第十二話 夜時間
未明ほどだろうか。
私は意識は若干の胃もたれを感じながらも、ゆっくりと覚醒に向かっていた。
というのも、がたがただのびゅうびゅうだの、自然が大合唱している音が目覚ましとなったからだ。
降りしきる雪、吹き荒ぶ風が建物のどこか緩くなっている部分を叩いては揺らしている。
この時期の二度寝は快い。
このまま、お日様がのぼり切るまで寝ることにしよう。
私がそう決め込んで布団を顎の下まで被り直し、より良い姿勢を模索しているとーーー
「アガサさん!大変です起きてください!」
マミタスの騒々しいモーニングコールが部屋に鳴り響いた。
「後五分……いや、今日はお日様が南中するまでは寝かせてもらう」
私は布団の中へと逃げ込んだ。
この領域だけはホラー映画でも侵すことができない聖域である。
「何を言ってるかよく分からないですけど、そんな事言っている場合ではありませんよ!事件、事件が起きたんです!早く起きてください!」
マミタスは勢いよく私から布団を剥ぎ取る。
部屋の冷たい空気を一気に浴びて寒い。
「……また家畜が盗まれたのか?」
暗い顔をしているマミタスに問いかけると、彼女はふるふると首を横に振った。
よもや一人でトイレに行くのが怖かった、なんぞとは言うまいな……。
「殺人事件が、起こりました」
「場所は」
「村はずれの森の中です」
我々は今、急いで身なりを整えて現場へ向かっている。
あたりは雪が積もっていることもあり、ほの明るい。森までは村人が踏みならした道を通ればすぐにつくだろう。
「犯人は」
「まだ分からないそうです」
私は跳ねた雪で色んなところが濡れるのも気にせず足早に現場へと向かう。
「被害者は」
「それは……」
彼女が答えるよりも先に、生い茂る森が少し開けた場所に出て被害者の姿が現れる。
「……ッ」
そこにいたのは、昨日初めて出会って一晩中共に騒いだ旅人、イーサンだった。
あれだけ血気盛んに顔を真っ赤にさせて騒わいでいた男が、今はもの言わぬ骸となっている。
胃の中がぐるぐると掻き回されて、喉の奥がぎゅっと締まる。
知り合いだ。
あの夜を通して知り合いになったのだ。
コンコルド・コンコンドルの事件でも死体は見た。
でもそれは全くの見知らぬ男だった。
今回は……。
「アガサさん……」
マミタスの不安げな声でふと我に帰る。
自分の人生を私にベットしてくれている彼女を不安にさせるわけにはいかない。
探偵と死は切っても切り離せないもの、それは分かっていたはずだ。
私はマミタスの小さな背中にそっと手を置いた。
マミタスは小さく震えながら、指と指を折り重ねて手を握り眼を閉じた。
おそらく死した彼に祈りを捧げているのだろう。
私も彼女に追従し、しばし黙祷を捧げた。
彼の鎮魂を成すためにも、犯人を探し出す必要があるだろう。
「あぁあぁ、アガサ殿。お待ちしておりました。小屋番のエディが見つけてくれたのですが、旅の人が……」
イーサンの元で我々を待っていたのは、村長のボンクラと顔を真っ青にした小屋番のエディであった。
「お待たせしてしまいましたな」
改めてイーサンの遺体を見る。
全身には無数の裂傷、裂傷、裂傷。
まるで何本もの鋭利な鎌で切り付けられたかのような傷だ。
胴体には、他の傷よりも更に深い裂傷が一つ見て取れるが、引き裂かれた衣服には凍りついた雪と大量の血が固まっており、細部は判然としない。
「これは何でしょうか……。魔物の、足跡?」
マミタスが地面に顔を近付けて呟いた。
辺りには血糊がこびりついていて分かり辛いが、よく見ると確かに雪面に獣の足跡のような物がある。
これはまるで……
「ーーーワーガルフだ」
私の考えを先読みしたかのようにエディが声を震わせてひとりごちた。
ボンクラが険しい表情になる。
「う、うちの村にもワーガルフが来たんだ!!あぁあ!!」
エディは酷く取り乱して、その場にしゃがみ込んだ。
ワーガルフ。
この言葉は耳に新しい。
昨晩、酒の席でイーサンが口にしていたものだ。
耳馴染みの良い言葉で表現するならば、『人狼』だ。
「……確かにこの傷跡はウインド・クロウにそっくりですね」
「魔法か?」
「え、えぇ。鋭い風の刃で全身を切り刻む、ワーガルフの固有魔法です。私が読んだ本には、目に見えない複数の風の刃が獣の爪のように肌を抉り取る、と記載されていました。」
