第53話 首無し騎士デュラハン(3)(フラン視点)
セーレがデュラハンを撃退した瞬間からさかのぼること数刻ほど。
フランは、眼前に立つ異形の魔物に対して舌打ちをしていた。
「……まったく、さっさと終わらせたいのに」
低い声でそうつぶやきながら、フランは剣を両手で握りしめる。
周囲はまだ戦っている途中で、タカマガヒメもセーレも、他の兵士たちも手一杯だ。
――ひとりでどうにかしないといけないのね。
「……かかってきなさい」
フランは目の前で不気味に立ち尽くすデュラハンに向かって、そう挑発をかけた。
それに反応したかのように、デュラハンは右手をすさまじい速度でフラン目掛けて叩きつけようとする。
「『守護者の盾』!」
フランが叫ぶのと同時に、周囲に巨大な結界があらわれる。
デュラハンの拳がその結界にぶつかると、耳を割らんばかりの衝撃波が辺りに響き渡った。
(……相手もまだ本気ではないはず。なのにひびが入るだなんて……)
結界に現れた大きなひびを見て、フランは歯噛みしたい気持ちを抑えながら思う。
一方のデュラハンはというと、まだまだ万全の状態であるようだ。
――これは早期決戦を狙わないと殺られるわね。
そう悟ったフランは、剣を前に構えると同時に、一気に走り出した。
「『加速』!」
フランが魔法を唱えるのと同時に、彼女の身体は風のような速さへと加速していく。
人間の目では到底補足することができないほどの速さで疾走すると同時に、デュラハンの右足へとその剣を突き刺した――!
「――――――!!!!!」
フランがその場を過ぎ去るのと同時に、デュラハンがガクリと膝から崩れ落ちる。
右足の三分の一近くを持っていかれたからだ。
一方でフランのほうも、バランスを崩して倒れるように止まっていた。
デュラハンの右足があまりの硬度を誇っていたがゆえに、同じくバランスを崩したのだ。
その隙を逃さんとばかりに、デュラハンが右手をフランめがけて叩きつける。
フランはむりやりに転がることで、なんとか圧死を逃れたのだった。
(……あの硬さはなに)
全身のしびれ、そしてジンジンと響く痛みに眉をひそめながら、フランは考えた。
(筋肉や、鉱物のそれではない。まるで異質な――!)
――遠目から見える、セーレとデュラハンの戦いを見て、フランは理解した。
デュラハンの身体の一部が、セーレのナイフに吸い込まれていく光景を見たからだ。
(……なるほど。どういう構造になっているかは知らないけど、こいつは魔力の塊ってわけね)
身体の内部から響く痛みにうめきながら、フランは立ち上がる。
――傷はないから大丈夫だと思っていたけど、あばらが何本かやられているみたいね。
「……さて。どう落とし前つけて貰おうかしら?」
デュラハンをきっと睨みつけると、フランは獰猛に笑った。
◇
「――ハッ!」
デュラハンの隙をついて、フランが剣を突き刺す。
皮膚を貫通する感触にデュラハンは手を振り上げて対抗するが、すでにその場にはフランはいなかった。
「さて、これで5本……!」
フランの言葉通り、デュラハンの身体には彼女の細い剣が5本突き刺さっている。
本当に剣をその場に突き刺したままというわけではない。あれらは魔力で作った複製である。
突き刺した瞬間に剣を複製することで、疑似的に剣を固着させているのだ。
デュラハンはやはり魔力で構成されていたようで、剣の影響を受けて若干ながら動きが速くなっているように見える。
――やっぱり。でも、これで良いわ。
先ほどよりも迅速に動くようになったデュラハンを見ながら、フランは不敵に笑った。
「――――っ!」
――ふと、悪寒のようなものがフランの背筋に走る。
それにしたがって一気に後ろへと回避すると、次の瞬間にはフランがいた床は哀れな瓦礫へと変貌してしまっていた。
――とっさの判断だったけど、避けて正解ね。
あの場に留まっていたら、即座に哀れな肉塊となっていたであろうことを悟って、フランはひとり冷や汗をかいた。
(……さて)
改めて、フランはデュラハンの姿を見る。
それは確かに魔力を受けて絶好調であると言わんばかりの様子だが、それだけではない。
カクカクと不出来なからくり人形のように時折身体を落とす様は、あきらかな不調をあらわしてもいる。
(あと1本ってところかしら)
――中々順調ね。
フランはデュラハンの様子を見て、にやりと笑った。
デュラハンが震えるように、あるいはきしむようにフランの方向へと振り向くと、彼女は一気に走り出す。
四方へと落ちていく致死の拳を寸でのところで避けながら、ひたすらに近づいていく。
「――――!!!」
そしてデュラハンの左足へと近づくと、そのまま傷口をえぐるように思い切り踏み込んだ。
弱っていた箇所に追い打ちをかけられて、巨人のバランスが再び崩れる。
(……ここ!)
その隙を見逃すフランではない。
崩れ落ちてあらぬ方向へと落ちていった右腕に乗ると、そのまま思い切り剣を突き刺した――!
「――――!」
不快感を感じたデュラハンが、彼女を振り払おうと必死で右腕を振る。
フランは剣を引き抜いた後、その勢いに乗って宙へと舞い上がると、剣を前方に突き出して口を開いた。
「我、汝に宣言する!」
重力に従い、自由落下を行いながらも、フランは笑っていた。
「汝、その魔力を白日の下へ晒せ!」
フランがなにか攻撃を加えようとしているのを悟ったデュラハンは、彼女の詠唱を妨害しようと右手を伸ばす。
――まあ、もう間に合わないんだけどね。
その姿を見たフランは、内心でいたずらが成功したかのように、舌を出した。
「『魔力増強』!」」
フランはその一言と同時に、己の魔力のほぼすべてをデュラハンへと送り込んだ。
あまりにも急速かつ膨大な魔力の増幅に、デュラハンの身体が不自然に膨らみ始める。
過剰な魔力を受け取って、身体の構成が崩れ始めたのだ。
いびつながらも人型を保っていたデュラハンの身体が、醜い手の彫像のようになっていく。
そして無数の泡を集めたかのような、異形の姿へとなり果てると――。
――パン、という音と共に、風船のように破裂した。
高所へと吹き飛ばされた魔石が、重力にしたがって床へと落ちていく。
そして瓦礫の山と化した床に落ちると、その衝撃であっけなく割れた。
「……なんとか勝ったわね」
フランは満身創痍といった様子で、荒い息を吐いている。
唯一動かせる目で辺りを見渡すと、ちょうどタカマガヒメがデュラハンを撃退している姿を目撃した。
彼女もフランと同じく、息も絶え絶えといった様子だが、とりあえず命に別状はなさそうだ。
――よかった。
「あとは本丸だけね……」
――たのんだわよ、セーレ。
口には出さずに、内心で彼を激励する。
そして激励された当人は、今まさにサラマンドラと対面しているのだった。




