闘技大会 その1
「おっ、カイゼ。ちょうど戻ってきた感じ?」
「そうだね! 闘技大会のほうはまだ予選の真っ最中みたいだし、ちょっと見ていかない?」
「そうだね。本戦に上がってくるライバルたちの実力も見ておきたいし、行ってみようか」
お互いに、直前の個人練習で手に入れた「秘密兵器」のことはあえて口に出さず、二人は並んでコロッセオの一般観覧席へと向かった。
今回の予選は、広大な複数の特設リングに分かれて行われる大規模なバトルロイヤル形式だった。それぞれの会場で生き残った上位14名だけが、栄えある本戦トーナメントへと進出できるルールだ。
「私たちはシード枠だから本当に楽だね。予選のバトルロイヤルでレイと潰し合うのだけは避けたかったし」
「それはこっちも同じかな。余計な手の内をバラし合う必要もないしね」
すでに本戦出場が決まっている二人は、気楽なスタンスで予選の乱戦を眺めていた。
「……流石に、私たちと同格のレベルや装備のプレイヤーは、この会場にはいなさそうだね」
「だね。多少レベルが高そうだったり、まともな装備を持っていそうなプレイヤーも残ってはいるけど……。今の私たちの敵じゃないと思う」
二人がそう分析している間にも、リング上のプレイヤーたちは次々と脱落していき、やがて本戦出場者たちの顔ぶれがすべて出揃った。会場の巨大なスクリーンに、最新のトーナメント表が映し出される。
「どうやら全員決まったみたいだね。お、トーナメント表が更新されたよ」
「本当だ。……よかった、カイゼと当たるのは『決勝戦』だね。そこまで絶対に負けないでよね?」
「それはこっちのセリフだよ、レイ! 私以外のプレイヤーに不覚を取ったら絶対に許さないからね」
「「それじゃあ――決勝で」」
お互いに不敵な笑みを交わすと、二人はそれぞれ割り当てられた選手控室へとテレポートした。
「えーと、本戦のルールは……武器防具の耐久値は毎試合ごとに全回復。使用できるアイテムは運営から支給されたもののみ、か。スタートの合図は、対峙する両者を遮っている透明な結界が下がった瞬間ね……」
レイがシステムウィンドウでルールを細かく確認しつつ、自分の出番を待っていた、その時だった。
地響きのような凄まじい大歓声が、控室の壁を越えてコロッセオ全体を震わせた。
(……今の音、ハルの仕業かな?)
ルール確認を終えたレイが慌ててモニターを確認したときには、すでに試合終了のブザーが鳴り響いていた。
勝者、カイゼ。
会場はその圧倒的かつ一方的な試合内容に一瞬だけ静まり返ったようだったが、直後、割れんばかりの大歓声へと包まれた。どうやらハルは、初戦の相手を文字通り一瞬で消し飛ばしたらしい。この大会が終わる頃には、彼女は間違いなく全プレイヤー注目の的になるだろう。
その後も待機時間の合間に他のプレイヤーの試合を見ていたが、本戦まで残っているだけあって、どのプレイヤーも対人戦の動きは洗練されていた。
だが、ここは良くも悪くもステータスと装備がモノを言うMMOの世界だ。ガーゴイル討伐によってスタートダッシュの域を超えた異次元の強さを得たカイゼの相手になりそうなプレイヤーは、一人として見当たらなかった。
それはレイも同じだった。
そして数試合の後、ついにアナウンスが響き、レイの出番がやってきた。
光の粒子となってコロッセオの中央リングへとテレポートさせられ、対戦相手と対峙する。
相手の頭上に浮かぶプレイヤー名は『カイト』。見たところ、シンプルな片手剣にシールドを構えた、標準的な王道スタイルの剣士だった。初期装備ではないが、そこまでレア度の高い装備でもなさそうだ。
カイトはレイの全身を包む禍々しい漆黒の装備を一瞥すると、緊張を隠すように不敵な笑みを浮かべた。
「……俺が勝ったら、どうやってサイクロプスを倒したのか、その攻略法を教えてもらいますよ」
「あれ? 私がサイクロプスを倒したって、なんで知ってるの?」
「知らないのか? プレイヤーの間じゃもう有名で大騒ぎになってますよ」
なるほど、どうやら自分の知らないところで、すでに相当な有名人としてもてはやされているらしい。少しむず痒いが、悪い気はしなかった。
「いいよ。もし私に勝てたら、知ってることは何でも教えてあげる」
レイがそう答えた瞬間、二人の間を隔てていた透明な壁が消失した。対戦開始の合図だ。
