第十三話 昼会議
「皆、このような早朝に集まってもらってすまない。昨晩の宴会に参加していた者を呼び出させてもらった」
「ボン爺、昨日の主役がいないようだが?」
ボンクラの呼びかけに対して、茶化すようにガタイの良い男が集まった面々を見渡して反応した。
「ベイグ」
ボンクラは彼の名前を呼んで空気を制した。
名前も相まって気の抜けた爺さんかと思っていたが、存外年功序列で村長になった訳ではないらしい。
そしてかの爺さんは一呼吸置いて皆にこう告げた。
「昨晩、この村にワーガルフが出た」
エディは相変わらず青い顔をしているし、トビアスなんかは案外飄々としているように見えるが、与太話とでも思っているのだろうか。
ノラは生唾を飲み込み、ベイグは眉を顰めて、目つきの鋭い男は無言で俯いた。
私は彼らの反応を見て、第一印象で怪しそうな人物を具に探っていたのだ。
……今の所飛び抜けて怪しい反応をする者はいない、か。
これまで素性を隠しおおせてきた人狼なのだ。
当然といえば当然だな。
「昨晩の犠牲者は、旅人のイーサンだ」
「う、嘘だ!そんな」
ボンクラが集まった村人に告げるとノラが食ってかかる。
昨日の様子では、ノラはイーサンにかなり懐いていたように見えた。
信じたくないのも分かる。
「そこで『探偵』のアガサ殿に凶悪なワーガルフを見つけてもらおうと思い、皆を召集したのだ。アガサ殿」
「皆さんもうご存知でしょうが、我々は探偵です。きっと役に立ってみせましょう」
ここで自信がないように振る舞っていては、信用失墜は免れない。
私は自信満々に胸を叩いてみせた。
「では捜査を始める。まずはCOのある人は前へ」
「……」
どういう訳か、突然反応がなくなったぞ。
もしかしたら風の音で聞こえなかったのかもしらん。
「COはあるか?」
「あのぅ、アガサさん。しーおーって、何ですか……?」
私が再び村人達に問うと、マミタスが恐る恐る手を挙げて割って入る。
そうか。
人狼ゲームに於いては頻繁に使われるものだから失念していたが、専門的な用語を使ってしまっていたか。
「失敬した。COとはカミングアウトの略だ。自分の役職を主張する時に使用する言葉だ。つまり今のは、君たちの役職は何かね?と聞いたのだ」
この説明であれば、初心者村であるこの村人たちにも誤解なく伝わるだろう。
私は満足げに腕を組んでうんうん頷いた。
「そういう事でしたか。私は村長のボンクラです」
「私は農夫のトビアスです」
「小屋番の、エディです」
ボンクラに続きトビアス、エディが自己紹介する。
何だか思っていたカミングアウトと違う気がするがまぁいいだろう。
「素村、つまりただの村人だな」
「皆さんロウエン村の村人ですが……」
マミタスが困ったように補足した。
彼女は人狼の何たるかを何も分かっていない!
……いや初心者にも優しく、だ。
どのジャンルにおいてもこれは鉄則なのだ。
「私は狩人をしているベイグです」
「アルフだ。俺も狩人をやっている」
「へ?」
筋肉を誇示しているベイグと目つきの鋭い男アルフが役職を開示した。
開示したのは良いが、今何と言ったか……?
私が素っ頓狂な顔をしていると、ベイグは聞き取れなかったのだと判断してもう一度言う。
「私は狩ーーー」
「待て待て待て待て!!狩人は素性を明かさずに潜伏が基本だろう!!!人狼にバレてしまったではないか!」
これだからトーシローはいかんのだ!
