルドへとやってきていた。
「お、昼間の嬢ちゃん! どうだ、大物は釣れたか?」
「おかげさまで大漁でした! それより……こんなのが釣れたんですけど、何か分かりますか?」
そう言って、レイはインベントリからあの『錆びた歯車』を取り出して見せた。
「こりゃあ……歯車か。今どき珍しいな! 今や魔法で何でも浮かせたり動かしたりできる時代だから、もはやオーパーツだな。だが、海からこんなものが釣れるなんて聞いたことがねぇぞ」
「そうなんですね……。何かこれについて詳しそうな人に心当たりってあったりしますか?」
「すまん! 俺にはさっぱりだ……。気になるなら【センタリア】の情報屋にでも行ってみるといいかもしれんな!」
「ありがとうございます!」
釣り師ギルドを後にしたレイは、本命である【センタリア】の情報屋へと向かった。
相変わらず大賑わいの店内に進み、情報を探しながらカウンターの席につく。
「いらっしゃい! ご注文は?」
「……一番安いやつをください。あと、これについて何か知っていそうな人っていませんか?」
レイは注文と同時に、手のひらの歯車を店員に見せた。
「うーむ……歯車ですか。今じゃ動力は全部魔法で完結してますからね。わざわざ噛み合わせて動かす『歯車』なんて物理機構は、滅多にお目にかかれませんよ。……あぁ、それならこの街の端っこにある『骨董品店』の店主なら、何か知っているかもしれません。あそこのおばあさんは、この手の旧時代のガラクタに目がありませんから。……それと、こちらご注文の品になります!」
店員は青い飲み物と一緒に、骨董品店の位置が記された手書きの簡易地図を差し出してくれた。
「うーん、お使いイベントみたいになってきたけど、向かう先が分かっただけマシかな……」
甘くて青い液体を飲み干したレイは、地図を頼りに街の端へと向かった。
辿り着いた先には、周りの建築から明らかに浮いている、今にも倒壊しそうなボロボロの木造店舗があった。
ギシギシと音を立てるドアを押し開けて中へ入る。
「いらっしゃい……。ウチにお客なんて珍しいねぇ」
店の奥から、どこか怪しげな雰囲気を纏ったおばあさんが姿を現した。
「これについて聞きたいんですけど……」
レイが『錆びた歯車』を取り出すと、店主のおばあさんは目を見開き、食い入るように歯車を見つめ始めた。
「こりゃぁ……珍しいねぇ。こんな本物のオーパーツを見るのはいつ以来だろうか……。しかもこの歯車、表面は錆びついているのに、わずかだが内部に特殊な『魔力』を帯びているね」
「それって、何か珍しいんですか?」
「そうだねぇ。武具などに魔法を付与するのは珍しくないが……こんな歯車のような、ミリ単位の誤差も許されない極小の精密部品に『魔力回路』を直接組み込むのは、現代の魔法理論では不可能なのさ。魔力を込める熱や圧力で、わずかな歪みが生じて機械として噛み合わなくなるからね。……まぁ、今の時代は誰も機械なんて作らんがね」
「じゃあ、この歯車は……?」
「完璧さ。錆もわずかだし問題ない。私には【鑑定】のスキルがあるから分かるが、寸分の狂いもない芸術品だよ。……おとぎ話の存在だと思っていたが、実在していたとはねぇ」
説明を聞けば聞くほど、この歯車が途方もないレアアイテムであることが判明していく。
「そんなに凄いレア物なんですね……! この歯車を使って、何か特別なアイテムを加工したり作ったりすることはできるんでしょうか?」
「どうだろうねぇ……私には専門外さね。……だが、一人だけ心当たりはあるよ」
その回答に、レイはパッと目を輝かせた。
「本当ですか!?」
「あぁ。ただ、私も商売人だ。一つ私のお願いを聞いておくれ」
「何でも受けますよ!」
テンションが上がっているレイは即答した。
「ありがとねぇ。ちょっと待っておいで」
奥から戻ってきた店主は、木箱と地図をレイに手渡した。
「これを、始まりの町の郊外にいる頑固者に届けておくれ。手紙も添えてあるからね」
「分かりました! すぐ行ってきます!」
勢いよく店を飛び出したレイは、テレポートスクロールを使って始まり町へと飛んだ。
初期装備の初心者プレイヤーたちで賑わう街並みを抜け、郊外の静かな住宅街へと向かう。
「目的の場所は……ここかな?」
たどり着いたのは、何の変哲もない小さな一軒家だった。
ドアをノックしてみたが反応はない。少し押してみると、鍵がかかっていなかったため、レイはゆっくりと中へ足を踏み入れた。
「だれだぁっ!?」
奥の部屋から、雷のような怒鳴り声が響いた。
「す、すみません! 鍵が開いていたもので……!」
「誰じゃお前は! 何の用があってワシの家に入ってきた!?」
奥から現れたのは、手に巨大なレンチのような工具を握りしめた、頑固そうな見た目のおじいさんだった。
「骨董品店の店主さんから、これを届けるように頼まれまして……」
木箱を差し出すと、男はひったくるようにそれを受け取った。
木箱の中身から取り出した手紙を読んだ瞬間、男の目がカッと見開かれる。