レイはまず相手の出方を見ようと、あえて武器を抜かずに様子見を選択した。しかし、対戦相手のカイトもまた、盾を構えたままじりじりと距離を測るだけで動いてこない。レイの装備から放たれる並々ならぬプレッシャーを察知し、警戒しているのだろう。
「――そっちが動かないなら、こっちから行くよ」
トッ、と軽く地を蹴り、レイは驚異的なトップスピードで肉薄した。
その尋常ではない踏み込みの速さはカイトの想定を超えていたようだったが、流石は本戦出場者、わずかな動揺を即座にかき消し、迎撃のために鋭い鋭角の太刀筋で剣を振るってきた。
レイはそれを、左腕の【魔眼の小盾】で完璧なタイミングで迎え撃つ。
――ガギィン! と小気味よいパリィの光が弾け、カイトの体勢が大きく崩れて無防備な胸元が露出した。
その刹那の隙を見逃さず、レイは腰から引き抜いた【一眼の牙刃】を一閃させた。
ドカァン!! と、クリティカルヒットのエフェクトが派手に炸裂する。
――その、たった一撃で勝負は決した。
カイトのHPバーが一瞬で消滅し、彼は光の粒子となってリングから退場していく。あまりにもあっけない幕切れに、ハルの時と同じく会場は一瞬の静寂に包まれたが、ワンテンポ遅れて、地鳴りのような大歓声がコロッセオを支配した。
「まじか……まさか一撃でやられるとはね。強すぎるだろ……。この大会が終わったら、その装備の秘密、ぜひ教えてくれよな」
控室へと戻る転移の直前、負けたカイトが苦笑しながらそう言い残していった。
「いいよ。といっても、そんなに大したことは教えられないと思うけどね」
その後は順調そのものだった。本戦の人数が減ってきたこともあり、次の試合へ呼ばれるスパンは短くなっていく。
二回戦の相手のプレイヤー名は――『†ブラック・ウィンドウ†』。
「よろしく」
「ふっ……闇の深淵へ消え去るがいい。よろしく」
(あぁ、いつの時代もこういう痛い名前やセリフの人は一定数いるんだな……)と心の中で遠い目をしながら対峙したが、結果は一回戦のカイトの時と全く同じ、一撃のパリィカウンターによる出落ちだった。
一方で、ハルのほうも順調無比に魔法で対戦相手を消し飛ばし続け、無事に決勝へと駒を進めていた。
「あと一勝。私も油断しないでいかないとね」
そして迎えた、準決勝。
対戦相手のプレイヤー名は『ブライト』。
相手の姿は、身の丈ほどもある巨大なタワーシールドを構えた、鉄壁のタンクスタイルのプレイヤーだった。これまでの有象無象とは違い、全身の防具の質も明らかにワンランク上のレア品だと見て取れる。
「よろしく」
「こちらこそよろしく。お互い、悔いのない良い戦いにしよう」
丁寧な挨拶を交わした直後、結界が下りた。
意外にも、先に仕掛けたのは守備型のはずのブライトだった。巨大な大盾を前面に押し出し、強烈な質量兵器と化した【シールドバッシュ】で突進してくる。
レイはその直線的な突進を、持ち前の敏捷を活かして苦もなくサイドステップで回避した。
しかし、ブライトもそれが躱されることは百も承知だったようだ。大盾の死角に隠していた片手剣を、死角からレイの脇腹へと鋭く突き出してきた。
レイはそれを察知し、即座に左手の小盾でパリィを合わせにいく。
カギィン! と金属音が響き、ブライトの体勢が僅かに崩れた。レイはすかさずカウンターの刃を突き立てようとするが、ブライトは流石に準決勝の猛者だ。体勢を崩されながらも、驚異的な反応速度で大盾の角度を変え、レイの攻撃の軌道を器用にいなしてみせた。
「まいったな。そんなに綺麗に動かれると、こちらはお手上げだよ」
「そう? だったら、今すぐ降参してくれる?」
「まさか。勝負はここからだろう!」
ブライトはフッと笑うと、先ほど以上に苛烈な連続突きで攻め立ててきた。レイはそのすべての猛攻を紙一重で見切ってかわすか、小盾のパリィで弾き、そこから的確なカウンターへと繋げていく。
はた目から見れば、それは火花散る互角のハイレベルな攻防に見えただろう。ブライトの攻撃も、レイの攻撃も、どちらも決定打にならずにお互いに攻めあぐねているような、緊迫したシーソーゲームに見えるはずだった。
だが、実際に戦っている当事者たちの内情は、全く異なっていた。
ブライトの心の中には、冷や汗混じりの強烈な焦燥感が渦巻いていたのだ。
(まずい……まずすぎる! なんだあの漆黒のダガーの攻撃力は……! このままじゃ、俺の自慢の大盾の『耐久値』が持たない……!!)
