第42話 龍の隠れ里(5)守衛
俺たちは来た道を戻り、あの洞穴へ――龍の隠れ里へ向かっていた。
慣れたものなのか、タカマガヒメはずんずんと帰り道を歩いていく。
……そうやって淡々と歩いていると、ふと、俺の頭にひとつの疑問が浮かんだ。
「……そういえば、どっちで呼べばいいんだ? タカマガヒメか、シガナヒメか……」
「タカマガヒメでお願いします。シガナヒメは確かにかつての私ですが、今の私は他の何物でもない、タカマガヒメですから」
そう語る彼女の顔はまったく迷いのないもので、「ああ、彼女は過去を振り切っているのだな」と思わず関心してしまうほどであった。
「……そろそろ着きますよ。残念ながら里の皆は歓迎してくれないでしょうから、実力で入るしかありません」
武器を構えておいてください、と淡々と語る彼女に、俺は思わず
「……もし、向こうが死んでしまったらどうするんだ?」
と尋ねてしまった。
相手は龍、しかも群れであることが想定される相手だ。その状態で勝てるなどと――と自己嫌悪にふけっていると、
「大丈夫ですよ。彼らは死にません」
とタカマガヒメが笑った。
「……俺の力では殺せないということか?」
「いいえ、そういうわけではありません。確かにかつての彼と比べればセーレ様は苦戦するでしょうが、里の皆と一斉に戦ったとしてもあなたのほうが勝つでしょう」
ここまで力を買われているとは思いもいなかったので、少々面食らってしまった。
(しかし、俺が勝てるというのなら、余計にわからないな……)
俺がひとり頭を悩ませていると、タカマガヒメが言葉をつづけた。
「……それに、あなたほどの実力者であれば、殺さずに無力化するなど容易いでしょう?」
「……まったく。言ってくれるな」
あまりにも自信に満ちたタカマガヒメの発言に思わず笑ってしまう。
「……それだけ信頼されてるのなら、応えてやらないとな」
……目の前に現れた龍をにらみながら、俺は不敵に笑った。
◇
――ごう、と目の前に火球が迫る。
俺はそれを、手元のナイフを使って切り裂いた。
「あれだけの魔力を切り裂いてしまうとは、セーレ様はさすがですね」
タカマガヒメが褒めてくるが、俺としては到底楽観視できる状態ではない。
先ほどの火球は、目の前の龍が吐き出したもので、普通の魔法で出したものとは密度も威力も段違いだ。
ひとつひとつなら先ほどのようにナイフを使って対処するか、避けるかで対応できるが、それもタイミングが難しい。
もし複数の火球が一気に飛んで来たら、現状では対処の術はないだろう。
「……俺がプロテクションを使えればもう少し楽なんだろうが……」
とはいえ、これだけの威力だ。
時間稼ぎにはなっても、盾としての役割はほとんど望めないだろう。
(となると、やはり避けることを優先するしかないか……)
「……姫よ、なぜそやつを連れて戻ったのですか?」
あなたの力でも殺すことは容易でしたでしょうに、と龍は言った。
……やはりと言うべきか、この龍はあの里の者だったようだ。
「……この者を殺す必要などないからです」
タカマガヒメは毅然とした態度で、そう答える。
「この者は確かにかの男と同じ力を持っております。しかし、それを悪用することはない……そう判断しました」
「……なるほど」
タカマガヒメの言葉を静かに聞いていた龍が、俺をギロリと睨みつける。
「姫はこやつに騙されているのですね」
「……! 違います! 私は――」
龍はタカマガヒメの後ろに移動すると、俺から彼女を隠すように大きく翼を広げた。
「よいですか。こやつはあなたを害そうとしているのです。例え姫にはそう見えなくとも」
「……俺はそいつを殺そうとは思ってないぞ」
あまり期待は持てないが、一応俺からも弁明をしておく。
すると龍は鼻で笑って、
「拙い演技で同情を引こうとしてもむだだ」
と返してきた。
やはり、というべきか、俺の言うことも、タカマガヒメが言うことも信じるつもりはないようだ。
「……話は終いだ」
龍はそう言って、大きく口を開いた。
なにを吐くつもりかはわからないが、ろくでもないものであることはわかっている。
「そうか、そいつは残念だ、なっ!」
その口から炎が吐き出されるのと同時に、俺は前方へ――龍の方向へ走った。
そして鋭い足で踏みつぶそうとするのをかわし、
――その腹にナイフを一刺しした。
「……グッ!」
それと同時にすさまじい衝撃が襲いかかり、俺は宙に投げ飛ばされた。
