第44話 邂逅
――死体があった。
切り裂かれた、撃たれた、溺れた、燃やされた、死体があった。
荒野の果てまで、かつては村だった廃屋の中まで、
死体はただ、こちらを見つめていた。
◇
「――ってことで、彼らの用心棒をしているの」
一時的にだけどね、とフランは傍らにいる女たちを指さした。
話によると、俺が龍の隠れ里へと連れて行かれている間に、ブルートファートストーヴ帝国が攻撃を仕掛けてきたらしい。
アズマの国の人間たちも警戒していないというわけではなかったので、ある程度準備はあったものの、現状はアズマの国が劣勢。
このまま指をくわえて見ていてはこちらも巻き込まれかねないということで、フランは彼女たちの用心棒をしていた、という経緯のようだった。
今度は近くの村へと行くようで、今はそこへの旅路の真っ最中である。
「それにしても驚いたわね。まさかあの伝説の龍と出会ってるだなんて」
さすがは人たらし、とフランは俺を睨みつけた。
「俺は別に人たらしじゃない。あくまでこいつがついていきたいと言い出しただけだ」
「それを人たらしって言うんじゃない」
フランのいう事ももっともだったので、俺は反論もせずに押し黙った。
「ええと、タカマガヒメさん、だっけ?」
「はい」
「こいつのことはもっと適当に使ってもいいわよ。頭はいいけどバカだから」
フランが水を得た魚のように、タカマガヒメへと話している。
仲がいいのは結構だが、本人の前で堂々と揶揄するのはやめてほしいものだ。
「……そもそも、頭はいいのにバカだというならお前もだろ。初対面で突っかかってきたくせに」
「ぐっ……あ、あの時は悪い人だって思ってたんだもん!」
図星を突かれた様子で、フランが叫ぶ。
そうやってどこかほのぼのとした様子で歩いていたのだが、前のふたりが急に足を止めた。
「……な、なんなのこれは……!」
何事かと声をかけようとした途端にそう口をあんぐりと開けたので、彼女らが向いている方向を向いたのだが――
――そこには死体があった。
切り裂かれた、撃たれた、溺れた、燃やされた、死体があった。
荒野の果てまで、かつては村だった廃屋の中まで、
死体はただ、こちらを見つめていた。
「まさか、これは」
「……ええ、間に合わなかったようね」
フランが悔しそうに唇をかむ。
俺たちが向かおうとしていた村は、とっくの昔に帝国によって壊滅させられてしまっていた。
◇
「――そっちのほうはどうだ?」
「全然。タカマガヒメはどうだった?」
「いえ、こちらも。……おそらく、全滅かと」
それからどうにか生存者が見つけられないかと村中を駆け回ったのだが、結果はかんばしくなかった。
目の前へと広がる無情な現実を前に、俺たちは思わず口をつぐむ。
フランはある程度耐性があったようだが、それでもこのような光景ははじめてなのか、信じられないといった顔をしていた。
……俺も同じ気持ちだ。
「どうにかして、あのふたりを安全なところまで連れて行きたいが……」
「……今は難しいでしょうね」
俺たちは苦々しく、同行者であるふたりを見つめた。
目の前の光景があまりに衝撃的だったようで、現実逃避をするようにぶつぶつとなにかをつぶやいている。
あまりに悲惨な現実に精神が壊れてしまったようだ。
「これだけむごい殺され方をしたんだ、むりもないだろう」
そう言いながら、俺は村の――かつては確かに美しかったのであろう村の景色を見る。
田畑は燃やされ、家々も真っ黒い煤の塊と化してしまっている。
そこら中に死体が転がっており、生きたまま拷問されたり、あるいは死後も辱められたと思わしき痕跡が残っているものも少なくない。
金品もひととおり略奪されてしまった後だったようで、そこにはもはやなにも残ってはいなかった。
「……さて、行こう」
ここにはもうなにもないと村から離れようとした瞬間――
「――おや? 奇妙だな」
まだ生存者が残っているようだ。
目の前に現れた青年は、そう言って俺たちへと剣を向けた。
◇
――刃と刃がぶつかる音がする。
「……チッ!」
片方の剣の持ち主――フランは、舌打ちをしてその場から後ろへと飛んだ。
1回刃を交えただけだというのに、その刃はぼろぼろになっており、相手の力のすさまじさがわかる。
一方で、相手の男が持っている剣はまったく刃こぼれもなく、新品同然だ。
「……フラン、どうだ」
「正直キツいわね。戦える人間だけだったらどうにかなったかもしれないけど……」
フランが苦々しそうに吐き捨てた。
俺もまた、同意見であった。
「【鑑定】で相手のスキルをある程度確認した」
「……どうだった?」
「すさまじいの一言だよ。【剣神Lv10】に【軍神の加護Lv10】、おまけに【幸運】まで持っている。ただの素人ならともかく、現状だとかなり厳しいといったところだな。それに……」
「……それに?」
「アウグストが持っていたのと同じ宝玉を持っている。しかも使いこなせているみたいだ」
正直、非戦闘員を2人抱えて戦える相手じゃないぞ。
そう答えると、フランはヒクリと頬を引くつかせた。
あの宝玉は、元々帝国で伝来しているものだったとのことなので、ここにある事自体はおかしくない。
問題は、敵対している相手が持っていることだ。
王国で戦ったアウグスト、もといネフィリムの力は絶大だった。
俺たちだけでなく、エリザベスを加えてなんとか戦えたほどに。
あれと同じ宝玉を、しかも使いこなしているとなれば、単純に俺たちが負ける確率も決して低くない。
しかし今負けてしまえば、俺たちだけではなくなんの力もない人々も死ぬことになるのだ。
「……ここは私が行くしか」
「やめておけ。龍とは言え、今はそう力も持っていないんだろう? 殺されるのが関の山だよ」
逸るタカマガヒメを俺は抑えた。
(……撤退するしかない、か)
「……フラン、聞いてくれ」
俺はフランとタカマガヒメに耳打ちする。
「今から呪文を詠唱して大規模なワープをする。フランとタカマガヒメは足止めをしていてくれないか」
その話を聞いたふたりは、すぐに首を縦に振った。
『我、汝に宣言する』
――次の瞬間、男が一瞬で詰め寄って来る。
そのまま俺の首へと刃を振り下ろそうとして――
「させません!」
タカマガヒメの腕によって防がれた。
人間と同じ姿をしているが、龍の鱗と同じ強度を持った腕はたやすく男の凶刃を防ぐ。
『時は風の如く、我は岩の如し』
「……なるほど、厄介だな」
男はそうつぶやくと、なにやら呪文をぶつぶつと唱え始めた。
――どうやら俺たちを眠りにつかせる腹積もりのようだ。
「ムダよ! 『祝福の帳』!」
それを止めるべく、フランが魔法を唱えた。
俺たちの周りを囲む透明な幕は、内と外、双方の魔法を遮断する。
これによって俺たちは攻撃も妨害も一切できなくなるが、相手も同じ状況に持ち込めるというわけだ。
『汝、我に与えん、時の如く過ぎ行く力を――
――時空の旅路!』
次の瞬間、時空が歪み、俺たちはそれに飲み込まれるように消えていく。
そして、男だけが廃村に残された。