並みのボスモンスターの攻撃を受けても傷一つ付かないはずの、彼が誇る最高品質の大盾。しかし、レイが持つサイクロプス素材のダガーが鋭く接触するたびに、その強固な金属の表面に、目に見えて小さな亀裂がピキピキと刻まれていっていたのだ。
「……まいったな、これが狙い回?」
「まさか! ブライトさんの防御技術があまりにも上手だから、どうやって崩そうか考えてるうちに、先に盾の寿命が来ちゃいそうですね」
「くっ……このままではこちらがジリ貧か!」
盾の破壊を察知したブライトは、それまでの手数を止め、完全に防御一徹のスタンスへと切り替えた。じっと身を潜め、レイが痺れを切らして大振りの攻撃を仕込んできた瞬間を狙う――逆転の最大カウンターを狙っているのは、レイの目にも一目瞭然だった。
だが、レイはそのブライトの狙いを分かった上で、真っ向から正面突破を試みた。
あえて何のフェイントも入れず、大盾の最も分厚い中央部分へ向けて、ダガーを真っ直ぐに突き刺しに行ったのだ。
「――そこだぁぁ!!」
ブライトはその渾身の突きを、あえて真正面から盾の自重を乗せて受け止めた。自身の自慢の大盾を完全に『生贄』として粉砕させる代わりに、レイの体勢を強引にロックし、必殺の一撃を叩き込む――肉を切らせて骨を断つ、決死の相打ち戦術!
バリィィィン!!! と凄まじい破砕音と共にブライトの大盾が粉々に砕け散り、その強烈な押し返しの衝撃で、流石のレイも一瞬だけ大きく体勢を崩した。
その無防備になったレイの首筋を目掛け、ブライトの片手剣が完璧な必殺の軌道で振り下ろされる。
刃は吸い込まれるように首筋へと命中し、クリティカルヒットの赤いエフェクトが派手に飛び散った。
(もらった!! 勝ったぞ!!)
ブライトは勝利を確信し、歓喜に目を剥いた。
しかし――レイのHPバーは、ミリ単位のところで強引に踏みとどまっていた。
(うん、計算通り。悪いけどガーゴイルの攻撃にも耐える防具なんだ。)
レイは首筋に剣を受けた衝撃をそのまま利用して強引に軸足を回転させ、勝利を確信して完全に硬直しているブライトの懐へと潜り込んだ。右手のダガーが、光を帯びて駆動する。
「――【ダブルスラッシュ】!!」
完璧に決まったと思い込み、次の回避行動への意識が完全に切れていたブライトは、そのゼロ距離からの超高速の二連撃を避ける術を持たなかった。
吸い込まれるような鋭い斬撃が彼の胴体を深く切り裂き、ブライトのHPは一瞬でゼロへと書き換えられた。
「ふぅ……。疲れたぁ」
ほかに方法はあったが決勝でカイゼが待っている以上、隠している手の内は見せたくない。早く終わらせたかったためこのような戦法を選んだのだ。
決着後、ブライトは呆然とした様子で、しかし脱帽したように笑った。
「やられたよ……。もしかして、こちらの油断を誘うために、わざと今の一撃を食らったのかい? 君の実力なら、いくらでも避けるなり小盾で弾くなりできただろうに」
「あれ、やっぱり分かっちゃいました? 確かにそうですけど、こうでもしないとブライトさんの鉄壁の防御を崩すのは長引きそうだったので」
「ハハ……完全に一本取られたよ。この大会が終わったら、ぜひその装備について詳しく教えてほしいね」
「ええ、私に分かることでよければ」
こうしてレイもまた、数々の強敵(と中二病)を退け、最愛の親友であり最大のライバルが待つ『決勝戦』の舞台へと、堂々の進出を決めるのだった。
いつの時代も中二病はいると思うんですよね~




