第37話 水の都シエロ(7)新たなる旅立ち
「……つまり、その気になればあなたの孤児院など簡単に握りつぶせるということです。どうすれば防げるのか、聡明なあなたならわかりますよね?」
豪華に飾った客室で、アントニヌスがヘルメスに笑いかける。
ヘルメスのほうが沈黙を保ったまま、静かな眼で目の前の男を見ていた。
「もし断るといったら?」
アントニヌスの笑みがさらに深まる。
「悲しいことですが、彼らには『働きに出て』もらう必要がありますねぇ……外国にも友人がいますので」
言葉こそやわらかいものだが、実際のところ、そのような生温いものであるはずがない。
もし断れば孤児院の子どもたちは死ぬ。
つまりはそういうことだった。
「……やっぱりだな」
俺はこっそりとため息をついた。
なんとなくの予想はしていたが、こうも当たってしまうとそれはそれで嫌な気分になるものだ。
(とはいえ、これのおかげでこっちも計画が順調に進むといったところだ)
「フラン、マリアンヌ。帰るぞ」
これだけ証拠がそろえばもう十分だろう。
俺はふたりを呼んで、そのまま客室へと戻っていった。
◇
客室に戻ってからしばらくして。
俺たちは、アントニヌスの自室へと向かっていた。
今回は隠密の必要もないため、歩く姿も堂々としたものである。
そして俺たちは部屋の前に辿り着くと、その大きな扉を3回叩いた。
妙に広い空間だからだろう。小さいはずのその音は、俺の予想をはるかに超えて大きく響いた。
「……はい、なにかご用でしょうか?」
部屋の中からアントニヌスが姿をあらわす。
「ちょっと話したいことがあるのですが、時間は大丈夫でしょうか?」
相手が相手のため、敬語で話してみたが少し歯がゆい感覚がする。
一応村では敬語も使っていたはずなのだが、フランたちと過ごす内にずいぶんと毒されていたようだ。
(まあ、それはそれとしてだ)
アントニヌスはなにかを考えているように、頭を下へと向けている。
俺たちの要望を受けるにあたってのメリットとデメリットを天秤にかけているのだろう。
「……よいでしょう。ただ、あまり時間がないので手短にお願いしてもよろしいでしょうか?」
アントニヌスが苛立たし気に答える。
「ええ、もちろんですとも。……それでは、失礼します」
俺たちはそのまま、アントニヌスの自室へと入っていった。
案の定というべきか、ここも金に塗れた部屋で、机もソファも、はては本棚さえも金でできている。
あまりのまぶしさに目がつぶれてしまいそうなほどだ。
家具も含めたところどころに宝石がはめ込まれているのだが、おそろしいほどに大きいものだ。
【鑑定】を使わなくてもわかる。とてつもない額がするものだろう。
(これを入手するまでの間に、いったいどんな手を使ったことやら……)
ぜひとも教えてほしいところだが、今は時間がない。
俺たちはそのまま、ソファへと一直線で進んで行った。
そこにはヘルメスが座っていた。
どうやら自室で話の続きをしていたようだ。
(……まあ、十中八九脅すためだろうけどな)
彼女は俺たちに目くばせすると、そのままなにも言わずに視線を戻す。
ヘルメスの横にマリアンヌが座ると、俺、フランの順にソファへと座っていった。
「それで、用件とはどのようなものなのでしょうか?」
アントニヌスがトントンと机を叩いた。
どのような目的でやってきたのか、意図が読めないのだろう。
「……そういえば、この国には新聞というものがあるそうですね。知ったときには驚きました」
アントニヌスの顔があらかさまにムッとする。
明らかに関係がない話だ。そのような顔をするのも仕方ないだろう。
(まあ、商談をするにあたってその有り様じゃあ、儲けなんて出ないだろうけどな)
だからこそ、このような方法に手を染めたのだろうが……。
「……そうですね。ところで、どのような用件で?」
アントニヌスがあらかさまに苛立った声を上げる。
俺はそれに合わせて懐に隠していた六角形の石を出すと、それを2回ほど軽く叩いた。
これによって、記録と投影を同時に行える。
やがてダゲレオから、ぼんやりと光が浮かび上がると、先ほどのヘルメスを脅している光景が空中に映し出された。
「……!」
アントニヌスの顔色が変わった。
「ああそうだ。今日はお祭りでしたよね?」
「ま、待て……!」
「待たない」
静止するアントニヌスを無視して、俺はダゲレオに魔力を込める。
目的地は祭りの会場……ではなく、地方の新聞雑誌だ。
俺はダゲレオに記録した情報を……つまり、今流している光景を彼らに提供する。
新聞記者たちに、この記事を書いてもらうために。
「な、なにが目的だ! 金か!? 金ならいくらでもある!」
アントニヌスが必死の形相で懇願してくるが無視する。
「権力ならいくらでもやろう! 土地だってくれてやる!」
魔力を流し続ける。
「……この屋敷だ! この屋敷と使用人をすべてやろう! だからそれだけは……!」
アントニヌスの声が震える。
しかし俺は魔力を流し続ける。
相手は脅しをかけて利益をむさぼるような人間だ。俺からすれば、どうして信じてもらえると思っているのか不思議で仕方がない。
「……!」
アントニヌスの目の色が変わった。
今までとは違う、なにか恐ろしいものを決意した目へと。
次の瞬間、近くにあった燭台を手に取り、俺たちへと襲い掛かった――。
「……ムダだって、わかってたろうに」
――が、すぐにフランとマリアンヌに鎮圧される。
アントニヌスは机に抑えつけられ、苦しそうに俺たちを睨んだ。
「なぜ……なぜだ……! なぜお前たちは理解しない!」
