釣りという名の沼コンテンツ
昼過ぎ、レイはVNOの世界へとログインした。
はたから見ればひどい生活リズムな気もするが、彼女にとってはこれが基本であり日常だった。
「さて、今日はどうしようかな……。東の方のエリアに行ってみてもいいけど、とりあえず面白そうな情報がないか探してみようかな」
そう呟き、レイは【センタリア】の情報屋の扉をくぐった。
店内は、平日の昼間だというのに相変わらず大勢のプレイヤーやNPCでにぎわっていた。
「ここ、いつも賑やかだね。ていうか、この街の門番モンスターも結構強かった気がするけど、みんな普通に倒して入って来れるもんなんだね……」
「お客様! それはこの街まで来られる方は基本的に手練れですし、皆さんパーティーを組んでいらっしゃいますからね。お客様のようなおひとりの方は、滅多にお目にかかりませんよ!」
「……うぐっ」
カウンターのNPC店員の明るい言葉がどこか心に突き刺さるが、確かにしっかりパーティーを組んで挑めば勝てる難易度なのだろう。
「それより、何かご注文なさいますか!?」
「そうですね……」
ライカとコンコルディアでクエストを何個かこなしたため多少の所持金はあるものの、相変わらず金欠には変わりなかった。
「……この店で一番安いやつをください」
「かしこまりました! ちなみに金欠でお困りでしたら、【カーニバリア】にあるカジノや、【シーサウス】で釣りなどをしてお金を稼ぐ冒険者様をよくお見かけしますよ! ご参考までに!」
「ありがとう、考えておくよ」
(カジノか……ものすごく興味はあるけど、行ったら間違いなく帰れなくなる……)
レイはリアル・ゲーム問わず、大のギャンブル好きだった。
過去にはちょっとばかりお金を使いすぎて冷や汗をかいた経験もある。(なお、彼女の「ちょっと」は一般的な大金である)
(となると……『釣り』か! 私がゲームを作る時も、低確率でレアアイテムや宝箱が釣れるように調整するの大好きだったし、ちょっとやってみようかな!)
そう思い立ったレイは、飲み物を飲み干して【シーサウス】に向かうことにした。
ちなみに届いた一番安い物は、青色の甘い謎の液体だった。
「さて、それじゃあ釣りに行きますか!」
テレポートスクロールを取り出し、港町【シーサウス】へと移動する。
昨日ブライトたちと訪れた時はあまりじっくり見ていなかったが、改めて見回すといかにも港町といった潮風感じる美しい景観だ。
街を散策していると、巨大な魚と釣り竿の看板が掲げられた一際目立つ建物が見えてきた。
「絶対ここが釣り師のギルドだね。せっかくだし転職して、本格的に釣ってみるか!」
扉を開けて中へ入る。
店内には香ばしい潮の香りが漂い、いかにも海の男といった体格の良いNPCたちが溢れていた。
「おう、嬢ちゃん! 釣り師志望かい?」
「そうです! 釣り師になりに来ました!」
「そうか! 大歓迎だ! それなら早速これを渡しておこう!」
威勢の良いギルド長風の男が、どこからか古びた釣り竿と転職用の書類を持ってきて手渡してくれた。
「これは俺からの餞別だ! もっと良い釣り竿が欲しければ、うちのギルドで買うか、街の釣具店に行けば良いものが売ってるぞ!」
「ありがとうございます!」
「それから、この街で釣る際のルールだが……『釣れたものは、それが何であれ自分で責任を持って処理すること』だ! まぁ、周りの奴らも協力してくれるとは思うがな!」
「えっ……それってどういう……?」
「ガハハハ! それ以上は実際に釣って確かめるんだな!」
豪快に笑う男はそれ以上教えてくれなかったが、創世主としての感性を持つレイには何となく意味が分かった。
(宝箱やレアアイテムが釣れたら独り占めしていいってことと……多分モンスターが引っかかってそのままバトルになるんでしょうね)
納得したレイは転職手続きを済ませ、釣り師ギルドを後にした。
「流石にこの初期のぼろい釣り竿じゃ、大したものは釣れないよね。持っているお金で少しでも良い道具を買おう」
そのまま街の釣具店へと向かった。
「いらっしゃい。どんな道具をお求めかな?」
「今持っているこの所持金で、一番良いやつを買いたいです!」
所持金ウィンドウを見せると、店主は顎に手を当てて考え込んだ。
「なるほどね……それなら、この一式なんてどうだい?」
店主が奥から出してきたのは、そこそこ品質の良さそうな釣り具一式だった。
「これってどれくらいの性能なんですか?」
「そうだね、この店の中では真ん中くらいの性能さ。……ただ、私個人のおすすめは、多少性能が落ちてもこっちかねぇ」
店主が指さしたのは、最初に提示されたものより少し品質の落ちる釣り具セットだった。
「こっちの方が品質が低そうですけど、何か理由があるんですか?」
「このルアーが特別でね。『魔力』で作られたルアーになっていて、ほぼ無限に耐久度を気にせず使えるのさ。性能自体は少し控えめだが、本気で釣り師として長く楽しみたいなら、餌代もかからないこっちの方が圧倒的にお得じゃろう」
その提案はレイに非常に魅力的に映った。
(餌代やルアー消費がゼロで半永久的に釣れる……! 長期的に見たら圧倒的にこっちの方がコスパ最強じゃん!)
