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第36話 水の都シエロ(6)機密文書

 俺たちは客室の扉を開け、廊下をきょろきょろと見ていた。

 これまた金色に彩られた壁には、異様なまでの美術品が飾られている。


「……本当に悪趣味な屋敷だな」

「同感だ」


 思わず漏れ出た言葉に、マリアンヌが同意する。

 フランも小さく首を振っていたのを見たので、口にはしないだけで同感なのだろう。


「しかし大きな屋敷だな。迷ってしまいそうだ」


 俺は周囲をきょろきょろと見回したあと、げんなりとしてため息を吐いた。

 そう、この屋敷はあまりにも広大なのだ。

 最初にアントニヌスの部屋まで向かったとき、あまりの長さに気が遠くなるのを感じたのを思い出す。

 辺りを見回しても、苛立ちを覚えるほどにまぶしい金が向こう側まで輝きつづけるだけだ。


(この壁も、広く感じる要因のひとつだろうな)


 俺はまるで小人になってしまったかのような錯覚を覚えた。

 ここまで広いと、おそらく地図の類がどこかに置かれているだろうが……。


「……セーレ!」


 フランが俺の服のすそをくいと掴む。

 何事かと彼女が指さす方向を見ると、そこには先ほどのメイド――シャーリーが歩いていた。

 どこかくたびれた様子で、今までとは違う方向へと向かっている。


「もしかしたら弱みを握るチャンスかもしれない、つけるぞ」

「えっ、つけるって……」


 驚いた様子のフランだが、決して声は大きくしなかった。

 彼女も勇者として色々な依頼を受けてきたのだろう、その状況判断能力は流石というほかなかった。


「任せておけ……『ミラージュ』」


 部屋の中では監視をごまかすために使った魔法を、今度は後をつけるために唱える。

 対象は、先ほど部屋から拝借したテーブルクロスだ。

 そしてフランとマリアンヌを手で呼ぶと、その真っ白な布で3人の身体を覆った。


「できるだけ音は立てないようにな。そっちもごまかしてはくれるんだが、視界ほど万能ってわけじゃない」


 これまた拝借していたバラの香りがする香水を中にまき散らしながら俺は言う。

 ちなみにこの香水は嗅覚を隠ぺいするためのものだ。

 これまたある程度のごまかしは効くが、やはり完璧ではないためある程度の対策をしておく必要があったのだ。


「……彼女が左に曲がるぞ」


 マリアンヌの言う通りに、俺たちはこそこそと後をついていく。

 音を出してはいけないので、基本は二本足ながらもときどき四つん這いだ。

 見えないから良かったものの、もしそうではなかったらあまりに滑稽な風景だったろう。


 シャーリーはゆっくりと、廊下の中を歩いていく。

 その動きは警戒心に満ちており、まるで侵入者を探しているようだ。


(……彼女が何者なのか気になるが、あまり音は立てられないな)


 心の中で鑑定を発動させることもできるが、今の状況だとそれも難しい。

 ある程度の集中力を必要とするため、ただでさえ魔法を使っている上に2人と歩調を合わせなければならない現状でスキルを発動させるのは至難の業である。


(もう少し様子を見たほうがいいな)


 もしもの時の可能性も計算にいれつつ、俺はシャーリーの後をつけていった。




 あまりにも変わり映えのしない屋敷の風景は、俺たちに「時が止まっているのではないか」とありえない疑問を抱かせるには十分な長さだったが、どうやらそれも終わりに近づいてきたようだ。

 シャーリーがとある部屋の前で立ち止まると、懐から鍵の束を出した。

 鍵を探しているのだろうか。シャーリーは鍵をかちゃかちゃと鳴らしながら回し続けている。

 数分ほどその光景は続き、やがてシャーリーが目的の鍵を見つけると、周囲を見回しながらゆっくりと鍵穴にそれを差し込んだ。

 カチャリ、と廊下に音が響く。


(行くぞ)


 と2人に囁くことはできないので、肩と目を用いて語りかける。

 届くかどうか、若干の不安があったものの、なんとか伝わったらしい。

 2人は俺の目を見ると、ゆっくりと頷いた。


                  ◇


 目的の部屋に入って、相変わらずのまぶしさに目を細めながらも周囲を見渡す。

 調度品が金でできているためまぶしさは変わらないが、壁はある程度まっとうなものになったらしい。

 真っ白に金の差し色がほどこされた壁に囲まれて、緑色の絨毯が映えていた。


(……ん? あれはなんだ?)


