第25話 アーサーとリネット ①
奴隷商のドリスさんに連れられて、俺達は奴隷商会の執務室へと案内された。
いわゆる商談室ではなく、お客さんとしてではないヤツ。事務的な話をする場。
椅子などは無い、立ち話だ。まあ、当たり前か、事情が事情だし。
今回に限ってはドリスさんの立場が上、俺達はお伺いを立てる方だし。
「で、何があったのですか?」
俺が単刀直入に聞くと、ドリスさんは明らかに不機嫌そうな顔で答えた。
「うちの商品に難癖を付けて、剣を抜いたのですよ。」
「あちゃあ~~。」
やらかしてくれたな、アーサーの奴。
俺はアーサーの方を向き、問いただす。答えによっては力を貸さん。
「何だってまた、こんなデリケートな店で剣なんか抜いたんだよ。」
俺が少し強めに言うと、アーサーは俯きつつも答えた。
「妹が、妹がこの店の奴隷商品になってるかもと思って………。」
アーサーの妹? 確かリネットだったか、ゲームにも登場したな。
あ! そうか、確かリネットは敵に洗脳されていて、それを解放して仲間になるんだったな。
「ブレイブエムブレム」では中盤以降に仲間になる予定だったと記憶しているが。
あれ? 今どの辺りの時系列だっけ?
こういう時は、テックさんに聞けば良い。
「テックさん、ローズ軍がセレニア公国を占領したのって、何時でしたか?」
「去年ですよ、セレニアの王都が陥落したのは。それがどうかしましたか?」
「いえ、すいません。ちょっと気になっただけですから。」
ふーむ、ストーリーが動き出したのが、女神暦987年だから、今は。
「今って、女神暦986年でしたよね?」
「そうですが、一体どうしましたか? タナカさん。」
そう言う事か、俺はゲームのストーリー進行の1年早く、この異世界「正方世界」へ来てしまった訳か。
てっきりゲーム序盤だと思っていたが、俺の勘違いだったか。
じゃあ、アーサーはまだ、主人公として覚醒していない可能性があるのか。
こいつは参った、俺が介入してしまった所為で、ゲーム内の歴史が変わってしまう事がある。と、言う事か。
流石にそれは不味い、もし歴史が変わってしまったら、俺の知っている事が通用しなくなるかもしれないって事だろ。
何とか軌道修正しないと、シャレにならん。
「妹さんの名前は?」
「リネットだ。14歳になったばかりだよ。」
ふーむ、やはりリネットという名前だったか。確定だな。
「何で妹さんがこの店に居るって思ったんだ?」
俺が聞くと、アーサーは苦々しい表情で答えた。
「僕の住んでいた村が、山賊に襲われたんだ。僕はその時、町へ行っていたから知らなかった。」
「山賊か、どこの国でも似た様な事があるのだな。」
ドリスさんが言い、少なからずアーサーに同情している様子だ。
「抵抗する者は殺され、女達は攫われた。その中にリネットも居た筈だ。」
「なるほど、それで攫われた女性達が奴隷商に売られたと思った訳か。」
「ちゃんと調べたよ、山賊とグルになっていた悪徳奴隷商を捕まえて、話を聞き出したから。」
ほう、ちゃんと理由があって行動した訳か。
「それで、僕の妹はウインドヘルムの町の奴隷商に売ったと聞いたんだ。」
「なるほど、それでうちに来て問題を起こしたのか。」
ドリスさんが腕を組み、思案気な態度を執っていると、更にアーサーは言う。
「僕はリネットを取り戻したい、買い戻す為に必死にお金を貯めて、ここへ来たんだ。そしたら、リネットなんて奴隷は知らないと言われて、頭に血が登ってしまったんだ。気付いたら剣を抜いていた。」
ふーむ、一見短絡的な考えだが、自分の妹を助けたい一心での行動だったか。
「だからといって、暴力に出るとは、あまり感心せんな。」
「本当に、申し訳ありませんでした。」
アーサーが頭を下げ、ついでに俺も頭を下げる。ここは礼を尽くすところだ。
ドリスさんは明らかに不機嫌そうな態度だが、アーサーの話を聞いて思うところがあるのか、俺達を「客」として扱うように態度を崩した。
