第39話 龍の隠れ里(2)タカマガヒメ
俺を連れ去った少女が、目の前で土下座していた。
「すみません! 私が悪かったんです! だから! どうか、どうかお許しを!」
あまりにも必死な形相をするものだから、逆に俺のほうが驚いてしまうほどだ。
「……なあ」
俺は少女に声をかける。
彼女はビクッと大げさに体を跳ねさせると、おずおずと俺の目をうかがうように見つめた。
「は、はい……どのようなご用件でしょうか……」
(そんなにかしこまらなくてもいいんだがな……)
あまりにも戦々恐々とした様子なものだから、まるで俺が悪いことをしてしまったかのような錯覚を覚える。
「……そうだな。これからどうしたらいいのか、教えてくれないか?」
俺の言葉を聞いて、少女はハッと目を見開くと、
「あ、ああ! すみません! すみません!」
と土下座を再開してしまった。
「あー……そういうのはいいから、理由を教えてくれ」
言い切った後にどこか不機嫌にも聞こえる声色になっていたことに気づく。
そういうつもりではなかったが、これは悪印象を与えてしまうのではないだろうか……。
そんな俺の心配は杞憂だったようで、少女は落ち着きを取り戻した。
「す、すみません。慌ててしまって……」
少女は咳をひとつすると、俺の目をしっかりと見た。
それは先ほどまでのものとは違う、どこか浮世離れしたものだった。
「そうですね……まずは、ばば様のもとへ一緒に来て下さらないでしょうか?」
◇
「なぜ連れてきた」
威厳に満ちた声が辺りに反響する。
体の奥底まで震える、低い低い声だ。
その声の持ち主は、怒りをたたえた目で俺をにらんでいる。
黒々とした鱗は見るからに硬く、生半可な剣では逆に折れてしまいそうだ。
俺の手元にある黒曜石のナイフであれば傷をつけることはできるだろうが、まず当たってくれるかどうかわからない。
……目の前にいるのは、そのようなおそろしくも神々しい、一匹の龍であった。
(まさか龍と会うことになるとは……)
龍とは伝説の生き物であり、かつて生物の長として恐れられていたとされる存在だ。
いくつかの資料は残っているため、存在していたことは確かなものの、現在ではなにかしらの理由で消え去ったのだと思われていた。
そのためギルドの危険度の対象にはなっていないが、もし当てはめるとすればSSSすら軽く超えてしまうに違いない。
さらに、長い年月を生きてきたエルダードラゴンは、通常の龍を軽くあしらうほどの実力を持つという。
……そのような化け物が、今俺の目の前に立っていた。
「……今まで、私はばば様のもとで大切に育てられてきました」
いつの間にかひざまずいていた少女が答える。
「しかし成龍にはなれぬまま、このままではばば様方にも迷惑をかけてしまいます。ゆえに、伝説にある救世主のお力を借りようかと」
少女の説明を聞いてもなお、龍の怒りは収まらない。
「もはやこの世に救世主は不要だ。本来であれば、見つけ次第殺すことこそ道理というもの」
「なっ……そ、そのようなことは……」
「うむ、確かにお主には言っておらなんだな。それは仕方なかろう」
しかし、と龍は俺を睨みつける。
「ここに連れてきたという事実だけは看過できぬ。……そやつを殺すか封印するまで、この里への立ち入りを一切禁止する!」
◇
「すみません。私のせいでこのようなことに……」
龍のいた場所から追い出されてからしばらくして、少女は再び土下座をしてきた。
確かに、俺としてもいい迷惑をかぶったのだが……。
「頭を上げてくれ。まずは対策を考えるべきだろう」
「うぅ……そ、そうですね……」
そう。今誰かを責めたところで、なにかが変わるわけでもない。
ならば、それよりも今ある問題を解決するほうが先なのではないかと、俺はそう考えたのだ。