狩人は人狼の攻撃から村人を守る役職だ。
誰が狩人か人狼に割れれば、真っ先に人狼の餌食になってしまう。
アルフも狩人を名乗っている。
人狼ゲームに則るならば……
「どちらかが偽物の狩人なのではないか!?」
「じ、自分とアルフは昔からこの村で狩りをしているので、知らない人はこの村にいないかと……」
ベイグがたじたじになりながらそう主張する。
「……。それもそうだな」
村人同士は面識があるのだから、自分たちの役職など知っているか。
私の鬼気迫る説教に、ベイグの大きな体を縮こまらせてしまった。
これはすまない事をした。
「では、この中に預言者や霊能力者はいるか?」
「……キャスターやネクロマンサーの事ですか?」
そうマミタスに改まって聞かれた役職は、随分と仰々しい。
「ははっ!キャスターなら宮廷にいきゃいるかもな。ネクロマンサーに至っては禁術使いだ。もしこの村にいるんなら、即マギアガードに通報だ」
狩人のアルフが随分楽しげに応える。
そうではなくて、もっとこう、一日に一回人狼かどうか判定できるような物を想像していたのだが……当てが外れた。
「こりゃグレランだな……。おっとまた専門用語を使ってしまった。とどのつまり」
グレランとはグレーランダムの略称だ。
人狼ゲームでは、人狼と確定している人物を黒、村人と確定している人物を白色で表すのが慣例だ。
白でも黒でもないグレーというのは……
「つまり?」
マミタスがこれまでの質問を経て、私のたどり着いた答えに期待を寄せる。
村人たちも固唾を飲んで私に注目する。
人狼の専門家を豪語した私が結論付けようとするのだから、皆が私の次の言葉に注目するのも無理はない。
「まだ誰がワーガルフであるのか、分からなかったと言う事だ!」
私は、この集会場にいる全員(年老いたボンクラまでも)がドリフのように転げたのを、申し訳ない気持ち見ていたのだった。
会議は振り出しに戻った。
結局の所、私の知る人狼攻略方法ではワーガルフは炙り出せなかったのだ。
急がば回れとは、先人たちの失敗から生み出された素晴らしい教訓である。
私は結果を急ぎすぎた事を反省し、再度地道な聞き込みと問答によって人狼を特定する方針へと漕ぎ出した。
「今までの質問は余興だ。私の故郷ではアイスブレイクと云うんだ。これで皆の緊張が解れたろう」
「確かに解れた、ような?」
恐らくその気付きは気のせいなのだが、マミタスは胸に手を当てて何度か深呼吸して朗らかに笑ってみせている。
「昨晩の自分の動きを話せる者はいるかね?」
村人達は他の人の様子を伺い、発言に消極的だ。
不用意な発言をしてしまい、自分が疑われてしまうやもしれぬと思っての事だろう。
罪なき者とて、自らファーストペンギンになるのは嫌がるものだ。
「自分は昨晩の宴会がお開きになってから、ノラと小屋番を交代しました。家畜泥棒が続いていましたし、ガルフの遠吠えのような声を聞いたので、アルフと二人で行きました。かなり雪が降っていたので外には出ていませんが、自分もアルフも家畜もその日は無事でした。アルフはずっと一緒にいたのでワーガルフではないと断言できます」
「ノラ、アルフ、彼の言葉に間違いは?」
状況を見かねた狩人のベイグが名乗りをあげた。
私が二人に情報の裏取りをすると、彼らは揃って首肯した。
ワーガルフは習性上群れをなさないと云う事なので、彼とアルフは共にアリバイが成立しているという事で間違いないだろう。
「ノラはその後どこへ?」
「交代したらやる事もないし、真っ直ぐ宿舎へ帰った。宴会も中抜けしたから、その他のことは何にも分からねェよ……」
ノラはどこか拗ねているかの様に吐き捨てて俯いた。
まだ気持ちの整理がついていないのだろう。
彼が幾つかは聞いていないが、目算するに中学三年生ほどの年頃だ。
人死に出会った経験などないであろうし、この経験が彼の今後に深く爪痕を残さないことを願うばかりだ。
「宿舎に帰るまでに気になることなぞはなかったか?遠吠えを聞いたりは?」
「聞いてねェよ!だから何にも分からねェっていってんだろ!そもそもワーガルフなんて、物語でしか聞いた事ねェよ!こんなとこにいる訳ねェだろ!何で皆そんなに……」
しばし待ってみたが、その後に言葉が続く事はなかった。
あの惨劇、あの有様を見てしまった私からすれば、人外の所業も頷けるのだ。
彼はそれを見ていないのだから、その様に感じても仕方あるまい。
「僕は獣の鳴き声を聞きましたよ。腹の底から震え上がるほどの恐ろしい声でした。ちょうどイーサン殿の話にもワーガルフが挙がっていたし、昨日は満月だったので、僕は恐ろしくなってそのまま集会場で寝ました。イーサン殿もここで泊まると言っていたのですが、酔い覚ましに外の空気を吸ってくると言って出て行ったのです」
「おいエディそれは本当かい?」
「トビアスはその時酔い潰れて寝ていたろ」
トビアスはバツが悪そうな顔をして、エディに嫁には言わないでくれよと釘を刺していた。
先の話が本当なのであれば、イーサンの最後の姿を見たのはエディかもしれない。
「それを証明できる者は?」
「村長」
エディがボンクラを見る。
ボンクラはしわしわの小さな目でこちらを見る。
「確かに。私めの老体では、あの雪の中帰るのは堪えますから、私めもこちらに留まったのでございます。我々がいくら待っていてもイーサン殿が帰ってきませんで、雪の落ち着いた頃に探しに参った訳でして、その後は皆さんをお呼びしたのでアガサ殿も知る所でございましょう」
マミタスが私の預けた手帳に何やら文字を書き込んでいる。
彼女なりに色々と情報を精査してくれているようだ。
あの手帳もすっかりと彼女の手に馴染んでしまった。私の手にあるより随分と居心地が良さそうなので、何だかんだでそのまま彼女に渡してあるのだ。
しかしどうしたものか。
村人達の証言の大筋は矛盾していない様に感じる。
セオリーに当て嵌めるのであれば、『多弁は占って寡黙吊り』だ。
これは口数が多い者を占いによって人狼であるかを判断し、発言の少ない者を処刑するという作戦方針だ。
お喋りな奴が人狼であった場合、場を掌握されてはいけないから白黒ハッキリさせる。
そして、人狼が目立たないように潜伏している可能性を加味して、プラスの情報もマイナスの情報も出さない寡黙な奴は真っ先に処刑するのだ。
尤もこの村に占い師はいないので前者は通用しない。
それは人狼に上手く誘導されない様に気をつけるとして、考えるべきは後者だな。
今回の場合、トビアスとノラがやや寡黙気味か……。
「ムッシュトビアスは何も情報を持っていないのかね?」
「ん?あー……どうだったかな。俺ぁ寝てたかんなぁ。でも、旅の人は村の中で殺されたんだろうってのは分かるよ。そうだろ、探偵さん」
トビアスはそばかすのあたりを指で掻きながらいった。
「……その通りだ」
『!?』
私が逡巡したのちにそう答えると、私とトビアスの会話に一堂が驚きを隠せず動揺している。
その通り、なのか?
