第49話 侵攻開始
俺たちは、城からもっとも近い場所にある帝国の駐屯所へと辿り着いていた。
元々の砦を再利用した駐屯所の姿は、しかしどこか重々しい空気である。
それはここが砦だからか、あるいは帝国がもたらすどこか血なまぐさい空気ゆえか――。
(――飲まれるな)
震える己の身体を抑えながら、俺は必死で暗示をかける。
今の空気に飲まれてしまっては、その先に待っているのは死のみだ。
ほんの少しでも平常心に見えるよう、3回ほど深呼吸をして気分を落ち着ける。
「……それでは皆」
俺は周囲を見回した。
一緒に来てくれたフランとタカマガヒメ、そして手塩にかけて育ててきた兵士たちがぞろりと立っている。
当初はこの人数で奇襲を行う予定だったのだが、どうやら情報が漏れてしまったらしい。
目の前の砦は、まさに臨戦態勢といった様相を呈していた。
俺は大きく息を吸い込んで、士気をあげるべく大声で叫んだ。
「……行くぞ!」
◇
兵士たちは人の波を作り上げながら、一気に砦の正面突破を狙う。
金属が擦れる音、大地を踏みしめる音――。
雑多な音が四方八方から入り乱れ、まるでドラゴンの咆哮のような轟音へと変化している。
「ぐあっ!」
「なっ……! があっ!」
「グッ……ヴゥ……!」
ガキン、と獲物がぶつかる音。
心臓に獲物が届いた音。
ドサリ、と亡骸が地面に横たわる音。
狂乱と殺意のオーケストラを背景に聞きながら、俺たちは砦の左側にある、巨大な地下洞窟を進んでいた。
――戦っているはずの、兵士たちと共に。
「どうやら作戦は大成功のようだな」
「正直なところ、少し不安だったのですが、うまくいったようで安心しました」
タカマガヒメがほっとした表情を浮かべる。
そう、表にいる兵士たちは幻影。
厳密には、タカマガヒメがその記憶と魔法を用いて作り上げた、タカマガヒメの心中にある彼らの印象である。
普通であれば、一度切られてしまえば簡単に消えてしまうはずなのだが――。
「よし! 撃破したぞ!」
――表から聞こえてくる声からするに、そう簡単な代物ではなさそうだ。
おおよそ、血や死体の倒れ方さえもシミュレーションしているのだろう。
その魔力量もさることながら、それだけの人間の動きを想定できる頭脳には恐れ入った。
「……それにしても驚いたわ。タカマガヒメがあんなにも細かい幻影を作れるだなんて」
「みなさんとは訓練などを通して長く接してきましたから」
どのように動くのか、なんとなくわかるんです。
表の乱戦を茶番へと変えた張本人は、そう言って微笑んだ。
その表情はまるで争いを知らない深窓の令嬢のそれであるが、なにを行った笑顔なのかを考えると、彼女もまた歴戦の戦士なのであると思い知らされる。
「おかげで兵士を減らさずに潜入することができるよ。ありがとう」
「いいえ、私がひとりでやったことではありませんから」
タカマガヒメは手を必死に振って俺の言葉を否定しようとする。
その様子がどこかおかしくて、俺は思わず吹き出してしまった。
「な、なにか変なことでも言いましたか!?」
「いや、ただ感心していただけだよ」
これだけの力を持っているのだ。普通なら多少おごっても許されるものである。
しかし、彼女はそれをよしとしないのだ。
それがどれほどすさまじい事なのか、俺は知っていた。
俺だけでなく、きっとここにいる誰もが、だが。
――ゴオン、となんとも言えない衝突音が外から聞こえる。
「……さて、そろそろ動くか」
俺が彼らを見てそう口に出すと、彼らは真剣な表情でゆっくりとうなずいた。
◇
洞窟の中は太陽ひとつ通らない暗闇で、ところどころの壁から水が漏れているのか湿った空気が充満している。
俺たちはその中を、フランの『ライト』による淡い光とともに進んでいた。
育てた兵士とは別にリュウノスケからあてがわれた兵士の情報によると、元々はアズマの国を追われた民の隠れ里だったらしい。
政争に敗れ、方々に散っていった者たちの、その跡地のひとつなのだとか。
「よく知っていたな」
「ハハ、先祖がその内のひとりだったもので」
兵士は所在なさげに頭をかく。
先祖がここに暮らしていたのは大分昔であり、文献も露呈を恐れて作っていなかったそうだが、口伝である程度までは詳細な内容が残っているらしい。
「まあ、人の口から出てきたものですから、あまり信用しきってもいけないのですがね」
ハハ、と彼は快活に笑った。
とはいいつつも現状は彼の知識のおかげで進捗は順調だ。
ぬめりのある床に気を付けながら、俺たちは目的の場所まで一直線に進んで行った。
いわく、逃げ道を多くとるため、そして飢饉のときに食料を手に入れるため、この洞窟には多くの出入口があったそうだ。
その入口のひとつが砦の真下にあり、しかもおあつらえ向きに地下から床材が取り外しやすくなっているらしい。
「この砦の建設者が存在に気づいたのでしょうね」
そして万が一のときのためにここを残しておいたのではないか。
兵士はそう考察していた。
「このあたりに大分詳しいのね」
「ええ、血筋を買われたのか、この砦を任されていた時期があるもので」
なるほど、リュウノスケはこのために彼を組み込んだらしい。
砦の真下にいちする隠れた洞窟の存在自体は作戦前に聞いていたが、ここまで詳しくは聞いていなかった。
俺の経験不足をうまくフォローされた、というわけか。
「ありがとう、おかげで行き当たりばったりにならず済んだ」
「いえ、私はこれくらいしか出来ないものですから……」
なにかあってもセーレ様ならなんとかできたでしょうし、と彼は謙遜する。
なるほど、確かに彼がいなくとも【鑑定】を使うことで同じような潜入はできたろうし、当初はその予定であった。
しかし、このあたりに詳しい彼のおかげで、想定よりも何倍も早く移動できているのだ。
これくらいなどとんでもない、すばらしい功績であった。
「……さて、この辺りですね」
件の兵士が足を止めると同時に、俺たちも足を止める。
その場所はそれほど大きくなく、今まで進んできた場所と風景はそう変わらない。
出入口であると言われなければ通り過ごしてしまいそうだ。
「光を天井の方に上げてくださいませんか」
その言葉を聞いてフランが手を上に掲げる。
そこには天井まで続く急こう配の坂があり、他と同じく岩肌の露出した風景のなかに、ひとつだけ人工的に磨かれた正方形の石材がはめこまれていた。
「あれをどかせば砦に入ることができます」
兵士はそう言った。
しかし坂の様子を見てみると、そこまで多くの人間が昇るというのも現実的ではない様子だ。
「……よし」
ゆっくりと周囲を見回して、再度彼らに命じる。
「これから部隊を半数にわける。半分は敵の襲来に対する備えと、後方支援を兼ねてここに残ってくれ。フランとタカマガヒメを加えた残りの者たちはこのまま砦へと突入する」
かまわないか。
俺はそう言って右手で突入部隊を、左手で残留部隊をおおまかに指さす。
「かまいません」
「了解しました」
「守りはお任せください!」
「潜入は俺たちが!」
彼らは思い思いに返答しながらも、粛々と俺の指示にしたがってくれる。
俺たちと彼らの関係は、ほんの少し鍛えた程度でしかないが、それでも強い信頼関係を築けているようだ。
内心で彼らの反応に感謝しながら、俺たちはゆっくりと坂を昇った――。