 シャーリーは書類を整理していた。

 目を流れた怪しげな文面に、思わず意識がひきつけられる。

 彼女がなにを見ているのか、詳しく確認しようとして――。


 ――後ろからシャーリーが襲いかかってきた(・・・・・・・・)……!


「――チッ!」


 とっさの判断で散り散りに走り、彼女の手元にあったサーベルの脅威から逃げる。

 先ほどまでシャーリーがいた場所にもう一度目をやると、そこには誰もいなかった。

 ただ、散乱した書類だけが散らばっている。


(なんの動きもなしにここまで素早い動きができるとは思えない。そうなると……)


 ――分身か。

 どうやら相手はある程度魔法を使えるらしい。

 今までの身のこなしを加味して考えると、暗殺者としての教育を受けてきた、といったところだろうか。


(長期戦はまずそうだな……)


 俺はマリアンヌの走った方角に視線を投げた。

 その視線の意味は「自分がおとりになるから、シャーリーに奇襲をしかけてほしい」というもの。

 ヘルメスとの戦闘後に彼女が取った行動から見て、それなり以上に戦いの心得があると判断したからだ。

 彼女は俺の意図を正しく組んでくれたらしい。力強く頷いたあと、気配を消して部屋の隅に隠れる。

 ここからは俺の番だ。

 俺はシャーリーから遠く、死角にあり、しかし見つかりやすい場所に移動すると、そのまま呪文を唱えた。

 ゆっくりと、ゆっくりと。


(Em)汝に(Vest)宣言する(Cotza)――』


 あまりに大きい魔力のうねりを見て、シャーリーは早々になにかが起きると感づいたらしい。

 目の色を変えて俺に近づいてくる。

 俺はその光景を見て、作戦の成功を確信した。


(さあ、もっと近くに……そうだ……)


 やがて目と鼻の先、彼女のサーベルが届く範囲まで近づいてくる。

 シャーリーはそのまま手に持ったサーベルを天高く掲げ――。


 ――床に倒れ伏した。


「……って、セーレ! 怪我してるじゃない!」


 事態が終わったのを確認したのだろう、フランが俺に駆け寄ってくる。

 彼女の実力からすればひとりで無力化することもできたはずだが、今回は俺たちを信頼して見守ってくれていたようだ。

 シャーリーの後ろには、壊れた椅子を持ったマリアンヌが荒い息をついて立っていた。


「……ありがとう、セーレ」


 マリアンヌが俺に対して頭を下げてくる。


「いいや、別に良いさ」


 フランに治療を受けながら、俺は笑った。




「……つまり、シャーリーはなんらかの方法で魔力を探知できた。だから、そこを突いたのさ」

「だから呪文の詠唱なんてしたのね。急にやりはじめたからこの屋敷を壊す気なのかと思ってびっくりしたわよ」

「ハハッ、すまなかったな。……彼女はかなり鋭い人間だったみたいだからな、あれくらい危険な気配を出して余裕をなくさないとバレるかもしれなかったんだよ」


 俺たちは書類を眺めながら話し合っていた。

 シャーリーは部屋にあった縄で手足を縛って、万が一のことがあっても大丈夫なようにフランに魔力を封印してもらっている。


「……お、これは中々すごい内容だな」

「全部すごい内容じゃない。妨害工作をしたり、内々で情報を回し合ったり」


 そういいながら、フランとマリアンヌが俺の横に歩いてくる。

 そこには、シエロの商人から巻き上げてきた多量の『上納金』が書かれていた。


「商人の保護を約束するかわりに違法な上納金をもらっていたとは……」


 マリアンヌが眉をひそめる。


「まあ、そのおかげでこんだけの弱みが握れたんだからな。確か今日は祭りの日だろ?」

「ああ、そうだが」


 俺たちが話している横でフランが非難する目で俺を見ている。

 ……この感じは「またひとりで勝手に動いて」といったものだろうか。

 彼女の言い分にも一理あるが、それはそれとして。


「……よし、これが屋敷の地図だな」

「セーレ、次はどこに行くんだ?」

「ヘルメスの客室だ」

「ほう、なぜだ?」


 俺は努めて凶悪に見えるよう笑うと、ふたりに向かってこう言った。


「アントニヌスから言質(げんち)を取らせてもらうのさ」


 マリアンヌが、俺と同じ笑いを浮かべた。

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