固有魔法……。
確かにあれほどの傷を刃物でつける事は不可能だ。
魔法ならばこんなことも可能にしてしまうというのか。
「マミタス君、急ぎ魔羊皮紙でゴロツキー警部に電報を」
「は、はい!」
私が指示すると、マミタスはすぐさま鞄から魔羊皮紙を取り出す。
殺人事件があったのだ。
もしもの時は犯人を取り押さえる力が必要だ。
マギアガードに応援を要請しておいた方がいいだろう。
「昨日の大雪による積雪と倒木で村までの道が閉ざされておるんです。いくらマギアガードといえども、今日中に村へ辿り着くのは難しいでしょうな……」
ボンクラがいつもの困り眉を、より一層引き下げて云う。
確かに昨晩はかなり雪が降りしきっていた。
ここに来る時も村人によって踏み固めた道を歩いてきたのだ。
雪国出身のものならいざ知らず、我々を送ってくれたような馬車ではこの村に辿り着くことさえ出来ないだろう。
このような絶大な威力を持つ魔法が、マギアガードの指定登録魔法に認定されていないなど考えられない。
本来であればマギアガードがすぐにでも飛んでくるというのに、未だその姿が見えないということは、この村までの道が閉ざされているからであろう。
「そ、そんな……!我々はワーガルフと共にこの村に閉じ込められたということですか!?アガサ殿……ッ!どうか!どうかこの村からワーガルフを一刻も早く見つけ出し、追放してください!」
エディは半狂乱になりながら、私の足元に縋り付く。
恐怖に駆られるあまりパニックを起こしているようだ。
雪によりロウエン村は陸の孤島となった。
うかうかしていたらまた次の被害者が生まれるかもしれない。
この状況はまさしく、命を懸けた『ワンナイト人狼』といったところだろうか。
肩がぶるりと震える。
これは寒さからだろうか、それとも恐怖からだろうか……。
「人狼が紛れても生還した村を知っています。少しばかりですが、私にも人狼に対する心得がある。出来る限りの力は尽くしましょう」
私の頭の中で、かつて繰り返し見た人狼ゲームの棋譜がパラパラと音を立ててめくれる。
何千、何万の試行回数により積み上げられてきた叡智の書だ。
大丈夫。私ならばきっとやれる。
こうして村外れの山中にて、人狼ゲーム開幕の狼煙が静かに上がったのだった。
「人狼探しにおいて一番大切な事は情報を集める事だ。尤も情報は、どの事件を解決する場合に於いても大事なのだがね」
我々は村人達から事情聴取をするために、村へと戻ってきていた。
「村長、この村の人数は?」
「小さな村でございます故、子どもも含めて二十三人でしたでしょうか……」
「二十三人!?多いな……。これは骨が折れるぞ」
こんな多人数村での人狼は中々聞いたことがない。
このようなケースは少ないが、大体の定石は変わらないだろう。
「しかし昨晩は、家畜泥棒の件で魔物を警戒して外に出ないよう厳命してありましてございます。出歩いたものはあの宴会場にいた男どもだけでございますれば、私やイーサン殿を含めて五人でありましょうか」
容疑者は五人。
これならばセオリーに当てはめやすく、悪くない数字だ。
「村長、その五人を集会場へ集めてくれたまえ」
「かしこまりました」
村長に連れられて村人達が集会場へと入ってくる。
小屋番のエディに、農夫のトビアスだったか?
村長のボンクラ、名前までは覚えていないが、屈強な男と、目つきの鋭い男。
彼らは確かに昨日の晩餐会に参加していた男たちだ。
「はて、あと一人いなかったか?黒髪の癖毛で、まだ少年ほどの、名前は確か……」
「ノラ、ですね!」
そうだ。確かそんな名前だったか。
イーサンに懐いていた少年の姿を思い出した。
マミタスは実に記憶力が良いな。
「あぁ、早くに薪割りに出たので忘れておりました。すぐお連れしましょう」
程なくしてボンクラによりノラが集会場へと連れられた。
「何だよ。薪割りは良いのかよ」
ノラを始め、いきなり集会場へ集められた面々は好き好きにこの集会に対する疑問を口にしている。
まだ何が起きたのか把握していない者もいるだろう。当然の事だ。
しかし、役者は揃った。
これで容疑者は六人。
ーーー人狼追放会議の始まりだ。




