十一話 ようこそロウエン村へ
私は今、馬車(サラブレスなる馬の類の魔物が引く荷車)の中で小気味よく揺られている。
車と違ってエアコンなぞがないので少々寒い。
否、ないのではない。
それに相当する魔道具やら何やらは備えつけられてあるようだが、私にも助手のマミタスにも魔力がないので扱えないのだ。
このような侘しい車をコンキリエ山の雪深い山向こうのロウエン村へ向かって走らせているのには他でもない理由があった。
探偵事務所に駆け込んできたエディという男からの依頼を解決するためだ。
「この時期に家畜泥棒……ですか。冬越えを控えた小さな村においては死活問題ですよね。早く解決してあげましょう、アガサさん!」
マミタスは寒冷地に向かうために新調した防寒着を着込んでおり、冬毛の雀のようにふくふくとしている。
実に暖かそうである。
私は見栄えを重視して、探偵がよく着ている鳶コートに近い見た目のものを誂え《あつら》た。
そのせいか、時折身体がぶるりと震え上がる。
おしゃれは我慢というが、この寒さは洒落にならん。
「しかしなんだ。事件の話をマルスにしたら、ゴロツキー警部がロウエン村への馬車を手配してくれたのは幸いだったな」
「アガサさんの活躍を見て、目をかけてくれていますよね」
私が始めた探偵業はこの世界のスキマ産業に上手くハマったらしい。
この世界に降り立ち、初めの事件を解決してからというものの、マギアガードには何かと便宜を図ってもらっているのだ。
「痒いところに手が届かない時に、うまく使われているという気がしないでもないが、仕事がないよりは随分と良い」
「人の役に立てるのは嬉しいです!私みたいな魔力無し《ノーヴ》が活躍できる場面は少ないですから……」
マミタスは足をぶらつかせながら俯いた。
剣と魔法の蔓延るこの世界においては、私たちのような魔法が使えない者の肩身は狭い。
幸いにも今の所は人に恵まれていて、魔道具を使えない事や職に付けない事を除くと困っていない。
……逆に生活の大部分で困っているとも取れるが。
「見てくださいアガサさん!このゴロツキーさんが持たせてくれた魔羊皮紙!私には縁が無かったのですが、今とっても流行っているので使ってみたかったんですよね」
マミタスは鞄の中から取り出した羊皮紙をまるで宝物を見るかのように広げて眺めている。
この魔羊皮紙には製作者の魔力が織り込まれており、放り投げると製作者の元へ返っていくのだそうだ。
届いた文書に返事をしたいならば、相手の魔力の籠った魔羊皮紙を持っていなければいけないらしい。
元いた世界と比較するのは野暮かも知れないが、メールの方が幾分か便利だ。
「この間読んだ小説では、これを使って恋人たちが文通をしていたんです!それがとってもロマンチックで……」
この魔羊皮紙をくれたのは筋骨隆々なマギアガードのゴロツキーだ。
思わずゴロツキーと私の蜜月な文通が想起されて、私の顔はくしゃりと渋い顔になった。
「もっとこう……スパイのように秘密文書のやり取りだとか心躍る使い方がありそうだが。それに、文通をするのであれば郵便で普通に手紙を送った方が速いではないか」
「んもう!アガサさんには風情がないです風情が!ちょっと時間がかかっても、確実に届くからそれをドキドキしながら待つのがいいんです!」
マミタスがぷりぷりと頬を紅潮させて怒りながら力説しているので、世の女性たちからしたらそうなのだろう。
乙女心はどの世界にいてもよく分からない。
それが分かっていたならば、日本にいた頃には妻子持ちであったろうに。
「だからといって恋文を認めてはいかんぞ、マミタス君。これを無くしては帰りの馬車が呼べなくなる」
「分かってますよぉ。これに恋文を書いてもゴロツキーさんに届くだけですし……。そもそも私には文通相手もいませんけどっ」
ぷいとそっぽを向いた彼女は、おかんむりのようだ。
この魔羊皮紙はゴロツキーから任意のタイミングで帰りの馬車が呼べるように持たされた物だ。
言わば、ゴロツキー行きの特急列車切符なのだ。
夢もへったくれもない実用品だというのに、マミタスはこの魔羊皮紙に一喜一憂している。
可笑しなものだ。
それに比べてこっちの燻玉という奴は良い。
こちらも護身用にゴロツキーが持たせてくれた道具なのだが、地面に打ちつけると視界を奪う煙が湧き出すらしい。
私からすれば、こちらの方が忍者や時代劇のようで心が躍るのだ。
私はしばしポケットの中でそれを転がして感触を確かめた後、窓の移ろう景色へと意識を移した。
車窓からは雪がちらほら降っている様子が見える。
どうりで冷え込むわけだ。
この時の私たちは、ロウエン村にて恐ろしい夜がやってくる事をまだ知らなかった。