アントニヌスが、肺から空気をすべて吐き出したかのような大声で叫んだ。
あまりにも大きな声に、窓がビリビリと震えるのがわかる。
「今こそ隣国とは和平条約を結んでいるが、これからどうなるかなど予測できんのだぞ! 相手が一方的に条約を破棄しないとも限らん!」
なるほど、アントニヌスの言い分も確かに一理ある。
未来がどうなるのかなどわからない。だから、万が一のときのため、万全に万全を尽くす。
確かに理屈は通っている。だが……。
「なら、なぜあのような脅しをとった?」
マリアンヌの怒気をまとった反論に、アントニヌスはぐうの音もでない。
そう。国防のためならば、わざわざ外国の伝手を見せて脅す意味がないのだ。
和平条約を結んでいる外国が信用できないのなら、その友人とやらも信用できなくてしかるべきなのだから。
……さて、話はここまででいいだろう。
「3人とも、いくぞ」
後は新聞社へと向かって、例の書類の写しを見せればいいだけだ。
ここまでされてしまった以上、向こうもヘルメス達になにかをする余力もないだろう。
俺は彼女らを呼んで屋敷の外へと出ていった。
◇
「……ありがとうございます。なんと言ったら良いものか……」
「いやいい。結局俺の自己満足だからな」
フランが横から「そうよ」と乗っかってくる。
……少なくともお前は乗り気だった気がするが。
「それで、だ。ヘルメスに聞きたいことがあるんだが」
「私でよければ喜んで。どのようなものでしょうか?」
「ああ、それが――」
俺は自分のことについてあますことなく話した。
【鑑定Lv100】という稀少なスキルを持っていること、それゆえ前国王に嫌われたこと、そして触れれば金属へと変わってしまう攻撃が効かなかったこと――。
彼女は戯言だと笑われてもおかしくない俺の説明を真剣に聞いてくれた。
「――こんなところだ」
ヘルメスはなにやら考えている様子で、じっと机を眺めている。
「……申し訳ありません。これと言えるようなものは、なにも」
「そう、か」
ショックでないかと言われると嘘になる。
彼女ほどの人間が、俺の身体に潜む秘密を知らないなどと、思いもしなかったからだ。
だが、ヘルメスはかつて大魔術師と呼ばれた女だ。
その知識量は段違いであり、その彼女が言ったのだから、確かなのだろう。
「……ただ、あなたのそれに近い文献はあります」
「本当か!」
「ええ。ただ、おとぎ話の類なので、信ぴょう性は薄いですが……」
「いやいい。教えてくれないか」
思わぬ助け舟に、俺は必死だった。
おそらく彼女は、俺のこれとおとぎ話の記述が偶然の一致だと考えているのだろう。
確かにその可能性は高い。
しかし、せっかく手に入りそうな情報なのだ。それを逃すなど、考えもできなかった。
「……わかりました。ではお話しましょう」
かつて神に選ばれたものの話を。
ヘルメスはそう言って、俺をまっすぐに見た。
かつて、世界はひとりの神によって創りだされたという。
しかし彼は傲慢だったため、他の神に嫌われ、封印されてしまった。
創世神が封印されてから幾万年の歳を経たある時代、大陸は戦火に覆われていた。
稲は枯れ、村は焼かれ、人々は塵のように捨てられる。
そんな時代の小さな村に、ひとりの男が生まれた。
厳密には生まれたのでなく、川から流されたのだという。
彼は万物を知る目を持ち、やがて予言者として村の長にまで昇りつめた。
なぜそのような力を持っているのかと問われ、彼は答えた。
「私が創世神の加護を得ているからです」と。
やがて彼は村から王国の宰相にまで昇りつめ、長く続いた戦争を終わらせた。
誰もが彼を英雄だと称えた。現代に生まれた神だという者さえいた。
……だが、それも最初のうちだけだった。
やがて彼は戦争をはじめるようになった。かつてのものよりもより残虐でおぞましい、そんな戦争を。
反対するものは皆殺された。
王国は次々と領土を広げていき……。
……そして王となっていた男は、とある少年に殺された。
最期の瞬間、彼はこう言ったという。
「神がいる限り、私は生まれ変わる」と。
「……このような内容の話です」
「そ、そうか……」
予想していたものよりもかなり暗い内容だった。
王国では聞いたこともないが、これは本当におとぎ話なのか?
「なあ、ヘルメス」
「聞いたことがないでしょう? これは遠い昔に絶えた口伝なのです。偶然石板に刻んでいた者がいたそうで、数年ほど前見つかりました」
「な、なるほど……」
確かに、それなら知らなくてもおかしくはない。
「それで、その話はどこのものなんだ?」
「現在の帝国のものです。……あまり近寄らないほうがよろしいかと」
ヘルメスが心配そうにつぶやく。
帝国とは、長い間内戦状態であったことで有名な国だ。
数か月前に新しい皇帝が即位してからそれらは収まったと聞くが、あまり行こうとしないほうが良いだろう。
「もうひとつ、遠い東方の地域に神の子どもと出会ったという龍の伝説が残っているそうです。そちらに向かってみてはどうでしょうか」
なるほど、東方の方は安全と聞くから、そちらにしたほうが良いだろう。
「ああ、そうするよ。ありがとう……フラン」
俺はフランを呼んで立ち上がった。
そのまま、屋敷の外へと足を向ける。
「色々とありがとう。たった数日だったが楽しかったよ」
「こちらこそありがとうございます。いつかまたいらしてくださいね、私どもが案内いたしますので」
「ああ、それは楽しみだ」
各々手を振るヘルメスたちに俺とフランも手を振る。
そして俺たちは、次の目的地へと旅立っていくのだった……。




