第52話 首無し騎士デュラハン(2)
「――っと!」
デュラハンの拳が、右手から目と鼻の先の位置へと落ちた。
俺はそれを避けながら、少しずつ距離を近づけていく。
相手はあまり頭がよくないようで、それに反撃しようと膝蹴りを繰り出してきた――!
「……おっと、危ないじゃないか」
しかしそれは予測済だ。
俺はスレスレの状態で後ろに跳ぶと、今度は突進してくるデュラハンとすれ違うように避ける。
ズガァン、と巨大な音がして、デュラハンが壁にぶつかったのがわかった。
きっと壁は、見るも無残な姿になっているのだろう。
――ヒュウ、と、なにかが空気を切る音が聞こえた。
背筋を伝う寒気にしたがって前方に走ると、背後から冷たい空気が伝わってくる。
思わずそちらに視線を移す。
すると、そこにはいくつもの氷でできた槍が、床に突き刺さっているのであった。
「……チッ」
外したか、とサラマンドラが舌打ちをする。
どうやら彼の妨害のようだ。
(それにしてもすさまじいな……)
もしあれを食らっていたら、きっとひとたまりもなかっただろう。
冷気のせいか、はたまた目の前に明確な殺意の証があるからか。
身体に走る震えを必死に抑えながら、俺は視線をデュラハンへと移した。
案の定壁にぶつかっていたらしく、デュラハンが走っていった先からもくもくと煙がたちこめている。
その中に浮かぶ影がゆっくりと動くのを認めて、俺は再び右へと跳びあがった。
バチンという音とともに、俺がいた場所の床が砕け散る。
音のした方向へと視線を移すと、先ほどまでデュラハンの頭につながっていた管のようなものが、床にだらりと垂れさがっていた。
次いで視線を元の方向に戻すと、やはり先ほどまで繋がっていた管がなくなっている。
どうやらデュラハンは、この管を鞭のように使って攻撃してきたらしい。
(……しかし、困ったな)
まさかこのような手に出てこられるとは思ってもみなかったのだ。
確かに、デュラハンが魔力の塊である以上、いわゆる肉体の欠損に頓着する必要がないというのは確かなのだが……。
(なによりも、中距離を攻撃する手段があるというのが痛い)
もっとも、反撃ができなくなるというわけではないのだが。
だがしかし、的が小さくなるというのは不都合である。
(……一か八かだが、やるしかない、か)
左腕を大きく振り上げたデュラハンを見て、俺は覚悟を決めた。
ヒュウ。
この緊迫した空気にはいささか似合わない音とともに、人の脊髄を簡単にへし折ってしまう鞭が襲い掛かってくる。
俺は少し左側へとよけ、右腕が射程範囲内へ入るようにすると――。
「……ハァッ!」
――ナイフを使って、管を一気に切り裂いた。
ふたつに分かたれた管の片方が、勢いを殺しきれずに的外れな床を破壊していく。
デュラハンの左腕は半分ほどの大きさになり、断面から血のように魔力を吹き出していた。
「…………」
当のデュラハンはというと、不気味なまでに沈黙を守っている。
……まあ、相手は魔力の塊にすぎないのだ。
その程度の反応だとしても仕方ないと言えた。
(……だが、これで中距離からの攻撃はなくなった)
俺はナイフを再び握りしめる。
そしてそのまま、真っ赤な霧に隠れた巨人へと向かって走りだした。
「……!」
デュラハンはこちらに気づいたらしく、まだ血が噴き出たままの左腕を振り回した。
一打、二打、三打……。
休みなく襲い掛かってくる波状攻撃を時にさけ、時に切り落とすことで防ぎながら、デュラハンへの接近を続ける。
「――――――――!」
これ以上はムダだと判断したらしい。
デュラハンは左腕での攻撃を取りやめると、次はその足を使って俺を薙ぎ払おうとしてきた。
「ハッ! ホッ!」
しかし俺は、それをタイミングよく跳ぶことで回避する。
時には足の下へと潜り込み、再びナイフで傷を付けた。
――デュラハンの傷口から、血が噴き出る。
先ほど――とはいってもデュラハンが左腕を自切する前のことだが――には見られなかった光景だ。
(……よし、予想以上だ)
俺はそれを見て、少しずつ勝利の糸口を掴み始めていると確信した。
かつてデュラハンを退治した人間の記述によると、デュラハンは基本的に血を流さない。
しかし、弱ると同時に、真っ赤な血を霧のように噴射しはじめるという。
その文献では理由を「デュラハンの身体には何かしらの結界が張られていて、それを破ったのではないか」と書かれていたが、今の俺にはわかる。
それは誤りだ。
現在見えるデュラハンの身体は魔力の塊であり、そもそも血液が流れていないのだから血が流れるなどありえない。
ならばなぜ血が噴出しているように見えるのか? 答えは簡単だ。
つまり、消耗のあまり身体を維持できなくなっているからだ。
「――――!」
デュラハンの膝から下が崩れ落ちはじめる。
いや、霧散しはじめる、といったほうが適切かもしれない。
デュラハンの身体はまるで煙のように空気へと溶け込みはじめ、やがて胴体から上が地面へとポトリと落ちた。
もう限界なのだろう。他の部分からも黒い煙のようなものが出ている。
(……だが、時間をかけている余裕はない)
すぐに終わらせると、俺は再び足を進めた。
――また、なにかが空を切る音が聞こえた。
音の位置にしたがって、俺は身体を低くする。
それとほぼ同時に、俺の頭上を魔力の通った短剣が通りすぎたのを感じた。
(……また妨害か)
舌打ちを堪えながら、サラマンドラの方向へと視線を移す。
彼は懐から先ほどと同じ短剣を取り出すと、なにやら呪文を唱えていた。
おそらくまだ抵抗を続けるつもりだ。
(しかし……)
まずはこちらを、と歩みを止めずデュラハンへと視線を戻す。
もはや原型をとどめていないほどにボロボロだというのに、その身体は抵抗を続けていた。
威力も健在のようで、攻撃の余波を受けて部屋の床が次々と瓦礫へ変貌しているのがわかる。
しかしその動きは大味で、もう苦労もせずに回避できるほどだ。
俺はなんなくその攻撃をかわすと、そのままナイフをデュラハンの胸元へと突き刺した。
「―――――――――!」
金属音のような叫び声とともに、パキリとなにかが割れる音がする。
それと同時に、デュラハンはパタリと力なく倒れ、黒い煙となって消えた。
どうやら倒せたようだ。
(……さて、他のやつらは大丈夫だろうか)