「ようこそロウエン村へおいでくださいました!私は村長のボンクラでございます。雪の中大変でございましたでしょう」
「探偵のアガサだ。こちらは助手のマミタス君」
「マミタス・オブリガータです。よろしくお願いします」
ここが元いた世界ならば名刺の一つでも取り出していたが、そうではないので定型の挨拶のみに留めておく。
「今日はもう遅いですから家畜小屋を見てもらうのは明日に致しましょう。凍月は日が落ちるのがいかんせん早い。ささ、お上がりください。ささやかではございますが、村の男衆を集めて歓待の席を用意してございます」
村長のボンクラは何とも人良さそうな好好爺だ。
我々は仕事でこの村に赴いたというのに、歓迎会まで開いてもらえるなどとは考えていなかった。
ボンクラが我々を集会所へと案内してくれた。
開いた扉から暖かな空気が溢れ出す。
冷たい指先を擦り合わせていたところなので助かる。
「こいつぁ驚いた!誰か来るとは聞いてたが、あんたらチッコロ通信に載ってた人たちだよなぁ!ほれ、こっちだこっち!」
集会所に入ると、見るからにさすらっていそうな無精髭の男が肩を組んできた。
私たちは彼に促されるまま一番奥の席に着く。
我々が座ると、手早く盃が配られ、村長のボンクラが音頭を取り声高々に宴会開始の宣言がなされた。
私は掲げた盃の中身をごくりと音を立てて一気に飲み干す。
「んぐッ!?マミタス君、これは結構キツいぞ……!!君が飲むにはまだ早い」
寒い地方の酒は強いとはよく聞くが、これほどとは。
マミタスのような年端もいかぬ少女に飲ませては伸び上がってしまう。
そう考えて私がマミタスの杯を止めようとすると、マミタスは私をじとりと睨め付け……
「私もこの前成人しんたんですから!このくらい……がふッがはッ」
そう言ってグイと杯を煽ると盛大に咽せ返した。
言わんことではない。
よく振りが効いていて、まさしくお約束通りの反応だ。
「なんだ嬢ちゃんまだお子ちゃまじゃねぇか!エディ!嬢ちゃんのにミルクを足してやってくれ!」
マミタスを揶揄いながら酒を煽っているこの無遠慮な男の名前はイーサンというらしい。
王国を旅している折にちょうどこのロウエン村に辿り着き、しばしの間滞在する事にしたそうだ。
「あ、ありがとうございます……」
マミタスは温かいミルクで割られた果実酒をくぴりと飲むと相貌を崩した。
この果実酒ならばミルクと合わせてもきっと美味いだろう。
あとで私も入れてもらうか。
「あったかくて甘いです!イーサンさん、ロウエン村の前はどこに?」
「ん?あぁそれは聞くも涙、語るも涙よ……。聞きたいかい?高くつくぜぇ」
むしろ聞いてくれという顔をして、イーサンは胡散臭い眉毛を小うるさく動かす。
旅人というだけあって、妙に人を惹きつける話し方をする男だ。
何処へ行っても、こうやってコミュニティに簡単に溶け込んでしまうのだろう。
斯くいう私も王都の中心部しか知らないので、この世界のまだ見ぬ場所の話に興味がある。
「た、高いんですか……。うぅ残念です」
マミタスは財布を握りしめて私の方をチラチラと見たが、しばらく考えたのちにがくりと項垂れて諦めてしまった。
「冗談だよジョーダン!そうだなぁここは一つあんたらのファリニシュ英雄譚一つで手を打とうじゃねぇか!」
「うちのマミタス君を揶揄わんでくれたまえよ、全く。だが、私もイーサン殿の話は興味がある。ここは一つ、私のべしゃりをお聞かせしようか」
私が咳払いをして声の調子を整えると、イーサンはだははと大きく笑って私に酒を注いだ。
集会所の中央では大鍋でぐつぐつと汁が炊かれており温かい。
酒も肴も揃っているので今日は口が滑らかだ。
「それで私はファリニシュにこう言うってやったのだ。我々のプライシプレを返せとな!ふはは!」
「いいねいいね!!そんじゃ俺もとっておきをださねぇとなあ。そうだあれだ、カルサハルにいた時の話をしてやるよ!」
依頼主のエディも、農夫のトビアスもこちらへ寄ってきており、気がついた頃には会場の皆イーサンと我々の話に野次を飛ばしながら参加していた。
「俺ぁカルサハルで暇を持て余してな、バンドゥから卵盗んでやったのよ!」
「バンドゥ?」
「お前さんバンドゥも知らねでよくここまで生きてこれたなぁ!!」
私が生きてきたのは平和で安全な日本だからな、と思ったがこれを言っても栓なきこと。
私は目線でマミタスに助けを求めた。
「バンドゥはぁ〜おっきぃたまご!まもってるんれす!ギョロってたまごをみはってて、おっきくてざらざらでぇ〜怖い!ずっと追いかけてくる!いやぁ〜!」
駄目だ。
完全に出来上がってしまっている。
私はマミタスの杯をミルクだけのものにこっそりと差し替えて、ふにゃふにゃと解説しているマミタスを横たえた。
