第46話 準備
食客として男の城に世話となってからしばらくの間、俺たちは兵士の訓練を見ることになっていた。
どうやら今回の侵攻で多大な犠牲が出たらしく、現状猫の手も借りたい状況なのだとか。
そういった経験はないからと断ろうかとも思ったが、あれだけの覚悟を出された手間無下にするのも寝覚めが悪い。
そういうわけで、俺は彼らの訓練を見ていたのだった……。
「……そこ、姿勢が悪いぞ」
「し、しかし、これが正しい型でして」
「型はしっかりできてるんだろう? だったら自分の身体に合わせた動きへと修正するべきだ」
ほら、こんな風に。
そういって【鑑定】で見た理想の型をまねてみる。
ほんの数分の一にも満たない完成度だったが、なんとか教材にはなったようだ。
最初は見よう見まねで動いていた男だったが、時間を経るにつれてぐんぐんと伸びていった。
「す、すごい……」
ほんの数時間だけで一気に伸びた実感を得たのか、男は戸惑ったように自分の手を見た。
「ほら、俺の言った通りだっただろ?」
まあ、俺がやったのは【鑑定】で理想の動かし方を探しただけなんだけどな。
そう付け加えながら彼の肩を叩くと、男はきらきらと目を輝かせて、
「ありがとうございます!」
と頭を下げた。
◇
「……どうだ?」
「中々の成長っぷりよ。帝国がどれくらいの力を持っているのかわからないからなんとも言えないけど、王国の騎士団相手ならいい勝負になるんじゃないかしら」
俺はフランから話を聞きながら、城の主――リュウスケというそうだ――の待つ奥の間へと向かっていた。
どうやら帝国が近日中に敵襲へと来る予定であることを掴み取ったらしい。
その手柄をとったのが、俺が教鞭をとった者だというから誇らしいものだ。
ゆっくりと、板張りの廊下を歩いていく。
「……来たか」
リュウスケは、いつものように奥の間でゆったりと座っていた。
客人扱いとはいえど、依頼を受けた張本人だ。俺たちは跪いて、頭を垂れた。
「頭なぞ下げんでよい」
まったく、何回も言って居ろうに、とリュウスケが愚痴るのを聞いて、俺たちは頭を上げた。
彼からすれば不本意このうえないだろうが、こちらにも立場というものがあるのだ、諦めてほしい。
「敵襲がある、と聞きましたが」
今まで静かに様子を見守っていたタカマガヒメがリュウスケに問う。
それを聞くと、リュウスケは先ほどまでのどこか親しみやすい表情を潜め、為政者としての威厳ある顔つきへと変化させて答えた。
「然り。時刻は明後日の明晩ほどではないかとのことだ」
明後日。
ある程度覚悟はしていたが、恐ろしいほどに早い敵襲の予定を聞いて、内心で震えあがる。
一方でタカマガヒメとフランには動揺した様子はない。
スキルの効果である程度対等に付き合えてはいるものの、この対応の違いに実戦経験の差を見てしまう。
(……まあ、逆に考えれば経験の差を彼女たちが埋めてくれているということだ)
「布陣はどのような状況だ」
彼女たちの重要性を再認識しながら、俺はゆっくりと口を開く。
ちなみに、敬語はどうしても嫌だというので、なんとか外すことにしたのだ。
……もっとも、俺以外はどうやっても敬語が抜けず、最終的に諦める結果となってしまったのだが。
「前列に槍をを持った騎士を配置し、後ろに魔術師たちを置く、よくある陣形じゃ」
そういってリュウスケは図形が描かれた紙を床に敷いた。
「これは……?」
「タエが描いてくれた図じゃ。あくまで推測の形にはなってしまうが、ある程度の参考にはなるじゃろう」
俺たちはその図画をじっくりと見る。
侵攻途中であり、最終的な場所は違うからだろう。地形については描かれていない。
よくある陣形、とは言われていたが、その人数は見たこともない数だ。
「……なるほど。この陣形は防御面では強いが、攻撃力に不安が残る。それを人数でむりやり補ったのか」
力業、といえば強引にも聞こえるが、数の利を得られるというのはそれだけですさまじい優位を得られる状況だ。
しかもそれを最大限に生かしてくる相手と来れば、まったく油断はできないだろう。
「……これは、今のうちに叩いておいたほうがよさそうだな」
俺がそうつぶやくと、リュウノスケはゆっくりと首を縦に振る。
やはり彼の頭の中にも、その考えがあったらしい。
事実、これだけの人数を相手すると、どうしても被害が大きくなってしまう。
であればこそ、早いうちに叩いておいたほうが得策なのだ。
(……それに、敵の情報について色々と残しているかもしれないしな)
「さて、そうなってくるとある程度地形の把握が必要になってくるわけだが……」
リュウノスケの方をちらと見る。
「どんな形をしているのか、教えてくれないか?」
それを聞いたリュウノスケは、にやりと悪役のような笑みを浮かべた。
◇
「……さて、ここが目的の場所か」
強い風に吹かれて暴れる髪をうっとおしく思いながら、俺はつぶやいた。
「ここから奇襲を仕掛ける、ってことらしいけど、中々大変そうね」
どうやら俺の言葉が聴こえていたらしく、フランがおっくうそうにため息をついた。
今、俺たちの眼前には絶壁の崖が広がっている。
魔法も使わずに落ちてしまえば、よくて即死だろう。
おまけに四方からは強い風が絶え間なく吹きすさぶ。
この崖が、俺たちが立っている方向と真逆の場所にも、まるで鏡合わせのようにそびえたっていた。
一方でその下には、荒野ではあるが硬く歩きやすそうな大地が続いている。
崖と崖の間がもっとも狭まるところは人が30人も並べばぎちぎちになってしまう大きさで、まるで関門のようだ。
……今までの情報から考えて、帝国軍はこの『死神の断頭台』から侵攻を仕掛けてくる可能性が高い。
リュウノスケはそう言っていたが……。
「……なるほど、歩きやすい大地に、帝国から見て短い直線距離、風が強いと侵攻が難しくなる要因も、逆に相手の裏をかく好機と見たわけか」
「そうですね。他の場所を見れば、若干遠回りながらもより動きやすい平原なども多くありますから、そちらに警備が割かれると踏んだのでしょう」
俺の言葉にタカマガヒメが同意する。
ちらとフランの方を見ると、彼女も同じことを考えていたようだ。
ここは非常に厳しい地形で、村も少ない。
しかし一方で土は硬く、風が強いがゆえに崖上からの奇襲も考えづらい。
すべてが崖になっているため、昇るのが非常に困難だからだ。
(まあ、あながち間違った考えではないが……)
今のアズマの国には、風の強さを無視できるだけの魔法を持った俺たちがいる。
そして俺たちは、その魔法を使って結界を貼り、気配と風の両面を遮断することによって大量の兵士を連れて来ることに死回向していた。
これだけのことをしたのだ。帝国の不運は、俺たちがいたことだ、と少し大きく出てもいいだろう。
「……来ます」
そして風を無視できる能力の持ち主――優れた聴力を持ったタカマガヒメが、耳慣れぬ足音を拾う。
とうとう相手もやってきたようだ。
「さて、ここからは気を引き締めるぞ」
フラン、タカマガヒメと、そして兵士たちへと向かって、俺はそう宣言した。