「それ、買います!」
「毎度あり!」
購入した仕掛けをさっそく装備し、海辺の防波堤へと向かった。
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【普通の釣り竿】
特に目立った特徴のない、標準的な木製の釣り竿。
【魔力のルアー】
魔力によって自動生成されるルアー。
耐久度が減らず、半永久的に使用可能。
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「さて、早速釣ってみますか!」
防波堤に立ち、勢いよく竿を振る。ルアーが美しい放物線を描いてポチャンと海面へ落ちた。
周囲を見渡してみると、同じように防波堤で竿を出しているプレイヤーが大勢いた。
魚を釣り上げる者、木箱や宝箱を引き揚げて歓声を上げる者、そして予想通り巨大なカニ型モンスターを引き上げて「うわぁぁ誰か助けて!」と戦闘を始める者など、実に賑やかだった。
(うーん、私のにも早く引っかからないかな……。過去にほかのゲームを作った時も、釣りはロマン重視でレアアイテムを仕込んでたし、アジーンたちもきっとその思想を継承してるはず!)
自分が開発に携わっていた頃、低確率で超レア装備や特殊な消費アイテムが釣れる浪漫仕様を入れていたのを思い出す。
当時は「ゲームバランスが崩壊する!」と一部から言われもしたが、レイ自身がこういう「一獲千金の運要素」が大好きなのだ。ギャンブルにハマった一因でもあるのだが。
そんなことを考えていると――クククッ!と竿先が激しく沈み込んだ!
「来たっ……!」
レイはグッと足を踏みしめ、力任せに釣り竿を引き上げた!
「何が釣れたかな……? ――って、うーん……特にレアでもない魚かぁ。バスタにでもあげて料理してもらうか」
その後も気長に竿を振り続けたが、釣れるのは普通の魚ばかりで、大したものは引っかからなかった。
「まぁ、釣りなんてこんなもんよね。気長にやりますか!」
レイは防波堤に腰を下ろし、静かに海を眺めながら釣りに没頭していった。
――数時間後。
「はぁ……全然良いものが釣れないなぁ……」
気づけばかなりの時間が経過していた。インベントリの空き枠は魚で埋め尽くされ、空は綺麗に茜色に染まり、日が沈みかけている。
(そろそろ一旦切り上げて、ログアウトしようかな……)
そう思った矢先――ガツンッ!!と、これまでとは比較にならない重厚な手応えが竿を襲った!
「うわっ!? 重い……っ! 最後の最後で大物来ちゃった!? よいしょっと……!!」
レイは全身の筋力を総動員し、強烈な引きに耐えながら一気に竿を跳ね上げた!
ザザァン!!と海面が割れ、空中に飛び出したのは――見たこともない謎の金属オブジェクトだった。
ポンッと手元に落ちてきたそれを確認し、レイは驚愕とともに首を傾げた。
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【錆びた歯車】
長年月、海水にさらされていたため錆びついている金属の歯車。
哀愁すら漂う無骨な姿だが、その奥底からかすかに『魔力』を感じる。
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「なにこれ……? てかあの手ごたえで手のひらより小さいし、他のプレイヤーが釣ってるのも見たことないし、レアアイテム……?」
金属の質感を確かめながら呟く。
空もすっかり暗くなってきたため、レイは一旦ここで釣りを切り上げることにした。
大量に溜まった魚の処理に悩みつつ、町へ戻る足取りの中で考えを巡らせる。
この『錆びた歯車』の用途はサッパリ分からなかったので、情報屋にでも行って調べてみようと決めた。
――ただ、この何の変哲もない小さな歯車が、レイを更なる「釣りの深い沼」へと引きずり込む決定打になることを、この時のレイは知る由もなかったのである。
釣りが楽しい系のゲームって意味もなく釣っちゃう……テラリアとか……