「そんでそのままバンドゥを撒いて街まで走ったのよ。そしたらよバンドゥ街まで着いてきやがんの!そのままセットで売っぱらってよ、まぁしばらく贅沢暮らしさせてもらったぜ」
何と豪気な男か。
こそこそ日銭を稼いでいる探偵とはスケールが違う。
「おぅおぅノラちゃんそんな隅っこにいないでお前もこっちで飲もうぜぇ〜!村長の金で飲む酒は美味いってな〜!だはは!」
イーサンはしまいに酒瓶をラッパ飲みしながら、部屋を徘徊して宴会に参加している全員に絡み出した。
マミタスが夢現で良かった。
こんな汚い大人の姿を視界に入れるのは情操教育に良くない。
「こいつは季節労働で国の制度でこの村に来てるノラだぁ。俺らと一緒で外のモンだよ。仲良くしようぜぇ」
「あんだよおっさん!酒臭えから近寄んな!」
ノラは背が高くがっしりとした身体つきだが、面持ちは少し幼さの残る少年だ。
すでに四半世紀以上生きている私よりも背が高いのだから神様は不平等だ。
彼はまだ成人していないため酒には手をつけていないようだった。
そんな歳だのに季節労働者として、働きに出ているとはこの世界は世知辛い。
「バンドゥの話はもう聞き飽きたって!他の話を聞かせろおっさん!」
ノラがまとわりつくイーサンを押し退けながらミルク飲む。
口の周りにうっすらとミルクの痕を付けているものだから年相応さも感じる。
「いかんいかん。これは歳も浅いですからもう下がらせます。ほれ、明日は早くから雪かきに薪割りもあるんだからお前は戻りなさい」
村長のボンクラがノラのミルクを取り上げると彼は「ちぇー」と呟きながら会場を後にした。
何度もこちらを振り返っては名残惜しそうだ。
子どもってのは、大晦日以外夜更かし出来ないのだ。
少年よこれが社会だ。
「ざ〜んねんだったなぁノラちゃんの奴。こっからは大人のお楽しみ時間だってのによ。んじゃここいらで一つ俺の鉄板を披露するかぁ!」
「是非とも全年齢対象で頼むよ」
なぞ冷静ぶってはいるが私もかなりアルコールが回ってきている。
この小樽をからにする頃には、私ももれなく奴らの仲間入りだろう。
「これは俺がまだノラちゃんくれぇ若い時の話だがよぉ〜。今みてぇに旅して泊まった村に、すんげぇマブい女がいたのよ。なんつーの?強くて周りに媚びてない女。そいつに惚れてあの手この手でお近づきになろうとした俺ぁ、何とかあわや駆け落ちってとこまで漕ぎ着けたのよ」
イーサンは立ち上がって一人二役、くるくると方向を変えて演じ分けている。
まるで落語家の漫談を聞いているようで面白い。
「……そんな二人に大きな壁があったってわけ。結局次の街で別れたよ」
「そこを語らなければ物語にならんだろう三流め〜!」
あったまってきた私は酒樽を地面に打ちつけて身を乗り出した。
体が熱い。頭も熱い。
世界が回っている。
「ワーガルフだったんだよ。そいつ」
イーサンは酔いの覚めたように冷淡な声で言ってどっかりと座った。
先ほどまで盛り上がっていた会場が、一瞬静寂に包まれる。
ワーガルフ?
「ワーガルフ!?どこっどこですか!?」
先ほどまで床で伸びていたと思ったマミタスがその言葉を聞きつけると、猫のように飛び上がって私の後ろに隠れる。
「何を寝ぼけとるんだ。そもワーガルフとは何なのだ」
私は杯の底でマミタスを軽く小突くと、マミタスは状況を理解したのか、顔を真っ赤にして小さくなる。
「ワーガルフは人の姿に化けて人を食べるんです……。村にワーガルフいると、誰がワーガルフか分からぬまま、一晩、また一晩と人が食べられて、最後には……」
「あぁ、人狼という奴か!私が学生の頃に流行っていた遊びに似たようなのがある」
私の場合は共に遊ぶ相手がいなかったので、実際に遊んだことはない。
しかしながら、指南書を読んで私ならばこうするなぞ夢想して遊んだものだ。
「なんて恐ろしい遊びを……!?」
「まぁま。嬢ちゃんそんなに怯えなさんな。ワーガルフが恐れられてたのは古の時代じゃねェか。今は何だ?数年だか何だか獣にならなかったら普通に人として戸籍を登録して、そこいらの奴らと同じように暮らしてるらしいぜ?俺らと何ら変わりねェのよ」
イーサンは懐かしそうに、そして少しばかり寂しそうに遠くを見つめていたが、すぐにいつもの調子に戻ってまた面白おかしな旅物語の話をし始めた。
これ以上踏み入らないのが大人という奴だな。
「ふむ。ではお返しに私の故郷の話でも……」
これまでの冒険譚のお返しに、私は車や飛行機を鋼鉄の猪や鳥に例えて日本の話をしてやった。
会場は大いに盛り上がっていたのだが、明日の捜査もある。
名残惜しいがここいらでお暇するとしよう。
そうして我々は村人に一声かけて、フラフラの足取りで寝床へついたのだった。




