筋肉は鋼鉄でできていた
ここは、無数のホログラムやシステムウィンドウが果てしなく浮遊する特殊空間。
VNOの裏側で、管理AIたちが日々作業に追われている場所である。
「はぁ……マスター、攻略早すぎだし……」
ドヴァーは無数のモニターに映し出されるレイの攻略映像を見ながら、あきれ顔で呟いた。
「あれ~?アジーンはいないの~?」
空間の隙間から、どこか伸びやかな声を上げてトリーが姿を現した。
「トリー、お疲れ。アーちゃんは今席を外してるよ」
その言葉に、トリーも何やら察したようにクスッと笑う。
「アジーンも楽しんでるね~! で? 接触できたの~?」
「いや、まだその勇気がないのか直接は会えてなさそうだし。でも、知り合いには接触してるみたいだよ」
「あはは、チキンだね~! これはまだまだ先が長そうだね~」
お互いに顔を見合わせ、肩をすくめて笑い合う。
「それにしてもマスターの攻略、かなり早いね~! このままだとあっという間に進んじゃうんじゃない~?」
「それに関しては大丈夫だし! イベントを定期的に開催するし、マスターの興味を引くコンテンツも色々用意してるからね!」
「確かにね~!【カーニバリア】のカジノもあるし、【シーサウス】にもきっと気に入る要素を用意してあるもんね~」
「そうだし! どうせマスターのことだから、カジノに入ったら速攻でギャンブルにのめり込むに決まってるっしょ!」
「「フフフフ……」」
二人のAIは、モニターの前で悪い顔をして笑い合うのだった。
――そんなAIたちの悪巧みなど露知らず。
リアルの諸々の予定を済ませたレイは、VNOの世界へとログインしていた。
「おっ、レイか。お疲れ!」
ギルドホームの広場で、大剣を担いだライカが出迎えてくれた。
「ライカ、お疲れ様。他の人は?」
「まだ来てないみたいだな。まぁ平日はみんな仕事だからこの時間は厳しいだろ。私は自営業みたいなもんだから、時間に余裕があるんだがな」
「確かにね。さて、どこか冒険にでも行く?」
「それもいいが……レイ、確か鍛冶師だったよな? 作ってほしい装備があるんだが、いいか?」
「え? 全然構わないけど……素材はあるの?」
そう尋ねると、ライカは何やら含みのあるニヤリとした笑顔で、ポーチから鉱石を取り出して手渡してきた。
それは見るからにボロボロでヒビが入り、武具の素材にはまったく向いていなさそうな代物だった。
「なにこれ……【粗製鉄鉱石】? 一応装備の形にはできると思うけど……性能は最低だし、多分一発で壊れるようなのしか作れないよ?」
「いや、むしろ『一瞬で壊れる装備』が欲しいんだ」
その発言から、ライカが何か良からぬことを企んでいるのは分かったが、何を考えているのかまでは読めなかった。
「……まぁ、ライカが良いならいいけど。すぐ終わると思うけど、見ていく?」
「頼んだ手前だしな。見させてもらうさ」
二人はギルドホーム内の鍛冶場へと移動した。
「でさ、こんな脆い装備を使って何を企んでるの?」
レイは金槌をカンカンと振り下ろし、作業を進めながら問いかける。
「おいおい、見て分からないのかよ?」
そう言うと、ライカは自身の鍛え上げられた肉体――圧倒的な筋肉を見せつけるようにキレッキレのポージングを決めた。
「いや、そんなポーズを取られても全然分からないんですけど……」
「おいおい……マッチョなキャラがやることなんて、昔から一つだろ! まぁ、装備ができたら見せてやるさ」
そんなコミカルなやり取りをしているうちに、あっという間に装備が完成した。
完成した防具は見るからに粗悪で、装備する衝撃だけで粉々に砕けてしまいそうなほど脆かった。
「はい、とりあえず完成したよ」
「ほんとに早いな! 助かるぜ」
「素材が素材だからね、性能も最低限で作ったからこんなもんだよ。で? 本当に何に使うの、これ?」
「まぁ見てなって!」
そう言うと、ライカはレイから受け取った粗悪な防具を身につけた。
「さぁ……いくぜ! ――ふんぬっ!!!!」
ライカが全身の筋肉に力を込め、限界までマッスルポーズを決める!
