第45話 依頼と駆け引き
「……ハァ、ハァ、ハァ……」
なんとか逃亡に成功した俺たちは、しばらくの間、その場にうずくまっていた。
護衛対象のふたりは心神喪失、俺たちは肉体の疲労という違いはあったが、どちらも疲れ果てていることには変わりない。
「ここは……」
しばらく息を切らしたままでいたが、力づくで立ち上がって周囲を見渡す。
アズマの国の地理について頭に入れていなかったからか、どこに辿り着いたのかわからない。
うっそうとした森の中のため、まず追いつかれることはないと思うが……。
「……周囲に獣や魔物はいないみたいです。とりあえず一安心かと」
タカマガヒメのその言葉を聞いて、俺はどさりと崩れ落ちた。
「……セーレ?」
心配そうなフランに、大丈夫だと片手をあげる。
「少し……疲れただけだ…………しばらくしたら……起こして……く……れ……」
まぶたが重い。
根性でなんとか言伝を頼んだと同時に、俺は気絶するように眠りへとついたのだった。
◇
ガラガラと、車輪の転がる音が聞こえる。
「ん……?」
目を開けると、そこは馬車の中だった。
「ここは……?」
「城下町へと繋がる馬車よ。たまたまあの森を警備していた人がいて、その人に助けてもらったの」
未だぼんやりとした目で辺りを見回すと、どこかほっとした様子のフランが座っていた。
傍らではすやすやとタカマガヒメが眠っている。
「警備……?」
「――お、ようやくお目覚めか」
ずいぶんとぐっすりだったみたいだな、と突然現れた女が笑う。
たおやかな外見をしているが、中身は随分と強気なようだ。
「紹介が遅れちゃったわね。この人が警備をしていた――」
「タエだ。少しの間だけの縁だが、よろしくな」
そういってタエは右手を前に出した。
「……さすがにまだ握手をするのはつらいぞ」
「おっと、そうだったか」
すまんすまんと彼女は豪快に笑った。
「フランから話は聞いたよ。外のほうからやってきて、別に得するわけでもないだろうに、ありがとうね」
「別に、あのまま見捨てたら寝覚めが悪いからああしただけだ」
「それでも、だよ。打算込みでも自分の身を危険にさらしてまで助けてくれる奴なんてそうそういない」
少し話していてわかったが、このタエという女はかなりのお人よしのようだ。
……いや、あるいは俺がそういうことにしたいだけなのかもしれないが。
もっとも、だとしてもこの様子なら多少踏み込んだ質問でも答えてくれそうだ。
そう考えて、俺は彼女に声をかけた。
「少し聞きたいことがあるんだが、いいか?」
「おう、なんだい?」
「帝国の侵攻は、どれくらいまで広がってるんだ?」
次の瞬間、タエの眼孔が鋭く光る。
「それを言って、アタシたちになんの得があるんだい?」
なるほど、彼女の言い分ももっともだ。
いくら村を助けたと言っても、俺たちは異国の人間。完璧には信用できないのだろう。
急に裏切るかもしれないし、元から帝国の密偵かもしれない――。
俺たちからすればありえないことはわかっているが、彼女たちからすれば疑ってしかるべき事態だ。
……となると、俺たちも相応の対価を支払わなけらばならないだろう。
「……お前たちに手を貸そう」
「ほう?」
「残念ながら、俺たちに強大な権力はない。だから国を挙げて動くといったことはできないが、その分個人で動くことはできる」
それでは不満か? とタエに尋ねる。
タエはひどく悩んだ様子で、俺たちの顔をじっと見ていた。
「……実力は?」
「俺とそこのフランは、一応英雄と呼ばれているな」
それにこいつは龍の幼体だぞ、とタカマガヒメを指さす。
それを聞いたタエは苦しそうにうなって、
「……わかった。城まで連れて行こう、判断はそれからだ」
と答えた。
◇
「……ということでこやつらを連れてきたのですが」
どういたしましょうか、とタエが目の前の男に跪きながら問いかけた。
タエに連れてこられた城もまた、王国とは違った建築様式をしており、まるで異世界に飛んできたような感覚におちいる。
……まあ、実際に異世界まで行った俺が言ってしまうとしゃれにならない可能性があるのだが。
そして城の奥まで連れてこられ、そこの一段高くなった場所に、男が座っていた。
タエと比べても上等な布でできた服を着ており、一目で高位の人間だとわかる。
「……よかろう。そのものたちを食客として迎え入れよ」
「よ、よろしいのですか? 私がいうのもなんですが、せめてギルドに連絡を入れて真偽を確かめるべきでは……」
「帝国の力は強大じゃ、我らの力だけでは遠くない内に敗北するじゃろう」
じゃが、と男は俺たちを見る。
「彼らの言葉が真なのであれば、我らは英雄をふたりも味方につけることができる。帝国とギルドの仲は悪化の一途をたどっているとも聞く、ギルド側から横槍が入ることもないじゃろう」
「もし、偽りであったなら?」
「……その時は、滅びを待つのみじゃ」
彼の言葉の裏へと潜む真意に、俺は背筋が凍る思いをした。
つまり彼は、信用してほしければ活躍しろと言っているのだ。
己の、いや、国民の命という、余りにも重い対価を払って。
(確かにここまで言われてしまえば、経歴を詐称してるだけの人間は重荷に耐え切れず逃げ出すだろうな)
そして残るのは密偵か本物のどちらか。
すさまじくハイリスクハイリターンな策だが、ここまでしなければならないほどのひっ迫しているということだろう。
そしてこれだけの対価を支払われてしまったら、俺に出せる答えはひとつしかなかった。
「……わかった。その依頼、受けよう」
報酬はどれくらいだ?
二の句にこれを告げたのは、もしかしたら俺の中にひそむプライドゆえかもしれない。
実際、俺としてはどのような条件であっても依頼を受けるつもりではあったのだ。
……もちろん、終わったら自害しろなどといった理不尽なものを除いて、だが。
「そうじゃな……」
男は悩んだ様子である。
とはいえ、渡さないというつもりではないのだろう。
どれくらい渡すべきか、そして渡せるだけの余裕があるか、
それを思案している、といったところだろうか。
「……魔力を制御するための指輪を用意しよう」
男はそう言った。
しかし、魔力を制御する目的で使われる指輪は市場でもすでに出回っているのだ。
ここは真意を問い質す必要がある。
「俺の魔力量は膨大でな、そこらの高級品では対応できないだろう。……それで、どれくらいまでなら出す?」
「我が城に代々伝わる伝説の品である、といったらどうなる?」
「……!」
我は魔力も大した事ないからの、とおどけてみせるが、とんでもない。
仮にそうだとしても、代々伝わるという事は、もっているだけで価値が生まれるだけのシロモノだということだ。
それを依頼の報酬として渡す――。
(豪胆なのか、蛮勇なだけか……)
【鑑定】を使えば識別はできるだろうが、それで理解できるとも思えない。
これまた、随分な大物と出くわしてしまったようだ。
「……わかった。それで行こう」
俺は彼にむかって、力強くうなずいた。




