第26話 アーサーとリネット ②
2年前 セレニア公国 公都最終防衛戦――――
「駄目ですテック中隊長! 味方の増援も補給も送れないそうです!!」
「ええーい! ここを突破されれば公都が蹂躙されるというのに!!」
「他の隊への支援要請も間に合いません!」
「第3軍のハロルド将軍からの支援は!」
「ありません! それどころか、将軍は一人で逃亡したそうです!」
「何ですって!? では! 第3軍の状況は!?」
「壊滅、だそうです!」
「………。」
「伝令! 至急伝! 公王陛下より、テック中隊長へ、至急公宮へこられたし! 以上!」
「何!? 今からですか!? 陛下は何を考えて………。」
「中隊長! 行ってください! ここは自分が食い止めます! お早く!」
「分かった! 無理はするな、とは言えんが無茶はするな!」
「了解!」
セレニア公宮 中庭――――
「陛下! お呼びでしょうか?」
「おお、来たかテック。すまんな、本来ならばお前は中隊長などに収まる器ではないのだが。」
「貴族共の横槍ですね、陛下の心中、お察しします。」
「テックよ、そなたに、儂の親友に命ずる。」
「はっ! 何なりと!」
「娘を、我が娘リネットを、探し出して保護してくれ。頼む。」
「リネット様を?」
「うむ、商人に大金を掴ませ、忘却のポーションを使い、リネットの記憶を失わせた。もう既にここを脱出させておる。」
「え!? なぜそのような事を?」
「三柱の女神様からの御神託があったのだ、我がセレニア、そしてリアナ公国、レイア公国の者を、何があっても、手段を選ばず、生き延びさせよ。との事なのだ。」
「しかし、忘却のポーションとは、随分思い切りましたね。」
「仕方なかろう、もうセレニアは落ちる。リネットの記憶を無くし、市井の娘として生きておれば、必ずやセレニアの再興を託せるというものだ。」
「陛下………。」
「テックよ、身分を偽り、他国へと逃れ、生きてここから脱出せよ。よいな。」
「しかし、それでは我が軍の味方が。」
「言うな、時間を稼いで貰わねばならんのだ。許せとは言わん。テックよ、直ちに軍を抜け、平民として脱出せよ。これは、儂からの、親友への、最後の願いだ。」
「陛下、………ご命令、謹んで拝命致します。」
「頼むぞ、テックよ。我が娘を、リネットを。」
現在 ウインドヘルムの町――――
「この方は、ミーナという名ではありません。この方の名は、リネット公女殿下であらせられます。」
テックさんのこの言葉に、周りの人間は一瞬、何が起こったのか分からなかった。
俺もびっくりだ、まさかミーナがリネット公女だったとは、まあ、顔とかよく見れば確かにそっくりではあるが。さて。
状況は沈黙、みんな黙りこくっている。
無理も無い、いきなりそんな事を言われても、誰も付いていけないだろう。
だが、テックさんだけが、真剣そのものといった表情で言う。
「この方は、かのセレニア公国の公女、リネット様なのですよ。」
いや、だから、理解が追い付かないんだって。
みんなは呆然として、テックさんの言った言葉を反芻している。
「セレニア公国という事は、あのローズの侵略戦争で負けた?」
「はい、そのセレニア公国です。そこの公女殿下ですよ。リネット様は。」
俺の言葉を聞き、テックさんは淡々と答えた。
「スピナ、知ってた?」
俺がスピナの方を見て、質問した。スピナも面食らっている様子だ。
「いえ、今初めて知りました。私もセレニアの田舎の村出身で、戦争の時、現地徴用されましたから。でも、テックさんと一緒にセレニア公国を脱出して、今に至ります。」
ふむ、スピナもスピナで色々と苦労があったらしいな。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
お、アーサーが復活した。ここは兄貴として譲れないところがあるのかもしれんな。
「その話、一体何時の頃の話ですか?」
「2年前ですよ、アーサー君。」
「2年前………。」
アーサーは黙って俯き、何か考え込んでいる。
「そうか、そういう事だったのか。」
アーサーは一人、妙に納得している様子だ、何か思い当たる節があるらしいな。
「確かに、2年前、記憶を失った少女を道端で拾ったと親父が言っていた。」
どうやらアーサーにも納得する理由があるらしいな、思い出しながら喋っている感じだ。
「自分の事をリネットと言っていたから、名前だけ憶えているだけで、あとは何も記憶が無かったんだ。」
やはり、そうだったか。
「僕の家が引き取って、その子を育てるって話になって、で、僕の妹として今まで生きてきたんだ。」
ほほう、中々立派な父親じゃないか。記憶が無いってのは辛いだろうからな。
「でもおかしいじゃないか! どうして今、僕の事が分からないんだ!」
ありゃ? そういえばそうだ。何でだ?
