第48話 暗中にて(帝国視点)
一方そのころ。
ブルートファートストーヴ帝国では会議が開かれていた。
円卓に割り振られた七つの席へと、6人の男女が座っている。
「――ガンマ部隊が壊滅したそうです」
凍てついたような石材が四方を囲う会議部屋の中で、赤い髪をし、燕尾服を身にまとった小柄の男は重々しく語った。
「現在、帰還した者らを捕縛しておりますが、どうされますか?」
マリア陛下、と男がかしずく。
マリアと呼ばれた女は真っ黒な髪を背中まで伸ばし、ところどころに髑髏の装飾をあしらったドレスをまとっている。
彼女はつまらなさそうに頬杖をついて、
「実力のあるものは引き続き部隊へ、そうでないものや重傷を負ったものは支援部隊へと遅れ」
裏切り者がいれば適宜処分しろ、とぶっきらぼうに答えた。
「了解」
サラマンドラと呼ばれた赤髪の男は、陶酔したようなまなざしをマリアへと向けながらひざまずく。
「ところで陛下」
と涼やかな藍色の髪を結いあげた、長身の女が声をあげる。
「彼らを壊滅させた者どもの正体についてはつかめているのでしょうか?」
その問いに、マリアはあくびをしながら、と
「無論だ。ノームとシルヴァから情報は得ている」
と答えた。
女は信じられないといった表情で、
「な、シルヴァが!?」
と右隣に座っている、金髪碧眼の青年へと振り向く。
「……村の殲滅へと当たった時に会ってな」
後でノームから話を聞いたところ、そいつと同一人物だったようだ。
シルヴァと呼ばれた男はそう語った。
「ウンディーネや、儂も時間が足りなんだのだ」
すまなかったのう。
ウンディーネと呼ばれた女の左隣に座っている、手足に隙間なく縫い跡が残っている老人――ノームは笑いながら言った。
それは、どこか慇懃無礼なものであった。
「……それだけではありませんわ」
との声に、マリアを除いた4人の目線が一点へと集まる。
そこには、絶世の美女がいた。
黒い髪は短く切られているが、紫色の目と少女のような顔立ちは魅力的で、一方で立ち振る舞いは淑女のものだ。
ありとあらゆる男を手管に取れるであろう女であった。
「王国に奪われた宝玉があったでしょう? あれによって前国王がネフィリムと変貌したそうなのですが、それを彼らが退治したそうです」
突然の情報に、周囲がざわめく。
「シーレーン、それは真か!?」
とサラマンドラがまるで食って掛かるように美女――シーレーンへ問いかけると、
「ええ。独自ですけど、信頼できる情報筋ですわ」
と蠱惑的な笑みを浮かべた。
「……我々が持つ七つの宝玉は、選ばれたもののみが扱うことができる代物だ」
王国の者は選ばれなかったのだな、とマリアは退屈そうに遠くを見つめた。
「シーレーンよ。回収はできたのか」
「それが不可能でした」
力不足で申し訳ありませんと、しなだれかかるように頭を下げる。
マリアはその姿を見て優しげに、
「よい。宝玉がひとつ消えたところで、我等の力は衰えないからな」
と頭を撫でた。
「……さて、ノームよ」
「はっ」
「あ奴らがこの後どのような手を取るのか、予想はついているのか」
「完璧ではございませんが、ある程度であれば」
ノームは自信に満ちた笑みを浮かべながら口を開いた。
「今回こそ我等の敗北に終わりましたが、圧倒的な力の差があることは変わりません」
「うむ、そうだな」
「ゆえに、相手はこのまま数で押しつぶされる長期戦ではなく、早期決着をもくろむと考えられます」
「と、いうと?」
「奇襲、ゲリラ戦法。この城に直接潜入しての暗殺も、ある程度は視野に入れているでしょう」
そうやってどこか殺意を思わせる空気をまとった、しかし表面上は穏やかに進行している会議に――
「――陛下! 陛下! 前線基地に敵襲です!」
――ひとりの兵士が怒号を放ちながら乱入した。
突然の敵襲に、会議室の空気は一変する。
「な、なにが怒ったのか説明しろっ!」
あまりにも急な情報に、サラマンドラは取り乱しながら兵士を怒鳴りつける。
「は、はい! ガンマ部隊を撃破したセーレ一派と思わしきものたちが、城内に侵入しました!」
その情報に対する反応はさまざまだった。
サラマンドラは慌てふためき、ノームはすぐさま計画を立てはじめる。
ウンディーネは面倒くさそうな表情をし、シルヴァは仏頂面を、シーレーンは笑顔をまったく変えずにその場へと座っていた。
「私が出る……!」
――そしてマリアは、来る乱戦の気配に、目をらんらんと輝かせていた。
好い、実に好いぞとマリアは不敵に笑う。
「陛下」
笑うマリアをシーレーンが静止した。
「シーレーン、なんだ」
マリアが機嫌を損ねた様子でぶっきらぼうに睨む。
「私たちはまだ、彼らの力の全容を見たわけではありませんわ」
「……なにが言いたい?」
「今倒したとしても、陛下にとって蟻にも満たない相手である可能性もあるということです」
睨みつけられたシーレーンは、しかし蠱惑的な笑みを浮かべたままだ。
「まずは私たち5人で、どのような実力の持ち主から探し出してみる方が良いかと」
マリアはシーレーンを疑うように睨み続けていたが、ふうとため息を吐くと頬杖をついた。
「なるほど、そなたのいう通りだな」
ひりついた空気が会議室に立ち込める。
「ええ。こんなにも愛しているというのに、どうして陛下を害するような意見をするでしょうか?」
そのようなことはありえません。
言外にそう宣言しながら、シーレーンは笑みを深めた。
「……そうだったな。お前の愛を疑うなど、我ながら信じられん」
シーレーンの言葉を聞いたマリアは、先ほどまでの疑心に満ちた表情を一変させ、心の底から目の前の女性を愛しているかのような、甘くとろけた雰囲気をかもし出し始めた。
その答えを聞いたシーレーンは、さらに笑みを深めながらマリアに尋ねる。
「それでは、私たちに機会をいただけるのですね?」
「ああ、もちろんさ」
あたかもふたりだけの世界へと向かったようなマリアとシーレーンの様子に対する反応はさまざまだ。
サラマンドラはシーレーンを憎々しげに睨みつけ、シルヴァは興味もなさそうにただぼんやりと虚空を見つめている。
ノームはまるで弱みを握ったかのように醜悪な笑みを浮かべる一方、ウンディーネは興味なさげだ。
「……さて、諸君」
シーレーンとの睦言を思わせるような会話を止めると、マリアはすぐさま表情を愛するものを手にした女のそれから皇帝のそれへと変化させ、眼前の5人に対して命令した。
「これから諸君らには、襲撃をはじめたセーレたちの撃退を行ってもらう。誰が向かうか、どのような戦術をとるかも自由だ」
期待しているぞ。
マリアはそう言って、円卓に座る5人へ向けてどう猛な笑みを浮かべた。




