第54話 決着
「な、なぜだ!? なぜこんなにもあっさりと……!」
全滅したデュラハンの姿を見て、サラマンドラがうろたえる。
なるほど、奴はこの召喚術にかなりの自信を持っていたようだ。
「こ、このままでは陛下に顔向けできぬ……ならば!」
サラマンドラはそうつぶやく、懐から長い弓を取り出した。
弓には細やかな装飾がされていて、詳細は不明だが、なにやら英雄譚のようなものが彫られているようだ。
(弓を使うならもっと早くに使っていてもおかしくないはず、ならばなぜ……?)
「憤怒の弓、ネメシスよ! 我に力を与えたまえ!」
サラマンドラがそう叫ぶのと同時に、弓を天高くへとつきだした。
彼の言葉に呼応するかのように、弓の中へと魔力が集まっていく。
それと同時に、なにか寒気のようなものが背筋を伝うのがわかった。
――あれはまずい……!
「……チッ! 早く止めないと……!」
「セーレ! 無謀よ!」
恐怖で震える身体を無理やり抑え込みながら走り出した俺を、フランが悲鳴のような声で静止する。
弓を天高く掲げたサラマンドラは、その場を動かずに不敵な笑みを浮かべていた。
「ほう、私に挑もうというのか。しかしもう遅い! お前たちは――」
「――サラマンドラ」
――ふと、魔力の気配が消えた。
あまりにも突然の事態に信じられず、辺りをむやみに探していると、サラマンドラの横にひとりの男が立っているのが見えた。
がっしりと着込んだ鎧と、黒い髪を目のあたりまで伸ばした頭がアンバランスな青年。
――間違いない。城に辿り着く前、あの村を襲っていた男だ。
「アンタ……!」
フランも彼に気づいたらしい。
殺気だらけのオーラをまき散らしながら、怒りに満ちた目で彼を睨みつけている。
小さい動物なら視線だけで殺してしまえそうなほどだ。
「……ああ、あのときの」
しかし青年は、平然とした様子でフランを見つめ返した。
「……シルヴァ、なぜ邪魔をする」
次いでサラマンドラが、青年に向かって悪態をつく。
シルヴァと呼ばれた男は物憂げな瞳をフランからサラマンドラへと移すと、表情をなにひとつ変えずに口を開いた。
「奴らの力を見ただろう、ここで戦うのはいささか無謀というものだ」
「ならばおめおめと逃げ帰れというのか!」
「そうだ」
しばらくの間、にらみ合いが続く。
やがてサラマンドラが舌打ちをすると、シルヴァから視線をそらして魔法を唱えた。
「……お前たち」
サラマンドラが俺たちを、憎しみにみちた目で見る。
「次はない。覚えていろ」
そう吐き捨てるように言って、サラマンドラは床から発せられる光とともに消えていった。
「……行ったか」
サラマンドラとシルヴァが去る様子を見届けたのと同時に、俺の身体がぐらりと揺らぐ。
――しまった、思ってた以上に消耗していたみたいだな。
「セーレ!」
「セーレ様!」
フランとタカマガヒメが悲鳴を上げる。
――ああ、彼女たちに心配させてしまったな。
そんなことを思いながら、俺の意識は眠るように切れた。
◇
「ん……」
ガタガタと、耳慣れない足音を聞きながら、俺の意識は目覚めた。
どうやら、あの戦いの後すぐに気絶してしまったようだ。
(……まったく。我ながら情けない)
全身を襲う激痛に眉をひそめながら、ただぼうっと周囲の風景を眺めていると、近くでどたどたと走るような音が聞こえた。
2人分くらいだろうか――。
「セーレ!」
「セーレ様!」
――視線を音のした方向に移すと、そこにはフランとタカマガヒメがいた。
ふたりとも涙ぐんで目で、俺を見つめている。
どうやらずいぶんと心配させてしまったみたいだ。
「……もう! ずぅっと目を覚まさなくて、とても心配してたんだから……!」
フランが、涙を必死にこらえながら俺をにらむ。
――ずいぶんと心配させてしまったみたいだな。
「……すまなかった」
それが引き金となったのか、フランの目からぽろぽろと涙がこぼれる。
タカマガヒメが彼女を慰めようと肩を抱くが、その彼女の目にも涙の通った跡があった。
彼女もまた、心配してくれていたようだ。
「すまな――」
すまなかったと言おうとして、やめる。
確かに謝罪の気持ちはある。しかし今口にするべきは、そんな言葉ではないはずだ。
だから――。
「――ありがとう、ふたりとも」
その言葉を受けて、ふたりがにわかに微笑む。
――よかった。正解だったようだ。
「……それで、俺はどれくらい眠ってたんだ?」
なんとか一段落ついたところで、俺は気になった点をふたりに聞いてみた。
「……3日よ」
「え?」
「3日ずうっと寝てたって言ってんの! このバカ!」
まったくもう! とフランは俺をにらむ。
「あの後大変だったんだからね!? なんとか撤退はできたけど、司令塔のアンタが気絶しちゃったから代わりに私が指示するハメになったし、そんなものだから残党を倒すのにも一苦労だったし!」
被害をださずにいただけでも褒めてほしいわ! とフランは叫ぶ。
なるほど、ずいぶんと彼女に苦労をかけてしまったようだ。
これは後で――。
(――ん?)
「ちょっと待て。……被害を出さなかったのか?」
「そうよ! 私がどれだけ大変だったか……!」
あーもう! 思い出したら頭きた! とフランはヒートアップする。
その傍らで、俺は彼女のすさまじい才能に驚いていた。
基本的に、司令塔がいなくなってしまえば軍というのは瓦解するものである。
もちろん、その被害を最小限にしようとどこも工夫を行ってはいるものの、この問題を解決することは難しい。
だが、彼女はそれを可能としたのである。
他でもない、彼女自身の手腕で。
(……これまでは俺が上にいたが、これは彼女に任せてもいいかもしれないな)
策は俺、指揮はフランだ。
もちろん、具体的にどのような指揮をしているのか見る必要はあるが、検討には値するだろうな。
あるいは――。
――ぶつぶつと恨み言をつぶやくフランを見ながら、俺はそのようなことを考えていた……。




