第55話 敵の正体
砦での戦いから数日ほどが経って。
かいがいしい治療の甲斐あって完全に回復した俺は、リュウスケに呼ばれて奥の間へと向かっていた。
すっかり見慣れたふすまを開け、鷹揚に座る彼の前でひざまずく。
「頭を上げよ」
リュウスケの許しに合わせて、俺は頭を上げた。
「……まったく、何度も良いと言っておるだろうに」
「同じく何度でも答えるぞ。客人とはいえ俺たちはお前に雇われた身だ。最低限の礼儀くらい必要だろう」
そう返すと、リュウスケは大きなため息をつく。
「そうじゃったな。……まあ良い、今回呼んだのはそのためではないからの」
リュウスケが傍に立っているタエに向かって手を振ると、彼女は大きな地図を持ってきた。
以前のような一部の地域を描画したものではなく、アズマの国全般を描いたものらしい。
「すごいな……」
「そうじゃろ? まず我々のいる場所がここ。そして先日取り返すことに成功した砦がここじゃ」
リュウスケがふたつの箇所を指さした。
今いる場所、と指さされた海岸沿いの箇所から小指半分ほど上へ昇った位置に、砦の場所と指さされた箇所が存在している。
「……それで、帝国の侵攻はどれくらい?」
「うむ、ここまでじゃ」
リュウスケはそういうと、砦のある箇所より北側の部分すべてを大きく囲った。
「……これはずいぶんとしてやられたな」
「敵軍の数がすさまじくてな。物量には勝てなんだ」
さて、とリュウスケが話題を切り替える。
「此度の指揮、まことに見事であった」
「いや、俺の力じゃない。あいつらが全力を出したからだ」
「その辺りにせい。謙遜も過ぎれば毒じゃぞ」
リュウスケが諫めるように俺をにらむ。
「……そうか。すまなかったな、以後自重する」
「うむ、よろしい。それで、お主らが撃退したという指揮官についてなのじゃが……」
「あいつについて情報が入ったのか?」
あのとき戦ったサラマンドラという男について、俺は調査を依頼していた。
当時戦略的に重要であった砦を守っていたというのもあるうえに、あれだけの実力を持った相手だ。さすがにただの司令官というわけではないだろう。
「うむ。どうもそのサラマンドラという男は、帝国内でもかなり上のほうに属しておるようじゃな」
「と、いうと?」
「皇帝に意見できるほどじゃ」
「……!」
――かなり上の相手だろうと思ってはいたが、まさか皇帝への意見を許されるほどとは。
俺たちはかなりの大物を相手取って戦っていたようだ。
「それと、お主が村で出くわした、シルヴァという男もじゃな」
「あいつもか……」
「そう。奴らを2人を含め、5人の『五賢将』といわれる幹部達がいるとのことじゃ」
「なるほど……」
「……そして、そ奴らについて、気になるうわさが入った」
「うわさ?」
うむ、とリュウスケがうなずく。
当然ながら、うわさはあくまでうわさだ。
どれだけおどろおどろしいものであろうとも、ある程度は可能性が高いものでなければ、この男には見向きもされないだろう。
しかし、現にリュウスケはうわさを俺に語ろうとしている。
(……つまり、確定されていないだけで可能性は高いということか)
しかも、おそらくは事実だったとき、こちらが一気に危険な状況へ陥りかねないような。
「……どんな内容だ?」
リュウスケは言いづらそうに、口をまごつかせる。
やがて口をはっきりと開けると、意を決して、
「……彼奴らは、帝国に代々伝わると、7つの神器を持っているのじゃ」
と告げた。
「……あれか」
かつての記憶を思い出して、苦々しく歯噛みする。
アウグスト国王が利用し、ネフィリムへと変質した「強欲の宝玉・マイダス」。
あれは本来、ブルートファートストーヴ帝国に伝わる7神器のひとつだ。
なぜそれが王国に流れ着いていたのかはまるで不明だが……。
「ふむ、お主は知っておったのだな」
「ああ、昔見たことがあってな」
「……なるほど」
ならば話が速い、とリュウスケは笑った。
「あやつらはな、神器に選ばれたものなのじゃ」
「選ばれたもの?」
「うむ、あれらはただのものではない。己が使い手を選ぶものなのじゃ」
帝国では、選ばれたものが代々将軍として取り立てられていたそうじゃ、とリュウスケが付け加える。
なるほど、神器に選ばれたというのは、そういった権力を持つにふさわしい理由だろう。
「……それで、神器に選ばれたらどうなるんだ? それだけじゃないだろう?」
「うむ、あれらに選ばれたものはすさまじい力を持つようになるのじゃ」
「と、いうと?」
「例えば山ひとつを砕く、膨大な魔術を行使できる。……いくらかは誇張も入ってはおるじゃろうが、火のないところに煙はたたん」
そう思わせるに至る事実があったのは確かじゃろう。
リュウスケはそう締めくくった。
――アウグストがネフィリムへと変化したときのことを思い出す。
あのとき見た、マイダスのすさまじい魔力を。
確かに、あれだけの魔力が含まれているとなると、ありえない話ではない。
「……厄介だな」
俺は無意識にそうつぶやいていた。
「そうじゃな。ただ強いだけであればともかく、相手は幹部級の相手じゃ。帝国と戦うのであれば避けられん相手じゃろう」
となると、相手を倒せるだけの実力、あるいは策を弄する必要がある。
――これは中々手ごわい戦いになりそうだ。
「……わかった。こちらでも色々と検討してみる。……情報提供、感謝する」
「いや、こちらとしても助かっておるからな。これくらいは安いものよ」
「そうか、それでは、また」
「ああ、また」
俺はリュウスケにそう告げて、奥の間を去っていった。