少女も納得してくれたようで、若干納得しきれていない様子が見えるものの、なんとか頭を上げてくれた。
「……なぜかはわかりませんが、ばば様は救世主様の死をご所望のようです。しかし私にはとてもそのようなことは……」
少女は思いつめた顔をしており、今にも泣き出してしまいそうだ。
(さて、こうなったなら……)
「……なら、なんで俺に死んでほしいのか、理由を探してみないか?」
「……理由、ですか?」
「ああ」
少女の問いかけに俺は力強くうなずいた。
以前、王国で似たような目にあった時は、相手があまりにも横暴だったため反乱を起こすという形をとったが今回は違う。
あの龍について詳しいことは知らないが、少女から悪い話を聞かないところを見るに、決して悪政を敷くようなものではないのだろう。
それに、相手は伝説の龍だ。
俺が全力を出したとしても、果たしてどうなるか……。
「……そうですね。それもいいかもしれません」
少女は納得した様子で首を縦に振る。
「……ああ、申し遅れました。私、幼龍のタカマガヒメと申します、以後お見知りおきを」
「ああ、俺はセーレだ。よろしく」
タカマガヒメは花の咲くような顔で俺に笑いかける。
俺はそれに微笑みを返し、ゆっくりと、かの龍の真意を探しに向かうのであった。
◇
「なあ、気になることがあるんだが……」
俺とタカマガヒメは、まっすぐと目的地に向かって歩いていた。
なんでも『霞ヶ岳』という山脈に、古くからの石碑が残されているらしい。
不可思議な植物を掻きわけていると、俺の頭の中に、ふとある疑問が浮かび上がる。
「幼龍と成龍って、いったいどういうものなんだ?」
タカマガヒメは、俺の質問に不思議そうな顔をしたあと、合点がいったのか「ああ」と小さくうなずいて答えた。
「私たち龍というのは、通常ふたつの姿を持ちます。真の姿である龍のものと、かりそめの姿」
タカマガヒメは、自分の手足を空にかざしながら笑った。
「私の今のこの姿も、いわばかりそめのもの。龍の姿として目覚めるまでのさなぎに過ぎません」
「さなぎ……」
「はい、あくまで例えですけどね。……成龍とは、龍の姿へと変態した方々のことです。そして私のような、龍としての姿を持たぬものを幼龍と呼びます」
「それは……なにか違いがあるのか?」
「知性といった点では大きく変わりません、しかし、身体能力の面では大きく差をつけられてしまいますね。……通常、私はとうに成龍になっていてもおかしくない年頃なのです」
タカマガヒメは遠くを見つめると、苦々しい表情をする。
「しかし私は未だ成龍になれず終い……他の方々は気にしなくても良いとおっしゃってくださるのですが、私は納得できません。……このままでは、お役に立てませんから」
「そうか……」
俺は彼女の言葉を聞いて、故郷の村で勉強を教えていた子どもたちを思い出していた。
彼女は彼らと比べるのもおこがましいほどに、長い長い年月を生きてきたのだろう。
しかし、その「役に立てない」という焦燥感は、彼らの目に燃えているそれと驚くほどにそっくりだった。
(あの時俺はなんと言っただろうか)
気にしなくても良いのだと、そう答えた覚えがある。
……あのときの彼らも、今の彼女と同じように思っていたのだろうか。
(……俺もまだまだ未熟だな)
そのようなことを考えていると、突然タカマガヒメが足を止める。
俺もそれに合わせると、そこには不思議な山脈が広がっていた。
底が見えない深い深い谷の底から、槍のようにするどく細い山が点々とそびえ立っている。
遠くの方は濃い霧で隠れており、一部の影が見えるだけだ。
「ここは……」
あまりにも奇妙な光景に思わず言葉を失う。
タカマガヒメは俺の目をじっと見ると、緊張に震えた声でこう答えた。
「……着きました。ここが霞ヶ岳です」