どうやら足を使って振り払われたようだ。
すぐに体勢を立て直して地面に降りる。
(ナイフを落としてないだろうな……)
ふと心配になり、俺はちらと右手を見る。
……よかった。ちゃんとある。
俺はナイフを前に突き出し、魔法を唱えた。
「『必滅の剣』!」
ナイフが吸収した魔力と己の魔力を組み合わせて、巨大な剣を生成する。
それらは無数に思える量に増殖し、一斉に龍へと襲い掛かり。
――そして傷ひとつつけずに消えた。
「……やはり、魔法は効果がないか」
【鑑定】スキルを発動した目で、苦々しく龍を見る。
そこには『結界:魔法無効』の文字があった。
そのため効果がないだろうとは気づいていたのだが、攻めあぐねていたのもあってだめ元で撃ち込んでみたのだ。
――結果は案の定といった有り様だったが。
「それだけの力を持ちながらそれとは……やはり人間は愚かだ」
「ハッ! そこの大切な姫の言葉も聞けないような奴らに言われたくはないな!」
「……何?」
挑発にのった龍が、俺をギロりと睨む。
今にも飛びかかってきそうな気迫だ。
そしてそれこそが、今の俺が望んでいることだった。
「……もう一回言ってみろ」
「姫とやらが大切だっていうのに、そいつの言葉も聞けないようなお前たちのほうが愚かだっていってんだよ!」
「貴様……!」
龍の殺意が膨れ上がった。
――肌がピリピリと逆立つのがわかる。
気を抜けば、殺意だけで失神してしまいそうな勢いだ。
(そうだ、もっと怒れ。俺に襲いかかれ……!)
もうひと息だ。
俺は見えないように足をつねり、不敵な顔で嘲笑した。
「伝説の龍の正体がこれとは、とんだ肩透かしだ!」
「……!」
龍が一直線に迫ってくる。
どうやら相当腹にすえかねたらしい。
その爪が俺の体をバラバラに引き裂く――
「!」
――瞬間に龍の懐へと入り、腹部のまん中、七色に光る鱗へとナイフを思い切り突き刺した……!
「グヌゥ……!!」
ここだけに結界を張っていたのだろう、鱗とは違った硬質な感触が腕に襲いかかる。
結界は薄く、すぐ砕けるようになっているが、その下にも薄い結界を配置することで対策している。
それだけではなく、破壊された結界も次の瞬間には修復されており、一見すればまったく壊れていないように見えた。
……なるほど、魔力を吸い取るこのナイフで結界を切ったはずなのに効果がなかったのは、この性質によるものだったのか。
だが先ほどとは違い、こちらは常にナイフを突き付けている。
ほんの少しずつながら、修復よりも早く結界をこじ開ける。
じっくりと、じっくりと刃先は鱗へと近づいていき――!
「……させぬ!」
危険を察知したのだろう、龍が飛び去ろうとする。
「……だがな、もう遅いんだよ!」
力を一気に入れて、俺はナイフを押し込む。
その黒い刃は結界を次々と砕き、
――七色の鱗に突き刺さった。
「!!」
龍の目が驚きに見開かれる。
そして体のバランスを崩してその巨体がよろめき――
――ズシン、と倒れた。
◇
「――よかった。死んではいないのですね」
「そりゃあそうだ、鱗に傷を付けただけだからな。……『龍の逆鱗』、話には聞いていたが、まさか本当だったとはな……」
龍の逆鱗。
膨大な魔力を持つ龍の体にある鱗であり、魔力の流れを操る器官だ。
ここを傷つけられてしまうと、一時的に魔力の流れが制御できなくなり行動不能になるという。
神話とも史実ともつかない資料の中に書いてあったのを賭けでやってみたのだが……。
「あ゛-……もう二度とやりたくない……」
俺はへなへなと地面に崩れ落ち、そして仰向けに倒れた。
今までの魔物からそれなりに才能があるのではと自負していたが、さすがに肝が冷える思いだった。
こんな目にはもう会いたくないものだ。
「……フフッ」
……と、疲れのあまり呆けていると、突然タカマガヒメが笑いだした。
「……? なにか面白いことでもあったか?」
「い、いえ! ……ただ、セーレ様もそういったところがあるのだなと」
どこをとっても完璧な方に見えていましたから。
タカマガヒメはそう言った。
「……ククッ、そいつは嬉しいな。……さて、そろそろ行くか」
疲れた体に鞭を打って、なんとか体を上げる。
「ええ、あまり居すぎると、また襲われてしまいますものね」
俺の言葉にタカマガヒメがうなづく。
そして俺たちは、『ばば様』の――ルリヒメの待つ洞穴へと、再び足を進めるのであった。