「まあ、そう言う事ならば、今回だけは大目に見ます。今回だけですよ。」
「はい、ありがとうございます。」
「申し訳ありませんでした。」
俺とアーサーが同時に言い、これで、この件は不問に付すとなった。
いやあ、よかったよかった。一時はどうなるかと思ったが、ドリスさんが良い人でよかったよ。マジで。
店で刃傷沙汰とか、シャレにならんからね。しかも主人公が。
「それで、今回のお話はこれで終わりですか?」
ドリスさんが俺達に尋ねると、テックさんが一歩前へ出て話した。
「いえ、我々は違います、購入資金が用意できたので、ミーナを買い付けようと来ました。」
「おお、そうでしたか。ならばお客様として対応させて頂きますよ。」
うむうむ、ようやく本題に入ったか。俺達の目的はミーナだからね。
「応接室へ移動しますか?」
「いえ、ここで結構です。」
一々移動するのも面倒だ、この場で手続きをやってもらおう。
「では、ミーナをここへ!」
「かしこまりました。」
ドリスさんが配下の者に言い、この部屋にミーナを連れて来る事になった。
しばらくして、ガチャリと扉が開く音と共に、ミーナが姿を現した。
「タナカ~。」
トテトテとした足音でやって来て、俺の元へ抱き着いてきた。
「お~、ミーナ。しばらく見ないうちにまた大きくなったな。もう、俺の身長を越えてきたんじゃないか。」
「何言ってんの?」
「ははは。」
俺が話していると、何やらアーサーがプルプルと震えていた。
そして、ガバっとミーナに抱き着き、泣きじゃくっている。
「リネット! リネットお! 無事だったんだね! ああ、良かった! 本当に良かった! リネットおお!」
「な、何だ何だ!? 一体どうしたってんだ!? おいアーサー?」
「リネットだ! この娘が僕の妹のリネットだよ! ああ、リネット!」
この突然の行動に、俺達は面食らってしまい、どういう事か理解に数分要した。
しかし、ここでテックさんがアーサーを強引にミーナから引き剥がした。
「離れなさい! アーサー君!」
「な!? 何だよ? 何するんだよ?」
テックさんのメガネが光り、部屋の空気が凍り付く。
「どうしましたか? テックさん。今の状況を鑑みるに、アーサーの妹がこのミーナって事になると思うのですが。」
すると、テックさんはミーナの事を庇う様な位置取りをして、俺達に話した。
「この方は、ミーナと言う名前ではありません。」
「え? いやまあ、忘却のポーションで過去を忘れているっていうお話は聞きましたが。」
当の本人のミーナも、何が何だか分からない様子だ。いきなり過ぎて着いていけない様子だし。
「ドリスさん、早速奴隷購入の件のお話をしましょう。金貨50枚でしたよね。」
テックさんは俺達に相談も無く、奴隷商のドリスさんと会話を始めた。
「はい、ミーナは金貨50枚でお譲りします。よろしいですね。」
「タナカさん、金貨を。」
「え? ああはい。」
俺は懐から金貨の入った袋を取り出し、金貨50枚をドリスさんに渡した。
「………確かに、金貨の数を確認しました。金貨50枚、お支払い頂き誠にありがとうございます。」
ふう~、やれやれ。ようやくこれでミーナは自由身分を取り戻した事になるのか。
意外と上手く事が運んで良かったな、さて、問題は。
「リネット、僕だよ、お前のお兄ちゃんだよ。」
「………知らない………。」
アーサーはこんな感じでミーナに言っている、そしてミーナは知らない人という感じで警戒している様子だし。
テックさんはテックさんでドリスさんと話を進めているし。
どうなってんの?
「あのう、テックさん。お話、聞かせて貰えるんですよね?」
「はい、ミーナは、この方は、ミーナという名前ではありません。」
「知っているのですね、この娘、ミーナの事を。」
「はい、この方は………。」




