第47話 戦場
地平線の向こう側から、ぞろぞろと人の列が向かってくる。
その数は数百……いや、数千はくだらないといったところだろうか。
次々とあふれる人の波は、まるで黒々とした蝗の群れを思わせる。
平和な国を食らいつくす蝗、といったところか。
(彼らに罪はない。わかっているんだが……)
ここに来るまでに、いくつかの村を見てきた。
打ち壊され、崩れ落ちた村を、
度重なる戦乱によって飢える村を、
恐怖におびやかされた、村人の表情を。
あそことは違う場所だ。それは理解しているのだが、故郷の子どもたちの顔が、彼らと混ざってしかたがないのだ。
「……だから、恨むなよ」
俺はそう呟いて、崖の上から一気に飛び降りる。
「全員かかれ!」
どうどうと、地が揺れんばかりの轟音が荒野に響き渡る。
奇襲作戦は成果があったようで、不意を突かれた帝国兵たちは次々とその獲物に刈り取られていった。
突き刺された、あるいは切られた兵士たちが、力なく崩れ落ちていく。
「戻れ!」
続いてそう叫ぶと、兵士たちは帝国兵を取り囲むよう、コの字型に広がった。
さて、ここからが本戦だ。
◇
「ものども! かかれ!」
「ぐっ……!」
「アイザック!」
四方八方から怒号が飛び交う戦場で、俺は【鑑定】を使って必死に敵将を探し出していた。
これだけの数の兵士を操るには、それなりの統率を取らなければならない。
だからこそ、一度敵将を打ち取ってしまえば残りは烏合の集と同じなのだ。
あちらこちらから飛び出してくる敵兵を撃破しながら、俺は目を皿にして辺りを見回す。
(……見つけた!)
目つきの違う兵士たち――おそらく護衛だろう――に守られた箇所に、他の兵士たちと比べてひときわ上等な鎧を着た男が立っている。
間違いない、あれが敵将だ。
「俺は敵将を撃破しに行く。フランは兵士の指揮を、タカマガヒメは後方支援を頼む!」
情報源とするために襲い掛かってきた兵士を昏倒させ、縛り上げて捕まえながら、俺はふたりに言った。
「わかった! セーレも気を付けてね!」
「ご無事で!」
「ああ!」
俺はふたりに手を振ると、そのまま敵陣へと飛び込んでいくのであった……。
◇
ここでバレると一気に不利になってしまうため、俺はゆっくりと近づいていく。
消音の魔法は消してしまったが、戦場の怒号、悲鳴はすさまじい。俺の足音ひとつ程度であれば聞こえもしないほどだ。
そして敵の死角を縫うように歩き、ときには這いまわり――
――護衛のうなじ、鎧と鎧の隙間へと向かって、ナイフを一気に突き刺した。
「……!」
中に鎖帷子でも着込んでいたのだろうが、このナイフの切れ味はSSSランク相当の魔物さえ切り伏せてしまうほどだ。
普通の鉄程度は紙切れのように切れてしまう。
そして首の頸動脈をすっぱりと切断され、護衛は声もなく倒れ伏した。
(これで1人目……)
だが、もたもたはしていられない。
周囲をざっと眺めると、護衛の数は先ほど倒した相手もふくめて6人といったところだ。
いささか少なくも思えるが、数を増やすよりも信頼できる人間で固めた方が良いという判断なのだろう。
兵士たちの指揮はフランに、後方支援はタカマガヒメに任せている。
そうなると、気づかれるとあまりよろしくない。
俺ひとりであればなんとかなるかもしれないが、ここは戦場。
たったひとりの勝敗がすべてを決めるような、そんな甘い世界ではないのだ。
タン、タン、タン。
可能な限り音を殺して、次々と護衛を排除していく。
(3人目、4人目、5人目――)
――6人目!
「グッ!」
(……しまった!)
ナイフを少しだけ避けられたらしく、護衛から苦悶の声が上がる。
すぐさま首を一文字に切り伏せたため被害は少ないが、敵将に気づかれたしまった。
幸い、まだ位置までは完璧に悟られてはいないようなので、一気に敵の首へとナイフを突き出す。
首、悪くても目に当たってくれれば良いのだが――。
「フンッ!」
――俺の存在に気づいていた敵将は、とっさに頭を下げ、俺の攻撃を避けた。
すっぱりと切り落とされた兜の紐が、はらはらと風に乗って飛んでいく。
真っ青に染められたそれは、血によって赤く染まった大事の上に花びらのごとく落ちた。
「……お前は誰だ」
敵将がそう問いかける。
「何者でもない、お前の敵だ」
俺はそう答えて、手元のナイフを懐へと突き刺した――!
「……!」
敵将はとっさに後ろへと後ずさりし、その凶刃をよける。
その鎧があっけなく切り捨てられる様子を見て、事態を飲み込んだらしい。
無言で剣を手に取ると、おもむろに懐へと片手をよこして――。
「させるか! 『ファイア』」
相手は明らかに増援を呼ぶ気だ。
そう判断した俺は、妨害のために手元から火球を放った。
予想はしていたらしく、敵将はその剣で俺の放った火球を切り伏せた。
(だが、目的はそれじゃない……!)
俺は炎と黒煙に隠れて走ると、そのまま敵将の剣を持った手とは反対方向にあるもの――通信用の魔石へナイフを刺し込んだ。
「なっ……!」
魔石はナイフに魔力を吸い取られ、ただの石へと変わり果てた。
――瞬間、敵将の蹴りが目の前におそいかかる。
俺はそれを避けると、魔石から抜き取ったナイフでそのふとももを切りつけた!
「グアァッ……!」
敵将が苦悶の声を上げながらバランスを崩して倒れる。
ようやく気付いたものもあらわれたようで、遠くからこちらに走ってくる兵士の姿がちらほらと見えた。
今しかない――!
「悪く思うなよ」
俺はそのまま、敵将の首目掛けてナイフを一気に突き刺した。
◇
敵将撃破の報は、その凄惨な戦場であるにもかかわらず迅速に届いたようだ。
彼らはすぐさま撤退体制に入ると、そのまま脱兎のごとく逃げ出していった。
このまま戦い続けていたら負けると判断したのだろう、その統率のとれた体制と冷静な判断力は、おそろしいことこの上なかった。
「……終わったわね」
「ああ……」
俺はというと、敵兵が撤退したあと、そのまま倒れ伏してしまった。
鮮血に染まった手が震えていう事を聞かない。
思っていた以上に、人を殺す感覚が堪えていたらしい。
「まったく情けないな……」
それなりに修羅場をくぐってきたつもりではあった。
勇者の称号さえもらった。
しかし、どれだけ優秀であろうとも、結局のところ俺はただの村人なのだ。
この身体の震えが、それを雄弁に物語っているように感じた。
「……ううん」
自分の情けなさを自嘲していると、フランがゆっくりと首を振る。
「それだけの力を持って、人を殺すのを怖がれるのはきっと素晴らしいことよ」
「……そう、だろうか」
「ええ」
人を殺してなんとも思わない人間も、何人もいるから。
彼女は最後に、まるでひとりごとのようにそうこぼした。
いや、実際にひとりごとなのかもしれない。
だが、俺は――。
「……ありがとう」
――彼女の言葉に、少しだけ肩の荷が下りたように感じたのだった。