すると、身につけていたボロボロの装備は筋肉の張りに耐えきれず、バリァアン!!という激しい音と共に、一瞬で弾けてポリゴンの破片となって飛び散った!
「ちょっとー!? 作ったばかりなのに何やってるの!?」
「まぁまぁ、そう声を荒げるなって! それより実験したいから、庭の訓練場に行こうぜ!」
呆れ果てるレイだったが、好奇心には勝てず、ライカの後を渋々ついて行った。
訓練場に移動すると、ライカが自信満々に仁王立ちした。
「レイ、試しに全力で攻撃してみてくれないか?」
「ここなら味方同士だしPKにはならないけど……手加減はできないから、死んでも文句言わないでね?」
レイは『ヴィントソード』を抜き放ち、一瞬で肉薄。攻撃力に極振りしているライカの耐久力なら一撃で沈むはず――そう思いながら、全力の一閃をライカの胸元へ叩きつけた。
ガンッ!!!!
「っ!?」
鈍い金属音が響き渡る。
しっかり手応えはあったはずなのに、まるで巨大な硬質鋼鉄の塊を斬ったかのように、レイの手首に強烈な衝撃が跳ね返ってきた。ライカのピンピンしていた。
「なにこの手応え……!? ダメージが全然通ってない!?」
「よし! 実験成功だ!!」
ライカは豪快に笑い声を上げた。
「で……? 一体何をしたのかな……?」
レイがジト目で詰め寄る。
「オリジナルスキルを作ったのさ! 思うような結果になって大満足だぜ!」
「オリジナルスキル!? どんな効果なのそれ?」
「まぁ待て。とりあえず名前は【鋼鉄の肉体】ってところだな。効果としては、自らの肉体を一時的に超硬化させるスキルだ」
「いや、それだけじゃあの異常な硬さの理由が分からないんだけど……」
「そうか? 細かい手順としてはな……まず、ポージングで身につけている防具を意図的に破壊する!」
「色々ツッコミたいけど、まぁいいや……続けて?」
「で、破壊した防具の防御力と、自分の攻撃力ステータスを一時的に『防御力』へと一括変換して、文字通り鋼鉄の肉体を手に入れるってワケだ!」
「……なにそのスキル、めちゃくちゃ強くない!?」
レイは創世主としての視点からも、その破格のパラメータ変換効率に目を丸くした。
「どうだろうな……文字通り『自分の肉体』にしか判定がないから、頭部には補正は一切乗らないし、防具の効果もなくなる。効果中は武器と素の肉体だけで戦わなきゃならんからな。デメリットもデカいぞ」
「なるほどね……それにライカはHPステータスを伸ばしてないから、貫通攻撃とかには弱そうだけど……初見殺し性能はヤバいね」
「だろ? いきなり防具が弾け飛んで体が鋼鉄になったら、相手も混乱するはずだ!」
想像するとあまりにもシュールな絵面だが、対人戦でのプレッシャーは凄まじそうだとレイは納得した。
「さて、ライカも凄まじいオリジナルスキルを作ったことだし、これからどこか行く?」
「みんながいない間にあんまり先に進みすぎても悪いしな。レベル上げでも行くか!」
「いいね! 今度ギルド対抗イベントもあるみたいだし、鍛えておこうか」
「決まりだな! じゃあ【コンコルディア】でクエストでも受けるか!」
二人はコンコルディアへ移動し、ギルドの掲示板からいくつかの討伐クエストを受注してこなしていった。
――数時間後。
「ふぅ、かなりレベルも上がったね!」
「そうだな! しっかし、そこまで手強いクエストはなかったな」
効率よくクエストを回した結果、レイのレベルは『21』、ライカのレベルは『18』まで上昇していた。
「まぁね~。またガーゴイル級の鬼畜依頼があれば一気に上がったんだろうけど」
「おいおい、さすがにそんなのが何度も町周辺に出たら、コンコルディアが滅びちまうよ!」
「あはは、確かにね!」
二人はそんな冗談を言い合いながら、夜の街を楽しく歩く。
「さて、そろそろ良い時間だし私はログアウトするが、レイはどうする?」
「私も今日は色々あって疲れたし、一緒にログアウトしようかな」
「じゃ、またな!」
「お疲れ様~!」
二人は手を振り合い、夜の街の中でログアウトしていった。
これこそまさに鋼の肉体!