実のところ、私も彼が何故その様に結論づけたのかまだ分かっていない。
このトビアスとか云う農夫、さては探偵か……?
しかしこの場面で抜け抜けとそれはどうして?なんぞと聞けるものか。
そんな探偵は、すごく格好悪い!
「イーサンさんは森の中で見つかったんですよ?それなのにどうして……。あ、そういうことですね!」
マミタスが手帳をはらはらとめくり、手を止めた。
ーーーひと足先に解を得たというのか!?
「いくら酔っ払っていたとしても、旅経験豊富なイーサンさんが、一人で夜の暗い森の中に行くわけがないから、ですね?」
なるほど。確かに言えている。
マミタスは何故かトビアスではなく私に目配せをしてきたので、とりあえず不敵に笑っておいた。
「しかしだな、ムッシュイーサンを村で殺害し、担いで森に行き、その死体を隠すことも出来るのではないか?これは知人の話なのだが、魔力を身体に巡らせて、ひょいと人二人を担いで走り仰せていたのだ」
私はこの間のジャンボポタト逃走事件に於いて、見事我々を救い出してくれたマルスの姿を思い浮かべる。
「ほほほ。そのような芸当、相当緻密な魔力制御が出来るものか、それこそワーガルフの様に大量の魔力を持つ者にしか出来ませんでございます。ワーガルフなれば夜目も効きますしな」
マルスはそんな高度なことをしていたのか!?
もしかして、あの要領の良い青年は、実はエリートだったのかもしれん。
「うーんアガサさん、私なんだか訳が分からなくなってきました。このままだとダンジョン入りしそうです」
ダンジョン入りというのは迷宮入りと同義であろうか。
マミタスがメモを見ながら目をくるくるさせている。
ちんぷんかんぷんと云う文字が見えてきそうな勢いだ。
「はてさて、イーサン殿はあんな夜更けに一体どこへ行ったのでしょうな?」
「何か外へ出なければならない理由……例えば誰かとの約束なぞがあった、という事でしょうかな?」
会議が煮詰まろうとしているところに、ボンクラのしわがれた声が一石を投じたので、私は片眉をあげて例を挙げた。
確かに、昨晩はあれだけの大雪であったことに加え、イーサンは気持ちよくお酒も入っていたのだ。
相当な理由でもない限り、外に出ようなぞとは思わない筈だ。
「そういえば、酒の席で妙にコイツと親しげにしていたじゃないか」
狩人のベイグが、隣にいたノラをぐいと引き寄せて指を刺す。
村人の鋭い胡乱な視線がノラへと集まる。
「そ、そういえば、こいつはイーサン殿と別れの挨拶をする時、夜に会う約束をしていた!」
「してない!」
エディが珍しく大きな声をあげて主張する。
ノラも負けじと大きな声でそれを否定した。
拳を固く、きつく握り込んでいる。
呼吸も荒い。
「あれだけ大きな野獣の声を聞いていないというのもおかしい」
「違う!遠吠えなんて聞こえなかった!」
狩人のベイグがその大きな身体でノラに詰め寄る。
ベイグの追求に、同じく狩人のアルフが続いてノラに詰め寄る。
「そうだ!昨晩、宴会場から早々に立ち去ったのも、満月による魔力の乱れでワーガルフである事がバレるのを恐れたからじゃないのか!?」
「それは明日の朝は早くから薪割りがあるって……。そ、そうだろ、なぁボン爺!」
ボンクラを振り返るノラの顔が、ぐにゃりと不安に歪められている。
「アガサさん……」
マミタスが私の服の裾を引き、縋るに小さく呟いた。
潤んだ緋色の瞳は、それが真実であって欲しくないと願う者の目だ。
「……お前だけ、宴会場を出た後の行動を保証出来る人がいない。家畜を盗み、イーサン殿を屠ったワーガルフはお前だね、ノラ?」




