第43話 龍の隠れ里(6)帰還、そして
龍の追手から逃れるために、俺たちは全力で走り続ける。
「おい! 右手から来たぞ!」
「それならこっちです! ここなら小さすぎて入り込めないはず!」
俺が【鑑定】で周囲の状況を視認し、タカマガヒメが記憶を頼りに抜け道を探す。
そうやって命がけの追いかけっこを繰り広げること数刻。
「ハァ……ハァ……着いたか……」
「ハァ……ハァ……ええ……」
行きのときと同じく、俺の背丈の何倍もある巨大な洞穴。
――ルリヒメの棲む洞窟まで、辿り着いたのだった。
「……こうやって改めてみると、かなりデカいな……」
「成龍ともなると相当な大きさになりますからね……こちらです」
少しだけ休憩を取ったあと、俺たちは再び足を進めた。
住居としてるだけあって、洞穴とはいってもかなり整備されているが、それでも穴であることにはかわりない。
龍に見つからないような小さい穴をくぐり抜けながら、俺たちはさらに奥まで進んでいく。
◇
「……タカマガヒメか」
ようやく最深部まで辿り着き、改めてばば様――ルリヒメと対面する。
「怪我もないようでなによりじゃ。そこに不要なものがおる以外はの」
そういってルリヒメは俺を睨みつける。
タカマガヒメは、そんなルリヒメを痛ましそうに見つめていた。
「……そのようなことはしなくてもよいのです」
「なにを言っておる。これは厳命じゃ」
「……『姉様』」
ルリヒメが驚愕に目を見開いた。
しかしすぐに立て直し、威厳のある様相でタカマガヒメを睨みつける。
「……妾はお主の姉などではないぞ」
「もうよいのです。すべて、思い出しましたから」
戦のことも、アッシュのことも、なにもかも。
そうタカマガヒメが語る姿を聞いて、ルリヒメは絶望したような表情をした。
「……なぜじゃ」
「……私に追放を言い渡したとき、着かず離れずの距離に護衛の者を置いていたのでしょう? 救世主様に悟られず、しかし私が殺されないように」
今度は俺が驚く番だった。
しかし、行きでは基本的に【鑑定】を使っていなかった。その上、相手は俺以上の【鑑定】スキルを知っているのだ。対策を取ることくらい造作もなかったのだろう。
「それでも近くに護衛を置かなかったのは、まだ未熟な神眼のであれば対策できるであろうと、私を信頼してくださっていたからでしょう?」
「そうしなければ里の者にしめしが付かなかっただけじゃ。お主が思っているような理由ではあらぬ」
「フフッ、ではそういうことにしておきましょうか。……彼と共に霧ヶ岳に向かう過程で理解いたしました。救世主様――セーレ様は、アッシュとは違います。」
ルリヒメが目を細めた。
「根拠はあるのか」
「……ある、とはいえませんね」
「ならば――」
「――しかし、彼には打算の色がありませんでした」
タカマガヒメがゆっくりと手を見つめる。
「当然、見慣れる土地に巻き込まれて前後不覚におちいっていたというのもありましょう。しかし、それでも私に力を貸す理由などございませんでした」
「だがそんなもの――」
「――彼は、私がすべて思い出したとき、駆けつけてくださりました」
「……何?」
「突然の見知らぬ記憶に混乱し、あの場所まで、私の眠っているはずだった石室まで走ってしまったとき、彼は私を追いかけてくださったのです」
「……見たのか。あれを」
ルリヒメの質問に対し、タカマガヒメはゆっくりとうなずく。
「先ほども言ったでしょう? アッシュのことも思い出したと。……だからこそ断言いたします。セーレ様はアッシュとは違います」
タカマガヒメがまっすぐな瞳で、ルリヒメを射貫いた。
「……わかった。我が妹はあいかわらず強情で困る」
「それはよかった。それでは、もうひとつお聞きしたいことがあるのですが」
「なんだ?」
「……なぜ私がここにいるのか。それを姉様の口からお聞きしたいのです」
洞穴の中に、ピンと張り詰めた緊張が走った。
先ほどの話よりもずっと重々しい雰囲気が、薄暗い洞窟の中を支配する。
「……姉様」
「……これはあくまで妾が行った愚行にすぎん。里の者は関係ないぞ」
「そうでしょうね。姉様は私のことを大層好いておられましたから」
ルリヒメは、自嘲するように大きくため息を吐くと、ゆっくりと口を開きはじめた
◇