「なになに……『面白いものを持った客を寄こす』だと……? おい! お前、さっきババアに見せたというモノを出してみろ!」
レイが『錆びた歯車』を取り出すと、それも強引に奪い取られた。
「これは……!? おい、どこで手に入れたこれを!?」
「え、あ……海でたまたま……」
「なるほど……! よし、ついて来い!」
男は興奮冷めやらぬ様子で、レイを家の奥へと強引に案内した。
通された部屋は、ネジやスプリング、蒸気パイプなど、魔法が主流のこの世界とはかけ離れた「機械部品」が足の踏み場もないほど乱雑に転がる、壮観な作業場だった。
「ここは俺の工房さ。……自己紹介が遅れたな。俺の名は【ドレッジ】。この大陸で唯一の【機巧師】だ」
胸を張る彼の雰囲気は、先ほどの荒々しさから一転して、職人特有の温かみと情熱に満ちていた。
「レイです、よろしくお願いします。……なんか、雰囲気が柔らかくなりましたね?」
「ガハハ! さっきは作業の最中で気が立っていたんだ、すまんな。ババアからの手紙にも『面白い奴だから面倒を見てやれ』と書いてあったしな」
ドレッジは部屋を見渡しながら、熱っぽく語り始めた。
「今の世界じゃ、移動も攻撃も何でも魔法だ。ここにある機械部品なんぞ『時代の敗北者』扱いさ。……だがな、俺はこんな武骨な機構でしか作れない『男のロマン』があると信じている。そして……お前が持ってきたその歯車だ。こんな精密な部品に一切の歪みなく魔力が宿っているなんて、未知のオーパーツどころか未来の技術だ! ……なぁ、レイ。頼む、その歯車を俺に譲ってくれないか!?」
「何か凄いアイテムを作ってくれるなら良いですよ! でも、店主さんは大丈夫って言ってましたけど錆びてますし、そもそもこの1個しか持ってないんですよね……」
「研究素材として喜んで使わせてもらう! 錆なんぞ俺の技術でどうとでもなるさ。……ただ、1個だけか。無理を承知で頼むが、もっと数を集めてくることは可能か?」
レイは少し考え込んでから答えた。
「……時間をかければ、集めることはできると思います。まぁ、資金も必要になると思いますけど……」
「そうか!……少し待っとれ!」
ドレッジは奥の金庫へ向かうと、ずっしりと重い革袋を抱えて戻ってきた。
「受け取れ! 歯車を気前よく譲ってくれるお前への、先行投資と今後の研究費だ!」
昔、王国の御用技師として蓄えたというその袋を受け取ると、あまりの重さにレイは手首をガクッと下げた。
「えーっと……うわっ!? い、1億G……!? こんなに貰っちゃっていいんですか!?」
「ガハハ! 構わん! 一生分の研究費を金庫で眠らせておくより、久々に心踊るロマンに投資する方が何倍もマシだ! それで、お前さんはこの歯車を使ってどんなものが作りたいんだ?」
レイの脳裏に浮かんだイメージを伝える。
それを伝えると、ドレッジは絶句した後に大爆笑した。
「ガハハハハ! 最高の夢物語じゃねぇか!いいね、最近のやつはロマンが足りないと思っていたがお前さんの考えは素晴らしいな!俺の技術なら絶対に形にしてみせる! ただし、失敗や試作を考えると、かなりの数の歯車が必要になるぞ!」
「任せてください! 頑張って集めてきます! とりあえずこの1個を研究に使ってください!」
「ふん、若造が……言われなくても最高の研究をしてやるさ! 調達は任せたぞ!」
熱い約束を交わし、レイは再び【センタリア】の骨董品店へと戻った。
「店主さん、頼まれていたものは届けましたよ」
「そうかい、お疲れ様。で、どうだったい?」
「店主さんの手紙のおかげで、ドレッジさんにすごく気に入ってもらえました。……あの人を元気づけるために紹介してくれたんですよね?」
「ふん、あの頑固ジジイも老い先短いからねぇ。少しは活気が戻れば良いと思ったのさ」
素直じゃない店主の言葉に、レイは温かい微笑みを返した。
「それと店主さん、ちょっとお願いがあるんですけど……。もし他のプレイヤーがあの『錆びた歯車』を持ち込んできたら、店頭で密かに買い取ってもらえませんか?」
「……ほう? お前さんもなかなかの悪だねぇ。だが、買い取りの元手はあるのかい?」
レイはニヤリと笑うと、ドレッジから受け取ったばかりの革袋(1億G)をカウンターにドンと置いた。
「これだけあれば、他プレイヤーからの持ち込み分も十分買い占められますよね? 価格設定は店主さんにお任せします。……他人に怪しまれない程度に、収集したいんです」
「つくづく悪い奴だねぇ……! いいよ、面白い企みだ。買い取りルートは私が裏で仕切ってやろう。定期的に回収に来なさい」
「ありがとうございます!」
店主にお礼を言い、レイは静かに店を後にした。
「しっかし色々と、とんとん拍子に進んだね、もしかして最初に持ってきた人にフラグが立つタイプだったのかな」
――そしてこの後、新たなる装備を手に入れるため、レイによる執念の地獄の連続釣り作業が幕を開けることを、まだ誰も知らないのであった。




