第38話 龍の隠れ里(1)アズマの国
「……だからといって誘拐しようとする必要はないだろう」
「はい……まったくもってその通りです……」
俺はどこにあるのか不明な洞窟の中で、ひとりの少女に説教をしていた。
いつも一緒にいるフランとははぐれしまい、目の前の彼女とふたりきりである。
なぜそのようなことになってしまったのかというと、彼女が俺を誘拐したからなのだが……。
……話は数刻ほど前にさかのぼる。
◇
ヘルメスからもらった情報を探して、俺たちは東方の国へと向かっていた。
ミーア共和国から出ている魔導船を乗り継いで早数か月。
俺たちはついに、目的の国へとたどり着いた。
「ここがアズマ国か……」
木製の建築様式は見たことのないもので、それらが地平線の向こう側にまで広がっている。
それだけでなく人々の服装も俺たちとはまったく違う形をしていて、まるで異世界に迷い込んだようだった。
実のところ、俺たちはアズマ国について多くのことを知らない。
フランはこの国からやって来た壷を見たことがあるかもしれないが、それだけだ。
……ここ、アズマ国は、長年貿易相手の制限を行っており、近隣諸国やミーア共和国を含めた数国以外とは一切交流がない。
王国などにはない美術品などが珍重され、隣国とならんで貴族のコレクションの定番となっているが、それも国交のある国から流れてきたもの。
王国で生まれ育った俺たちにとって、この国はまったく未知の領域なのだった。
「……申し訳ありませんが、勘合をお願いします」
「ああ、はい」
街への入り口に立っている警備員に言われるがまま、俺たちは懐に入れていた木製の札を出した。
これは勘合といって、元々は正式な貿易船かどうかの符丁のために使われていたもので、つい最近は個人相手にも適用されるようになった。
警備員は勘合を厳しい目で睨みつけると、そのまま俺たちに返した。
「よい旅路を」
……よかった。
突き返されずに済んだようだ。
「ここしばらくはとくに厳しいらしいし、追い返されなくてよかったわね」
「ああ」
俺はもう一度、街並みを眺める。
見たことのない服に身を包む人々の顔は皆暗い。
旅行記などでは穏やかな国だと書いてあったが、今はピリピリとした空気が国中を包んでおり、とてもじゃないが穏やかとはいいがたい。
「……仕方ないか。あんなことがあったんだもんな」
フランも同意見だったらしく、首を縦に振る。
……あまり良い空気とは言えないが、事実仕方ないのだ。
帝国に、隣国を侵略されたのだから。
かつて帝国――ブルートファートストーヴ帝国は、長く続く内戦でほとんど崩壊したも同然の国であった。
しかし1年ほど前、皇帝の長女が新しい皇帝として即位してから状況が変わった。
まず彼女は、長く続いた内戦をいともたやすく鎮圧してしまったのである。
なんでも皇帝になるまでの間、軍部のほうで活躍していたそうなのだが、それを加味してもあまりにも鮮やかな手並みであった。
そしてどんどん権力を強めていくと同時に、そのカリスマ性で皇室内での発言力を強めていった。
民衆にもしたわれており、彼女を女神として崇拝する一派もいるのだとか。
俺たちが船でここまで向かう数か月の間に、帝国の結束力はどんどん強まっていった。
……一気に話が血なまぐさい方向に進んだのは、その時のことだ。
まずは近くの国が侵略された。
その時はよくある光景だと見過ごされ、特別問題視されることもなかった。
だが、帝国は破竹の勢いで、次々と領土を広げていった。
東へ西へと、恐ろしいほどの軍事力と戦略を持って強国を打ち倒し、
……その毒牙は今、このアズマ国にもかけられようとしていたのだ。
だからだろう、さまざまな文献で穏やかな国だと描かれていたこの国は今、戦争前のような陰鬱な空気に包まれていた。
「……さてと、まずは龍の伝説について聞き込みをしないといけないな」
「ええ。……でも、こんな空気でちゃんと話を聞いてくれるかしら」
フランが心配そうにつぶやく。
確かに、今この状態でよそ者に伝説の話をしてくれるような人間はそうそういない。
帝国のスパイだと勘違いされてしまってもおかしくはないだろう。
「まあ、なにはともあれ宿を探さないと――」
俺が目を見上げると、そこに少女がいた。
どこのものなのだろうか、アズマ国のものと比べてもなお奇妙な服に身を包み、どこか古めかしい冠を頭に付けている。
髪は黒く、一般的なこの国の人間と同じ色をしているものの、彼女が普通の人間でないことはすぐにわかった。
なぜなら、空中に浮いていたからだ。
魔法で空中に浮かぶ方法自体はあるものの、それによるものともまた違う。
まるで、重力が彼女を避けて通っているようだった。
「な、なあ。彼女は……」
「え? 彼女? セーレ、いったいなにを見ているの?」
フランが困惑した表情でそう返す。
信じられないと周りを見回してみると、不思議なことに誰ひとりとして奇妙な少女の存在に気づいていない。
警備員も、道を歩く人々も、フランさえもだ。
「……見つけた」
混乱する俺をよそに、少女がぽつりとつぶやく。
彼女が手を空高く振り上げると、辺りを白い光が覆って――。
「……セーレ!」
――俺は、その中に吸い込まれていった。
◇
光に目が慣れると、そこには見慣れない風景が広がっていた。
もちろん、先ほどまでいたアズマの国もそうなのだが、あちらとは違い、そもそもこの世のものとは思えない光景なのである。
四方を山に囲まれ、俺の体を囲むようにうっそうとした森林が広がっている。
そこを縫うように桃色の霧が宙を舞い、夢の中にいるような感覚を覚えた。
……ザッと、前から草を踏む音が聞こえる。
(誰……いや、なにだ?)
今まで経験がないようなことに巻き込まれると、思ったよりも心が弱くなるものらしい。
俺は戸惑いを隠しきれないまま、目の前からやってくるなにかを待ち構えた。
万が一のとき、対応できるように。
――ザッザッザッ――
足音が段々と近づいてくる。
(うまくいくかはわからないが……仕方ない)
俺は【鑑定】を発動させようとして、
「ああ! やはりここでしたか!」
あのときの少女がほがらかに笑むのを見て、混乱のあまり頭を停止させた。
「きゅ、救世主様!? 救世主様ーっ!」
少女の澄んだ声が、辺りに響いた。
◇
「……なるほど、お前の言う『救世主』とやらと俺の特徴が一致していたから、俺をここに連れてきたと」
「はい……その通りです……」
彼女が言うところによると、ここはアズマ国や王国とは切り離された、いわば異世界らしい。
彼女はとある事情から『救世主』を探していた。
しかしその『救世主』の文献はほとんど残っておらず、詳しい内容を知るばば様というものも多くを語りたがらない。
業を煮やした彼女はアズマ国へと単身で向かい、数少ない特徴を元に俺を連れてきたのだという。
なるほど、詳しい内容は不明だが、ここまでの力を持つものがやることだ。相当な内容なのだろう。
しかし……。
「……だからといって誘拐しようとする必要はないだろう」
「はい……まったくもってその通りです……」
少女がしゅんとして頭を下げる。
その姿と俺をこの異世界にまで連れてきた強力な術者の姿がどうしても重ならない。
「……それで、どうやったら戻れるんだ?」
少女の身体が固まった。
……さすがにないだろうと思っていたのだが、もしかして……
「……戻り方がわからないのか?」
「…………はい」
……俺はどうやら、とんでもない事態にまきこまれてしまったようだ。