「……お主が死んでしまってから、すぐに葬儀が始まった。
お主はあの戦争を止めた英雄じゃったからな。それはそれは盛大なものじゃった。
見たのだろう? あの墓の姿を。
もともとはあの墓を霊廟として、儀式のために使う予定だったのじゃよ。
……妾は許せなかった。
美しく、力強かった妾の誇りが、あのような場所で道具のように扱われることが。
……あの輝きが、色褪せていくことが。
妾が族長に選ばれたのは存外早くてな。
もともとはお主を族長に選ぶつもりだったようじゃが、思わぬ理由で儚くなってしまったがゆえに妾にお鉢が回ってきたということじゃ。
妾はまず、あの霊廟の封鎖を決定した。
反対するものもいたが、妾の想いを知っていたからじゃろう、最終的には納得してくれたよ」
「それで……」
「……そうして、お主の遺体を運び去った」
タカマガヒメが、どこか悲しそうに拳を握りしめた。
「龍は不死である。……という伝説があるが、これは半分正しく、半分間違っておる。
龍の身体は完璧に、とはいかねども、不朽と言っても良いものじゃ。
魂がそこに存在し続ける限り朽ちることはなく、また魂が離れたあとも100年は朽ちず残り続ける。
一方で、龍はほかの者とおなじく、死にゆくものじゃ。
死した先になにが待っているのか。未だ生ある者たる妾には皆目見当がつかぬが、少なくとも魂は去って行く。
……妾はな。禁術に手を染めたのじゃ」
「……屍霊術、ですか」
「そうじゃ。妾はネクロマンシーを行い、お主の魂を常世へと引きずり戻した。
そうして、息絶えた骸を再び魂の器としたのじゃ。
……お主の記憶と、力のほとんどを犠牲にしてな」
これで妾の話は終いじゃ。とルリヒメは言った。
「……ありがとうございます。私のわがままを聞いてくれて」
「お主は昔からそうじゃったのう。先ばかりを見て、妾達のことなど振り返ってもくれぬ。……おおかた、これで『シガナヒメ』としての生に終止符を打ったつもりなのじゃろう?」
「……すみません」
「謝るでない。余計みじめになるではないか」
さて、とルリヒメはその巨体を持ち上げた。
「予想はついておる。その者と行くのじゃろう?」
「……はい。彼とともに、今の世界を見たくなりましたから」
それに、戦の気配がありますし。と付け加えたタカマガヒメにルリヒメは呆れた様子を見せる。
「少しは色恋沙汰にも興味がでたのかと思えば、結局はそれか。……まったく、あいかわらずじゃのう」
そう苦笑すると、今までとは違う、疑念を孕みつつもやわらかな眼差しで俺を見つめた。
「すまなんだのう。こやつは一度決めるという事を曲げんのじゃ。同行させてやってくれないか?」
「構わないが。……俺を疑わないのか?」
「疑っていないわけではない。ただ、策はすでに練っておると、それだけじゃよ」
ふん、とルリヒメが鼻を鳴らす。
確かに信用しきったわけではないのだろうが、俺に『策がある』とだけでも教えてくれるあたり、それなりに信用してくれているらしい。
「……さて、それではお主らをアズマの国へと送るぞ」
準備はよいな? と問いかけるルリヒメに、俺たちは無言でうなずく。
ルリヒメがゆっくりと前足を上げると、ここに来た時と同じく、真っ白な光に包まれたのだった。
◇
光に目が慣れると、先ほどまでとは違う光景が見えた。
どうやらアズマの国へと戻ることができたようだ。
「よかった。やっと戻れ――」
「――セーレ!」
突然フランが飛びかかってくる。
ぼんやりとしていた体にひとりの体重が重なって、俺はあっさりと倒れてしまった。
タカマガヒメが驚いた様子でこちらを見ている。
「フラン、心配かけたな。……ああ、こいつは――」
「今はそれどころじゃないの!」
切迫した様子のフランに、嫌な予感を覚える。
(まさか……)
「なにか、あったのか?」
「なにかもなにも」
フランは俺の目を見て叫んだ。
「帝国が攻めて来たのよ!」
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さて、ここで第1.5章が完結となりました。
このままシームレスに第2章へと進んでいく予定となっております。
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