俺達が不思議に思っていると、奴隷商のドリスさんが一歩前へ出て、言う。
「そこから先は、私がお話しましょう。これでも商品を管理する奴隷商のオーナーですので。」
こほんと咳払いをし、ドリスさんは静かに語り出した。
「わたくしどもの商会は、貴族様御用達の奴隷商会です。なので、身元のしっかりした奴隷以外、取り扱わないのですが、ミーナに関しては少し特殊でして。」
みんなは黙ってドリスさんの言葉を聞いている、ついさっきの衝撃的な事柄もそうだが、ここで更に新事実を暴露しようとしている訳だ。
そりゃあ、考えが追い付かんわな。俺もちょっと自信無い。
ゲーム知識がある分、余計に頭が回る。一体どういう事なのかと。
なので俺も、黙ってドリスさんの話を聞く事にした。
「ミーナが家に売られて来たのが、1年前。それまで何の取引も無かった、いわゆる「信用の置けない」買い付け人からもたらされた商品でした。」
「なのに、買ったと?」
「はい、まず、金額が安かったのと、御覧の通り気立ての良い娘でしたので。」
「この娘を売りに来たのは?」
「ごく普通の商人風の男でしたよ、もっとも、今となっては怪しい人物であった訳ですが。」
ふーむ、怪しまれない様に気を使った人物からの手土産って訳か。
「普通、売られて来た段階では、隷属の紋章などはこちらで施すのですが、ミーナに関しては既に隷属の紋章が施された段階で売られてきました。」
「怪しいとは思わなかったのですか?」
テックさんが聞き、ドリスさんが声のトーンを落として答えた。
「どう見ても、王族のそれっぽい遣いの手の者と思われます。売りに来た者は。」
王族か、さて、どんな藪蛇話が飛び出すやらだな。
「そこで新たに、隷属の紋章を上書きしようとしたのですが、上手くいきませんでした。」
「上手くいかなかった?」
「はい、どうやらうちで扱うモノより、更に上の上位命令術が施されているらしいのです。」
「それが、王族絡みだと?」
「はい、ほぼ間違いなく。うちはお貴族様御用達の店ですし、滅多な事には動じないのですが、これには流石に冷や汗が出ましたよ。」
貴族以上となると、やはり王族って事になるのか。
「うちに売りに来たのが1年前ですので、その前に何等かの事があったと見るべきでしょうな。」
ふーむ、それがミーナが記憶を無くす事になったという事か? いや、待てよ。
「今ローズ軍が占領しているセレニアは、誰が代官として派遣されてきたか分かりますか?」
「どう言う事ですか? タナカさん。」
「いえ、深い意味はありません。少し気になっただけですから。」
俺のゲーム知識と記憶が確かなら。
「確か、ローズ王国の第二王子、ファイサルだったと記憶していますが。」
テックさんが答え、俺ははっとなった。
やはりな、確かファイサルのスキルは「隷属化」だった筈だ。それでか。
本当の意味でミーナを、リネットを自由にするには、アーサーが「メーカー」のスキルを使う必要があるが、今の時点でアーサーはまだ主人公として覚醒していない。
ならば、ここは俺がこっそり「メーカー」のスキルを使って何とかしなくてはならんだろう。
「ドリスさん、もう一度、隷属の紋章の解除をお願い出来ませんか?」
俺は、どうしても、このままじゃダメな様な気がしていたんだ。
だから。
「お願いします、ドリスさん。」
俺は頭を下げ、ドリスさんに懇願した。
「分かりました、もう一度、解除の術を施してみましょう。」
おお! やったぞ。あとは俺が上手くタイミングを合わせれば、何とかなるかも。




